エルフ・イン・ジャパン
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──エルフ・イン・ジャパン
それから長いフライトを経てリリエルを乗せた輸送機はネプティスにある米軍基地に着陸した。
「これからの話は密入国の話だ。俺たちは何ら法的な手続きも経ずにリリエルという女性を日本に入国させようとしていた」
佐藤はそう言って僅かに笑って続ける。
「だが、それでもやらなければならなかったし、ホワイト・ピークっていうドラッグを持ち込むよりは遥かにマシだろう?」
私そう言われては納得せざるを得ない。確かにすでに日本に持ち込まれた大量のホワイト・ピークよりリリエルは無害だろう。
「俺たちは横田基地を通過する際に必要な身分証を偽装した。俺たちはこちら側の来たという設定の架空のコントラクターの名前を使って身分証を作り、それをリリエルに与えた。リリエルは地球に暮らすコントラクターの身分で横田を通過した」
そのときのリリエルに与えられた身分証にはアネリー・ファン・ヴァイクという南アフリカ出身のコントラクターという設定が記されていたとか。
「俺たちは米軍基地でコンテナからリリエルを出した。コンテナでの旅はあまり快適ではなかったようだが、着実に作戦が進んでいるのに彼女は安堵していた。俺たちは次の輸送機に乗り継ぎ、横田に向かった」
ここからはワンの輸送機ではなく、アークライト・インターナショナルの輸送機で横田を目指したと佐藤。
「ワンは流石に密入国にまでは手を貸さなかった。俺たちは異世界側の米軍基地からは自前の移動手段で移動する必要があった」
だが、アークライトが保有する輸送機のパイロットもルナリエンで戦った人間であり、喜んで手を貸してくれたと彼は言っていた。
「すでに夜が明けかけていた中を輸送機は滑走路から飛び立ち、異世界と地球を結ぶゲートに入った。そこから先はリリエルにとっては初めての地球の光景となる。彼女は横田に到着するまでは緊張で表情を見せなかったが……」
横田についてときリリエルはどのような反応をしたのだろうか?
* * * *
リリエルはそのときの様子を語る。
「異世界の時間と地球の時間は同期していると佐藤には教わっていた。私たちが到着するのは、夜が明けた東京という日本の首都だと」
彼女はそのときの様子を語る前に僅かに目を閉じた。
「私が最初に降り立った横田基地そのものも巨大な基地だと感じて驚いた。まるで街ひとつがあるようだと。こんなものが作れるのかと。だが、佐藤たちが東京の中心部を見せてくれるとその衝撃すら吹き飛んだ」
言葉にならない衝撃を受けたとリリエルは語る。
「摩天楼という言葉をそこで知った。あの東京の景色を指すような景色のことだとね。あの摩天楼と人口。ネプティスの首都グラン・マドレアスで私が感じた狂乱を上回るようなものを耳で、鼻で、皮膚で、そして目で感じたね」
人々がざわざわとざわめく音と無数の車の走行音。
大都市なのに臭わない排泄物などの悪臭。
これだけの人間がいるのに押し合わない整然とした感触。
そして、ひたすらに視界に広がるコンクリートジャングル。
「私はあれだけの都会の中の異邦人として呆然としていた。同時に彼らがどのようにしてあのような大都市を建造したのか、それに興味を持った」
それそれとしてリリエルはアークライトのコントラクターによって秋葉原にも案内されたそうだ。
アニメ調に描かれたエルフのキャラクターを見て彼女は以前エルフが日本にやってくれば人気者になれるという話を思い出したそうだ。
「しかしながら、私は日本に正当な法的手続きを経て入国したわけじゃない。すぐに東京の郊外にアークライトが保有している社有施設に送られた。私はそこでこの日本への渡航を無駄にはしないと決意していた」
あれだけの発展した文明を気づいた地球の国家である日本。
そこから学べることはあるはずだとリリエルは考えたと語る。
「私たちが地球のもので知るのは武器やそれを使った戦術・戦略ばかりだった。つまりは私たちは地球の戦争について知っていても、それを必要とした地球の政治について無知だった。ソフィエルは確かにディザータと組んでアルフヘイム株式会社という地球の経済の真似事したが、それも正しい政治ではない」
ルナリエンに導入された地球の知識は偏っていたとリリエルは振り返る。
「そんなことを考えていた私に佐藤たちはアークライトの施設内でひとつの部屋を割り当ててくれた。そこにはベッドがあり、狭いながら高度なキッチンがあり、そして椅子と机とパソコンがあった。インターネットという環境もね」
学習のための準備はできていたとリリエル。
「私はルナリエンで起きたことが私たちが正しく地球の知識を導入しなかったからだと考えていた。私が地球の政治や経済についてちゃんと理解すれば、ルナリエンの今の歪みを是正できる知識が手に入ると私は信じた」
「まずは何について調べたのですか?」
私は少し好奇心を抑えられなかった。
地球の進んだ技術を導入してお手軽に発展する異世界の話はフィクションとしてありふれている。
だが、リリエルはその技術の根底にある政治制度に興味を示していたからだ。
彼女が何に興味を示したのか。私は興味を持った。
「まずは私たちルナリエンの状況を何と呼ぶか調べた。地球にも似たような環境がなかったのではないかと思ってね」
そしてリリエルは見つけたという。
「恐らくは開発独裁。そう呼ばれるものがルナリエンの現状だった」
彼女はかつてアジアや中南米にあった開発独裁と言われる政治体制に、ルナリエンの状況がよく似ていると気付いたのだった。
開発独裁とは主に冷戦期に始まったもので、その名の通り開発のためと言って正当化された独裁だ。
かつての韓国や台湾、フィリピンといったアジア諸国やアルゼンチンやチリと言った南米諸国などなど。
様々な国が開発のために強権を振るい、幾人もの人々を投獄。
さらに独裁を行う特権階級に富が集まり、腐敗によって貧富の格差が生まれた。
リリエルはそのような開発独裁国家と自分たちルナリエンに類似する点があることに気づいたのだ。
「ソフィエルはルナリエンの発展のためと称して権力を自分に集中させた。国家保安隊を率いてエルフたちを弾圧した。さらにアルフヘイム株式会社の幹部は関係者として多くの富を得て、腐敗していた。これはまさに開発独裁だろう」
開発のために人権や社会福祉は顧みられない点でもルナリエンは開発独裁と言えるとリリエルが言う。
「……私はネプティスで一度裏切られた。というよりも、勝手に思い描いてた夢を否定されたというべきか。ルナリエンを健全に発展させるために手段はネプティスでは見つからず、私は大きく失望したことがある」
その話は覚えている。
リリエルは魔族との戦争が再勃発する前にネプティスを訪れて、彼らからホワイト・ピークに依存しない生活を実現するための技術を得ようとした。
だが、それは失敗した。
ネプティスの学者たちはひとりとしてルナリエンでホワイト・ピーク以外の産業を提案できなかったのだ。
「だから、私は期待はしすぎないようにとしていた。それでも私は地球の国家に期待を抱いてしまっていた。もしかしたら、彼らにはルナリエンの状況を変える技術があるのではないか、と……」
「その技術は見つかったのですか?」
「ああ。私は知ったんだ。この世界で作られている麻薬の原料──コカノキやケシの栽培をやめて代替作物となるトウモロコシや果実、ゴムの木といった作物を育てるプロジェクトが地球には存在すると」
地球にもルナリエンのように麻薬に依存した経済をしていた地域があったが、彼らは麻薬ではなく他の物を育てることによって麻薬への依存を減らしつつあった。
彼女がインターネットで調べた結果、分かったことだ。
彼女はインターネットで調べた写真も見ていた。
違法な薬物の原料を育てるのをやめて、彼らが誇りを持って育てられる作物を育てて笑顔を浮かべる農民たちの写真を。
彼女にとってそれはとても印象的だった。
「私は希望を抱いた。ルナリエンも変わることはできるのではないかと。地球の多くの地域が生まれ変わったように、ルナリエンもまたホワイト・ピークの産地という不名誉な地位から脱することができるのではないかと」
その夢は決して遠いものではないように思えたとリリエルは語る。
「同時に私は知った。地球でもホワイト・ピークによる被害が起きていることを。麻薬取締局や国連薬物犯罪事務所の報告書を読んだ。ホワイト・ピークによる健康被害は地球に疫病のように急速に広がっており、何万人、何十万にという人々が苦しんでいるとされていた……」
そのことに罪の意識を感じると同時になおのことホワイト・ピーク依存の経済から脱しなければならないという決意を抱いたというリリエル。
「しかし、私がルナリエンの代表者として日本や他の国、あるいは国連に助けを求めることはできなかった。なぜならば私は密入国者だからだ。本来ならば私は日本にいることそのものが犯罪だったんだ」
そう、忘れてはならない。
リリエルは入国手続きを経ずに日本に入国していた。
もし、出入国在留管理庁に知られればリリエルはルナリエンに強制送還だ。
国家保安隊が待ち受けるルナリエンに。
「私は慎重になれなければならなかった。そこで佐藤に頼んだ。『どうにかして地球側でルナリエンを援助してくれそうな人間に密かに接触できないか』と」
無理なお願いであることは分かっていたが、それでも行動しなければならなかったとリリエルは振り返る。
「それから何日かして佐藤は言った。『国連薬物犯罪事務所の日本人職員が一度会ってくれる』と」
それが希望になるかもしれないとリリエルは期待したそうだ。
国連薬物犯罪事務所とは違法薬物、犯罪、国際テロの問題に取り組む国連機関である。
彼らは活動内容のひとつとして違法薬物の原材料となる植物から持続可能で健全な作物への転換を支援している。
まさにそれはリリエルが求めていたものだ。
「国連ならば情報軍に情報が伝わる可能性も低いという考えからだった。日本の外務省などに接触すれば情報軍に知れ、そこから強制送還の恐れが生じる。そう佐藤は説明してくれていた」
国連薬物犯罪事務所は日本にオフィスを有していなかったが、そのときたまたまホワイト・ピーク問題の話し合いのためにひとりの日本人スタッフが東京を訪れていた。
佐藤たちはそれを聞きつけて、そのスタッフに密かに接触を図ったのだ。
「佐藤たちは以前国連のための仕事をしたことがあり、そのおかげで国連に伝手があったと言っていた。この世界には紛争を解決する手段として国連による仲介という手段があるのだろう?」
「ええ。国連平和維持軍のような活動は今も行われています」
もっともそのブルーヘルメット任務が今ではさほど意味をなしていないことは私は恥ずかしくて言えなかった。
「そうか。やはり何もかも私たちの世界とは違うな。佐藤はその国連平和維持軍というものに傭兵として参加していたらしい。そこである国連職員を助けたことで、知己を得たと言っていた」
リリエルの言葉から佐藤たちアークライトのコントラクターと国連の意外な接点が明らかになった。
「そして、私たちはあるホテルの一室で国連薬物犯罪事務所のスタッフと会った。名前は佐々木陽菜。人間の年齢で30代後半ほどの若い女性だった」
彼女は当時の佐々木に会ったときのことを語ってくれた。
「彼女に私たちの置かれている状況を隠すことなく話した。ホワイト・ピーク以外に育てられる作物がないこと。そのせいで社会は歪み、ソフィエルとアルフヘイム株式会社、国家保安隊という怪物を生んだこと。多くのエルフたちが異世界と地球でホワイト・ピークに苦しむ人々と同じくらい苦しんでいること。そして、私はこの状況を変えるならば変えたいと言った」
「佐々木は何と?」
私が尋ねるのにリリエルは視線を床に落とした。
「『支援は可能だ』と。『しかし、条件がある』と彼女は言った」
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