理想主義者
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──理想主義者
「彼女は言った。『私たちは国連機関である以上、支援できるのは国連加盟国に限定される』と。その上で『ルナリエンは将来的に国連に参加する意思はあるのか?』と私に確認してきた」
「それにはなんと?」
「『ルナリエンが今の地獄から脱せるのであれば喜んで加盟する』と言った。しかし、それは私だけの意見だった。ルナリエンを事実上支配しているのは、ソフィエルだ。彼女は国連などに参加するつもりはないだろう」
国連の掲げる理想とソフィエルが行っている政治は大きく反していたと彼女は言う。
「それから国連に参加する条件にはいろいろとあると言われた。ただ参加を表明しても国連の安保理や総会がそれを承認しなければ参加できないのだと。地球の国家も参加したいのにできない国が多くあるのだろう?」
「そうですね。政治的な対立などで加盟が拒まれていることもあります」
パレスチナや台湾のような参加を望んでも一部の国によって拒まれている例もあると私は言った。
「ああ。それを考えれば私たちが今のまま国連に加盟できるとは思えなかった。ルナリエンは外から見れば国家というより、ホワイト・ピークで富を得たならず者に見えただろうから。国連が私たちを新しい仲間として認めてくれる可能性は、やはり極めて低かったと言える」
私たちはまず自分たちの手で腐敗を正さなければならなかったとリリエル。
「佐々木もまずは自分たちで立ち上がる姿勢を見せてほしいと言っていた。彼女は自分たちが行ったアフガニスタンやボリビアでの作物の転換の資料を見せてくれてたよ。貴重な情報だったろうに隠さず見せてくれた。『あなた方が立ち上がれば、国際社会はきっとあなた方を助ける』とね。優しい女性だった」
佐々木にはいくつものリスクがあっただろうに彼女はリリエルと接触した。
日本の外務省に知られれば問題になるだろうし、情報軍に知られれば最悪だ。
それでも彼女はドラッグ問題に立ち向かおうとするリリエルに接触し、彼女の力になったのだった。
「佐々木との接触を終えて私はアークライトの施設に戻って自室で考えた。どうすればルナリエンを正しい方向に向けることができるのかと。国連に加盟すれば国際社会がルナリエンを助けてくれるかもしれない。だが、国連に加盟するにはそもそも私たちの抱えている腐敗などの問題を解決する必要があった」
ホワイト・ピーク栽培国家という腐敗の温床のままで国家として認められない。
だが、その巨大な腐敗を正すには国際社会の支援が必要。
大きなジレンマが生まれていた。
「ただ、当時の私はまだ楽観的だった。エルフたちはホワイト・ピークよりも食べられる作物の方を選ぶだろうし、地球の国家にしたところでホワイト・ピークをルナリエンが輸出し続けるよりトウモロコシなどを育てる方がいいから支援するだろうと、ね」
今思えば楽観的過ぎたとリリエルは力なくつぶやく。
「私はそんな考えのまま理想のルナリエンを思い描いて、インターネットでいろいろと調べた。国家には憲法という最高位の法律が存在し、それは国家すら縛り、統制するという。ルナリエンにはこの憲法がなかった。だから、ソフィエルの暴政に歯止めが聞かなかったのだと気づかされたよ」
地球製のアサルトライフルは何万丁とあるのに、地球製の法律は軍法だけだったとリリエルは僅かに皮肉げに言う。
「私はまずルナリエンに民主的な憲法を制定しようと思った。そうすれば国は正しい方向に向かうと信じていたんだ」
日本の歴史も彼女は調べていた。
「日本も明治維新が起きるまでは憲法というものがなく、徳川将軍という軍事政権の司令官が暴政を行うことがあったのだろう? ある意味では私たちルナリエンのエルフは明治維新を行って憲法の必要性を知った日本人たちと同じだ」
彼女はそう言って日本人である私に微笑んで見せた。
憲法の必要性は別に日本の明治維新以外でも学べただろう。
恐らくこれは彼女なりの私へのリップサービスに違いないと思って私はあいまいに頷いておいた。
「それから選挙というシステムを知った。これまでルナリエン自治領で選挙というものが行われたことはない。かつて王国時代には最高位の神官を選ぶ選挙があったそうだが、もう70年以上昔の話だ。ほとんどのエルフが選挙という単語自体忘れてしまっていた」
自分もソフィエルも選挙で選ばれた指導者ではなかったとリリエルは語る。
「民主的な選挙で指導者を選び、そして議会を作ること。そうすればエルフたちの意見は反映され、多くのエルフたちに恐れられている国家保安隊のような組織は解散できる。そう信じていたよ……」
彼女は自分の思い描いた理想を佐藤にも話したそうだ。
彼は真剣に話を聞き、頷いていたが全面的には同意しなかったと言う。
「彼は『急ぎすぎると改革に対する反動が生まれる』と警告していた。『君は全てのエルフが自分の改革に賛同してくれると思っているが、それこそよくある思い込みだ。ソフィエルや彼女から利益を受けている既得権益層は絶対に改革に反対する。そのとき君はどうするんだ?』と尋ねてきたよ」
リリエルはその問いに答えられなかったと言う。
彼女が明治維新について調べたのならば戊辰戦争や西南戦争についても知っていただろう。
改革がときとして流血を生むと。
「昔ならばソフィエルも改革に賛成してくれただろう。彼女もホワイト・ピークを好んでいたわけではなかったから。だが、今となってはホワイト・ピークは彼女の強力な武器であり、王座を支えているものだ。ホワイト・ピークからの転換を彼女が支持しない可能性は確かにあった」
「佐藤はそれについてどのような助言を?」
「『エルフは長生きするのだから小さなことから始めるんだ』と彼は言っていた。『トウモロコシでも何でも小規模に栽培を始めてみること。まずはRLAという君が責任を追っている組織から改革を始めること。それからソフィエルの権力をゆっくりと切り崩していくんだ』と彼は助言してくれた」
「あなたはその通りに?」
「ああ。そのつもりだったよ」
リリエルはそう言って窓の方を向く。
それからしばらくの沈黙が流れていった。
* * * *
佐藤もリリエルの地球から受けた影響の様子を覚えていた。
「彼女は興奮していたよ。これでルナリエンは正しい方向に向かえるかもしれないとね。そう思うのも分からなくはなかったが……」
それによって生じる問題を彼女は軽視しているように見えたと佐藤。
「彼女の相談には俺や他のコントラクターも応じた。ただ俺たちも政治や外交の専門家じゃないから応じられる質問に限度はあったよ。それでもできる限りリリエルが目指しているものがいい方向に向かうように努力はしたつもりだ。だが……」
佐藤はそう言ってからしばらく口を閉じた。
「なあ、あんたは選挙にはいくか?」
それから彼は逆に私にそう尋ねた。
「ええ。行きます」
「選挙があれば国はよくなると思うか?」
「……部分的には」
「そうだな。少なくとも選挙がないよりもマシだと思うよな。俺だってそうだ。チャーチルも言っていた。『民主主義は最悪の政治形態といわれてきた。他に試みられたあらゆる政治形態を除けば』と。民主主義は正しいのだろう。だが、正しさが必ずしも人を幸せにするとは限らない」
佐藤は重々しくそう言う。
「ルナリエンは……いきなり民主主義に移行できるような状態じゃなかった。エルフのほとんどは満足に文字も読めない農民兼兵士だ。そして、農民はアルフヘイム株式会社に雇用されていて、アルフヘイム株式会社の言うことには何でも従っていた。逆らえば国家保安隊に拘束されるんだからな」
そんな場所で民主主義を導入して上手くいくか? と彼は自分に問うように尋ねる。
「上手くいくわけがない。よくある独裁政権のなんちゃって選挙と同じ結果になるのは目に見えている。選挙で不正が行われるは火を見るより明らかだった」
自分たちの利益に反する候補者を事前に逮捕することや、票の集計で不正をするなど考えられることはいろいろとあると佐藤は言った。
「下手に選挙をやれば選挙結果の末に選ばれたという正当性をソフィエルに与えることになる。彼女はその正当性を盾にさらに無茶苦茶をやるかもしれない。そうなるのは最悪の状況だと言えた」
確かに偽りの選挙結果でソフィエルが権威を固める恐れはあった。
私もこれまでの調査で当時のルナリエンならば佐藤が言うようにいくらでも選挙で不正ができただろうということが分かっていたから、それに異論はなかった。
「では、あなたはどうすればルナリエンは民主主義に移行し、国連に加盟できたと思いますか?」
私がそう尋ねると佐藤はふっと鼻を鳴らした。
「それが分かるような頭の良さだったら、俺はアークライトじゃなくて外務省に勤めてるよ」
彼が皮肉げに言うのに私は己の質問の愚かさを恥じた。
いかにして独裁国家を民主化するかという問題は、多くの国で今も見られていることだとジャーナリストとして知っていたはずなのに。
それがいかに困難な問題かも私はちゃんと知っていたはずなのだ。
「……幸い、ルナリエンにはリリエルがいた。RLAの司令官である彼女が民主化を望んでいたんだ。それは大きかったと思う。彼女には上からの改革を行うという選択肢があった。台湾が李登輝政権下で民主化したようにね」
佐藤はそう言って話を続ける。
「ただ彼女たちには問題があった。大抵は独裁者はそいつが寿命で死ねば改革は早まる。だが、エルフであるソフィエルはこれからまだ何百年と生きる。それはルナリエンの政治を変えるうえで大きな制約になっていた」
そこで私ははっとした。
そうだ。エルフの寿命は恐ろしく長いのだった。
ソフィエルという独裁者は誰かに殺されるまで数百年ルナリエンを支配できるのだ。
「だから、リリエルにできるのは徐々にソフィエルの権力を削って、その上で改革を行うことだった。ソフィエルへの忠誠を示しながら信頼を得ながらも、裏では彼女を弱体化させる。そういう面従腹背が必要だった」
リリエルのことを知っている私に彼はこう問いかけた。
「リリエルにそれができたと思うか?」
私はそう問われ、ゆっくりと首を横に振った。
彼女は良くも悪くも理想主義者だと私たちは知っていた。
「リリエルは理想主義者だった。いい意味でも悪い意味でも。彼女は理想を追求することを諦めなかったし、そのために妥協することもなかった」
だが、上からの改革を目指すならば妥協や汚い交渉は必要だっただろうと佐藤。
「彼女は日本という国家に感銘を受けていた。アメリカに連れて行けばアメリカに、イギリスに連れて行けばイギリスに感銘を受けただろうがね。だが、日本にもアメリカにもイギリスにも政治家たちは汚い取引で政府を運営してきだろう?」
私もそれは理解している。
意見の対立しあう中で国家がトマス・ホッブズが形容したリヴァイアサンのようにひとつの怪物として意志を統一するには、妥協や取引が必要になってくる。
綺麗ごとだけで世の中が回ると主張するのは子供の考えだ。
人間という生き物は理想だけで食べていけるほど高潔な生き物ではない。
「リリエルにそれを教えておきたかったが、彼女はなかなか納得してくれなかったな。彼女はこう言っていたよ。『妥協し続け結果が今のルナリエンの姿なのではないのか?』とね。『もっと妥協せずに理想を目指す心があれば、もっとまともな土地になっていたはずなんだ』とも……」
佐藤はそう言って壁に飾られたある写真に目を向ける。
それはリリエルと映った写真だ。
場所は日本だろうか? ふたりとも迷彩服姿ではない。
「日本で彼女の慰めになるようにいろいろな場所に連れて行った。千葉の大きなテーマパークや黒川の温泉などにも。その写真は黒川で取った写真だ」
写真ではリリエルも佐藤も幸せそうな顔をしている。
「……しかし、そんな滞在が3年ほど続いたある日、彼女は言った。『そろそろ戻らなければならない』とね」
ついにリリエルはルナリエンへの帰還を決意したのだ。
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