ホワイト・ピーク
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──ホワイト・ピーク
ソフィエル。
私がのちに地球で彼女の名を調べると意外なところからそれが出た。
麻薬取締局だ。
麻薬取締局は彼女を麻薬の皇帝とカテゴリーしていた。
それも『パブロ・エスコバルを超える今世紀最悪の麻薬の密売人である』として。
どうして若くしてリリエルとともにルナリエン王国を支えることになった彼女がそうなったのかについてもリリエルは語ってくれた。
だが、今は彼女の話の続きを聞こう。
エルフの王国が崩壊したそのあとの物語を。
* * * *
「ソフィエルは私より僅かに年上の35歳だったよ。それでもまだまだ若すぎたけれどね。そんな私とソフィエルは理想的な関係だった。無駄な権力争いをせず、ただエルフという種を守るために肩を並べて戦う戦友だったんだ」
そのときのルナリエン王国──というより残骸はエルフたちに身内で争うような贅沢を許さなかった。
魔族連合軍は出血を続けても攻撃をやめず、数十年に及んでゲリラ戦は続いたのだ。
私の中ではベトナム戦争が思い浮かべられるが、ベトナムですらソ連や中国という国に支えられて戦争が続けられたことを考えれば、エルフたちの苦難は北ベトナム人民のそれ以上だったと感じる。
「私が50歳の誕生日を迎えたときだ。私の誕生日を祝う場をソフィエルが作ってくれ、ありあわせのものながらご馳走まで作ってくれた。そのことは今でもよく覚えている。そのあとにあったことと合わせて」
リリエルはまるで今という時間ではなく、彼女が生きた過去のその瞬間を見つめているかのように虚空に向けられていた。
私はタブレットに彼女のそれらの証言を残さず記録しようと努め、彼女の許可も得てボイスレコーダーも起動していた。
そして彼女が次に何が起きたのかを語るのをじっと待つ。
「魔族連合軍は講和を申し出てきた。彼らが征服した平地は返還しないし、ルナリエン王国の再建も認めないが魔族連合軍内の自治領としてルナリエンというエルフの生息圏を認める、と」
この魔族連合軍の申し出にエルフの指導者であったフェリオスは迷った。
講和を受ければ自分たちの故郷であるルナリエン王国は正式に消滅するばかりか、領土の半分以上を失う。
だが、受けなければこのまま数において圧倒的に有利な魔族連合軍にすりつぶされてしまうだろう。
「『どうしたらいい?』と彼は私たちに尋ねた。戦いの最中ですらあれほどまでに苦悩に満ちた彼の顔を見たことはなかった。講和を受ければ平和がやってくる。だが、それは苦い平和だと分かっていたんだ」
彼は何度も同じ問いを私たちに繰り返し、酒の量と薬の乱用は心配になるほど増えたとリリエルはフェリオスという人物について語る。
「……どうなったのですか?」
「君も今のルナリエン自治領を見れば分かるだろう。フェリオスは講和を受け、ルナリエン王国はルナリエン自治領となった」
すでにその先を知るものとして歴史的な事実は分かってはいたものの、彼女たちの苦悩は想像するのに難しい。
故郷を奪われ、親族を殺され、ただ山林の中に限定される平和を得た。
それは私がイメージできる苦悩を超えていた。
「だが、フェリオスは他のエルフたちから恨みを買った。彼がしっかりしていなかったからエルフはこのような苦い平和を受けなければならなかったのだと、そういう非難に晒されてしまった。結局、彼は長生きできなかった。殺されたんだ。講和に反対していたエルフによって」
新しい指導者フェリオスの統治は30年と僅かだけだった。
「次の指導者に担がれたのは皮肉なことに同じように講和に賛成していた私とソフィエルだった」
それからソフィエルとリリエルによる統治が始まった。
「まず行ったことは私とソフィエルのどちらが最高指導者になるかだった」
船頭多くして船山に上るということわざの通り、ひとつの組織に指導者が複数いるのは望ましくない。
まして彼らは魔族連合軍とは講和したと言っても、いつまた侵略に晒されるか分からないのだ。
彼らには軍事組織として存続し続ける必要があり、軍事組織でも命令系統はひとつに統一されていなければ問題を生じる。
リリエルもそのように認識ていたことを私に語ってくれた。
「私はソフィエルに指導者になるように言った。彼女の方が年上だったし、彼女には政治家としての才能があるように感じていた」
彼女は根回しが上手く、戦争中も作戦を認めさせるのに若くて血気盛んな将校たち説得するのに長けていたとリリエルは思い返す。
「それに彼女は合理的だった。私の思考や決断にはときおり感情が混じるが、彼女にはそういうところがなく『冷たい頭脳と温かい心』というものがあった」
「『冷たい頭脳と温かい心』ですか……?」
「ああ。君たち地球の人間から教わった言葉だ」
私が地球の教えがリリエルの口から出たことに違和感を感じ、彼女はあっさりとそれを地球の人間に教わったと告げた。
彼女はいつ、どのようにして地球の人間と接触したのだろうか?
「そうやって指導者を決めたあとは、ルナリエン自治領をどのようにして存続させるかを議論した。私たちは農耕可能な平地を全て失い、餓死することを避けるためには魔族連合軍と取引する必要があった」
すでに戦争の前に蓄えていた食料は尽きていた。
これからもルナリエン自治領が存続するためには持続的新しい食料が供給される仕組みが必要なのは間違いない。
だが、何を渡せば魔族連合軍は食料を渡すのか? それが問題だった。
「どのようにして解決を?」
私がそう尋ねるのに彼女はじっと押し黙った。
私に対してそれを語ることを拒もうとしているかのように。
だが、彼女は長い沈黙の末に答えを告げてくれた。
重々しい声でゆっくりと。
「ホワイト・ピークだ」
* * * *
麻薬取締局のソフィエルに関する報告書にはホワイト・ピークと薬物の名前が頻繁に登場する。
ホワイト・ピーク。
それは次世代のドラッグと呼ばれ、現代化学でも合成困難であるとされるものだ。
作用は著しい多幸感と覚醒作用、そして重度の心身への中毒性。
ヘロイン並の多幸感とメタンフェタミン並みの覚醒作用から売人たちの間では『ハッピーセット』という隠語で呼ばれている。
ここ最近現れた新しい麻薬の出所を私は知った。
* * * *
「当時、我々がいた山林で育つ作物はそれぐらいしかなかったんだ」
ルナリエン自治領の山林では普通の農作物を育てることは難しい。
土の質や狭い平地などの影響でまともな農業をするのは不可能だったし、若いエルフたちにはそういう地形での農業への知識もなかった。
そう、大人のエルフたちが魔族との戦争で死んだことで農業に関する知識も途絶えてしまったのだ。
唯一元から山岳地帯で暮らしていたエルフのそれを除いて。
「すでに食料の備蓄庫は空であり、我々には一刻も早く食料が必要だった。それにいくら麻薬であろうと買うのは外道の魔族たちだ。私たちは自分たちにそう言い聞かせて、ホワイト・ピークの花を育てた」
ホワイト・ピークというものはホワイト・ピークの原料となる真っ白な果実から採取される。
それは酷く痩せた土地でも育ち、ほとんど世話をせずともよく育った。
そして、ホワイト・ピークそのものは耐性のあるエルフに何の効果も及ばさないものだったのである。
「果実から原料となるネバついた汁を採取し、それを日光で乾燥させた。そうしてできたホワイト・ピークを私たちは魔族との貿易に使った。魔族の隊商は私たちからホワイト・ピークを買い、そしてその対価として食料を置いていった」
そうすることで我々が餓死の危機を脱したとリリエル。
「最初は飢えから逃れるためだったが、エルフも魔族も人も欲望からは逃れられないものだ。エルフたちはやがて魔族から食料以外のものもホワイト・ピーク以外を対価に購入を始めた」
軽蔑するだろう? とリリエルは力なく私に問う。
私は軽蔑はしないと言った。
人は食料だけあれば生きていけるものではない。まして親も信仰も何もかもを失ったエルフたちが食料だけでただ生きるということに耐えられるはずはないと分かった。
私だって食べていければ十分ならばジャーナリスト以外の仕事をしているし、ジャーナリストとしての名声を求めてここにはいない。
「どのようなものを彼らは購入したのですか?」
私は感情を見せずに淡々とそう尋ねる。
「アクセサリーや酒など嗜好品だ。だが、こうした無駄な出費はソフィエルが咎めた。彼女は今はひとかけらのホワイト・ピークすら無駄にできないと言っていたよ。今は食料を備蓄し、武具を集めて次の戦争に備えなければいけないと」
リリエルはそう言ってまたしばし押し黙った。
「今思えば彼女の情熱を甘く見ていた。彼女は私なんかよりもずっとエルフという種族の存亡を考えていたのだ。悪魔のような作物であるホワイト・ピークですら彼女の武器であったのだから……」
そのリリエルの言葉には深い後悔が垣間見えた。
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