恐怖政治
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──恐怖政治
「ソフィエルは除隊したRLAの将兵のうち、ルナリエンではなくソフィエル個人に忠誠を誓う軍隊を組織した。ソフィエルは軍隊ではなく治安組織だと言っていたが、装備はRLAと同じアサルトライフルなどだったし、所属しているのも元RLAの将兵たちだ」
第二の軍隊が国内にできたようなものだったとリリエルは語る。
国家保安隊のメンバーはRLAとは異なる迷彩服を身に着け、赤い腕章をしていたとリリエルは思い出して言う。
「彼らは国家保安隊と呼ばれた。彼らの常務はこれまでRLAの憲兵がやっていた警察業務とアルフヘイム株式会社の施設警備、そして……RLAの監視だ」
「RLAの監視?」
「ああ。RLAが再びクーデターを計画しないように監視するのも間違いなく彼らの仕事だった。RLAの活動にはかならず国家保安隊のエルフが同行し、私たちの行動を監視していたからね」
RLAの軍事行動には必ず国家保安隊も同行したし、武器弾薬の管理にも国家保安隊が目を光らせていたと語るリリエル。
「RLAはそのせいで大きな制約を受け始めた。大規模な訓練は国家保安隊によって不要として許可されなかったし、実弾を使った通常の射撃訓練にも許可が下りないときがあった。そして何より……」
リリエルはそこで言葉を詰まらせ、喉から呻くような声を漏らす。
「……彼らはRLAの将校たちを拘束し始めた。『国家反逆に疑い』というのがその理由だった。拘束された将校たちは何日も土牢に閉じ込められ、拷問のような取り調べを受けた。釈放されて戻ってきたとき彼らの目からは生気が消えていたよ……」
国家保安隊は反乱の疑いがあるとしてRLAの将校たちを拘束し始めた。
将校たちは拷問を受け、誰が反乱に関与しているかを自白しなければ解放されなかったとリリエル。
そして中には拷問から逃れるために偽りの自白をするものもいて、それによって連鎖的に将校たちが拘束されていったと言う。
それは私にスターリンが行った大粛清を連想させた。
「私がソフィエルにこのようなことをやめるようにと直訴した。彼女は冷徹なエルフではあったが冷酷なエルフではなかったはずだ。だが、今や彼女は変貌してしまっていた」
直訴したリリエルにソフィエルは冷たい視線を向けた。
「『反逆者たちを庇いだてするのか』と彼女は言った。『ルナリエンの秩序を乱し、利敵行為を働く連中を君は擁護するのか』と。私は彼らが反乱を企てているという証拠はあるのかと尋ねた。そうすると彼女は私をアルフヘイム株式会社の地下に連れて行った。拷問はそこで行われていたんだ」
そういうリリエルの手は小さく震えていた。
「……拷問を受けていたのは若いエルフの将校だった。エセリオンと同期の将校だ。彼は顔に布をかぶせられ、そこから水をかけられていた。『地球では拷問に当たらない尋問だ』とソフィエルは私に言った。その若いエルフが苦しげな悲鳴を上げてひたすらに助けを求めていた」
私はその尋問方法を知っている。それはウォーターボーディングと呼ばれる拷問だ。
アメリカ政府はこれを強度の尋問として扱い、拷問ではないとしているが死亡する危険もある行為である
それからその若いエルフは椅子に座らされたとリリエルは続けた。
「彼はぼろぼろと泣きながら尋問官にこう言った。『エセリオンが次のクーデターを計画していると聞いた』と。私はすぐに『ありえない! 嘘だ!』と叫んだ。ソフィエルはそんな私の方に猜疑の視線を向けて言った。『これが証拠だ』と」
若いエルフは拷問から逃れるために嘘を吐いたのだとリリエル。
だが、彼を責めることはできないとも彼女は言った。
間違っているのは同胞を相手に拷問を始めたソフィエルと国家保安隊だと。
「私はエセリオンはクーデターなど計画していないとソフィエルに何度も訴えた。彼女はエセリオンを拘束しない代わりにこれからも将校たちを尋問し、クーデターの企てを暴くことを認めるようにと言ったよ」
「あなたは何と?」
「……私はエセリオンを失うわけにはいかなかった。RLAの司令官である私の副官だ。だから、私は……」
彼女の声がか細く消えていった。
彼女はエセリオンと他の将校を秤にかけ、そしてエセリオンを選んだのだ。
彼女が今もそのことを悔いているのは言葉にせずとも分かった。
「……将校たちへの尋問は続いた。そんな中でかつてルナリエン遊撃隊に所属していた将校たちが私の下にやってきた。『ソフィエルのやっていることは滅茶苦茶だ。止めなければならない』と」
「それは……」
「ああ。まさにクーデターの相談だった。皮肉なことにありもしないクーデターの計画を探す行為が本当のクーデター計画を生み出したんだ」
リリエルはそう言って項垂れる。
「私は『そんなことは絶対に起こしてはならない。ソフィエルもじきに間違いに気づくから』と言って将校たちを宥めた。幸いにしてこのことを国家保安隊が掴むことはなく、彼らが拘束されることも、私が拘束されることもなかった」
彼女はそう言って力なく笑って見せた。
国家保安隊について私はもっとリリエルから話を聞くことにした。
「彼らはソフィエルが一方的に布告した『国家非常事態令』によって行動していた。当時の私たちは何の根拠もないままソフィエルに全権を委任していたし、私もRLA司令官を勤めていた」
思えばそれが大きな間違いだったのだろうと語るリリエル。
「国家非常事態令によれば国家反逆の疑いがあると国家保安隊が判断すれば、誰であろうと拘束できた。RLAの軍法のように裁判の必要性などはなく、彼らが疑わしいと思えば拘束されるんだ」
それは私からしても滅茶苦茶な話であった。
それでは国家保安隊の一存で罪を認めるまで拷問することもできるのではないかと私はリリエルに尋ねた。
「まさにその通りだ。疑いだけで拘束されたエルフは自分の罪や共犯者を自白するまで解放されなかった。国家保安隊に疑われた時点で有罪が決まったようなものだ」
歪んだシステムがルナリエンに生まれていた。
まさに秘密警察としか呼びようのない国家保安隊。
絶大な権力を有する彼らが拘束したのはRLAの将校たちだけではなかった。
「国家保安隊はアルフヘイム株式会社に土地を売却しなかったエルフたちも次々に拘束した。そして彼らを反逆者として罰して、彼らの土地を取り上げたんだ」
拘束され反逆者とされたエルフとエルフの家族は財産を没収された。
名目上はそれはルナリエン自治領に押収されたのだが、すぐにただ同然でアルフヘイム株式会社の手に渡っていたそうだ。
もはや国家保安隊はアルフヘイム株式会社の、ソフィエルの私兵であることをかくそうともしていなかったとリリエルは語る。
「私はソフィエルのやっていることはルナリエンのためであり、正しいことなのだと信じようとした。しかし、私は次第にそれが信じられなくなっていった……」
彼女がアルフヘイム株式会社という自分の会社への利益誘導のために国家保安隊という組織を使い始めれば、ソフィエルの言う『ルナリエンのエルフのため』という言葉を信じられなくなると言うのも当然だった。
私ももうソフィエルはかつてのような理想を持っていないのだろうと推測できた。
「そんなあるときから国家保安隊は夜にやってくるという噂が流れた。夜に密かにやってきて連行しているのだと。だから、夜は多くのエルフにとって緊張の時間になっていていた。私も大量の酒を飲まなければ夜に眠れなくなってしまっていたよ」
エルフたちにブギーマンのように恐れられた国家保安隊。
彼らはまずRLAの力を削ぎ、それからソフィエルに逆らう人間を投獄した。
全てはルナリエンのエルフのためと称して。
「私はソフィエルへに抗議することはできなかった。彼女は私がRLAの将兵よりもエセリオンを選んだことを知っている。そのことが発覚すれば多くの将兵は私を見捨てるだろう。そうなればRLAはいよいよ分解する」
RLAの将校たちは多くが投獄され、RLAはあたかもスターリンの大粛清を受けた赤軍のように弱体化していた。
そこでさらに創設時からの司令官であるリリエルまで失脚すれば、RLAが分裂するのは間違いなかった。
その結果起きるのはエルフ同士の内戦だ。
「私は内戦を避けるために沈黙を続けた。国家保安隊がルナリエンを滅茶苦茶にしていくのに沈黙した。今思えば私は我が身可愛さに沈黙していたのだろう。確かに私も国家保安隊を恐れていたから……」
リリエルはそう言って唇を僅かに噛みしめた。
彼女の多くの後悔のひとつがソフィエルを止められたかもしれないのに、止めようとしなかったことなのだろう。
「私は今でも考えることがある」
リリエルは言う。
「もし、私が軍を率いて国家保安隊を倒すことでソフィエルを止めていれば。もし、私がクーデターを未然に防いでソフィエルが変わることなければ。もし、私がアルフヘイム株式会社の設立を阻止してれば。そして、もし、私がネプティスで情報軍と手を結ぶことがなければ、と……」
深い後悔の色をその声に滲ませ、彼女はそう語った。
「いくら今後悔しても遅すぎることは分かっている。だが、当時はそんなことはできなかったんだ」
その気持ちは分かりますと私は返す。
いくらあとになって正しいと思ったことでも、そのときは結果がどうなるか分からないのだから。
もし、リリエルが彼女が後悔していた選択肢を変えていたとしても、必ずしも結果がよくなるという保証はないのだ。
「……それから最悪なことに国家保安隊はよりによって情報軍から訓練を受けていた。戦闘の訓練から尋問の訓練まで。水責めの尋問を国家保安隊に教えたのも情報軍の人間たちだったんだ」
「それは……」
私は知っている。
情報軍がどれだけ市民を監視する技術に長けているか。
私自身もキメラ作戦を探ったことで彼らに監視された立場であるがゆえに。
その技術を授かった国家保安隊は、恐らく情報軍の悪しき怪物の遺伝子をしっかりと受け取ったのだろう。
「私はなおのことキメラ作戦に参加したことを後悔したよ。情報軍など信用するべきではなかったんだ。だが、もうすでに気づいたときには手遅れだった」
情報軍の教えを受けた国家保安隊は絶大な権力を握り、ソフィエルはそれによって自らの独裁体制を確立したのだ。
全ては手遅れだった。
「そして、私はさらに選択を迫られることになった。なぜなら国家保安隊の手はついに私の方に伸びてきたのだ」
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