孤立する同盟
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──孤立する同盟
「どうして情報軍があんなことをしていたのかは分からない。七尾に写真について問い詰めたが『鹵獲されたものだ』という情報軍の見解を繰り返すだけだった」
リリエルはそう言う。
「信じられるはずがなかった。彼らが装備や情報の鹵獲を防ぐのに細心の注意を払っているのはこれまでともに行動してきた私は知っている。そんな彼らが重要な情報を、それも狙い定めたように独立派を標的にした情報を魔族に渡すなど……」
リリエルの言葉の節々には怒りの色が滲んでいた。
「それに、だ。魔族王暗殺の件で情報軍は疑わしい行動を取った」
「疑わしい行動?」
「作戦はネプティス主体で行われたと言う情報が流れた。ネプティスは実際に魔族王が死んだときにそれを認めてはいたが、そこまで宣伝はしていない。それなのにその情報は的宣伝工作から民衆の噂話までほうぼうから聞こえてきた」
「情報軍が意図的に情報を流していた、と?」
「可能性としては考えられる。魔族王の殺害はもはや名誉ではなく、汚名になっていた。魔族王が死んだせいで戦争の終わりは見えなくなったのだから」
魔族王の死が戦争終結という名誉ではなく内戦勃発という不名誉を生んでから、誰もが魔族王殺害の責任を他人に押し付けようとしたとリリエル。
「ソフィエルも関係したエルフに箝口令を出した。『魔族王殺害にエルフはひとりもかかわっていない。それがルナリエン自治領の公式発表であり、それが全てだ』と彼女は繰り返し言っていたよ」
RLAでは当時、魔族王殺害作戦に参加した兵士に授与される予定だった勲章などが廃止になり、ルナリエン自治領全体で魔族王殺害から距離を取り始めたと語るリリエル。
「それでも疑惑はついて回った。今は王党派になった軍閥には、魔族王暗殺作戦の際にエルフと見たと証言する魔族がいたからだ。彼らは魔族王殺しのエルフと結託した独立派を売国奴と罵った」
王党派を支援していた人類諸国もそのことを宣伝したという。
エルフが北部の領地を手に入れるために魔族王を殺し、この混乱をもたらしたのだと彼らはそう宣伝したと彼女は言う。
「私たちの立場はどんどん不味い状態に追い込まれていた。ネプティスや我々が暗殺に関与したと分かる度に人類諸国は批判の声が上がる。人類諸国の中でネプティスは孤立し、ネプティスとの関係を重視していた我々エルフも人類との関係が悪化していった」
「それでもあなた方はネプティスとの友好を選んだ?」
「ああ。それ以外に選択肢はなかった。ネプティスには今の我々に重要なものがあったからだ。すなわち地球へのゲートに繋がる米軍基地だ」
異世界とのゲートはネプティスの付近に生じており、ネプティスを経由してルナリエン自治領は地球と関係を持っていた。
それゆえにである。
今もルナリエン自治領がホワイト・ピークを地球に輸出することで利益を上げているということができなくなってしまうのだ。
そう、ホワイト・ピークはその時点においてもルナリエン自治領にとって欠かせない収入源であった。
それなしでルナリエン自治領は武装し、独立派を支援して戦い抜くことはできないのである。
その状況はずっと続いていたとリリエルは言う。
「私たちには今も武器が必要だった。それ得るための外貨はホワイト・ピークで得る以外になかった。どれだけ嫌悪し、憎もうとホワイト・ピークを使わなければ我々は瞬く間に戦争に負けてしまっていた」
それでも負けた方がよかったのかもしれないとリリエルは漏らす。
彼女はネプティスの首都グラン・マドレアスで見たホワイト・ピークによる悲惨な光景を忘れてはいなかった。
あんな毒を輸出し、戦う自分たちに正義はあるのだろうかと彼女は悩んでいた。
今の彼女にも当時の判断を悔やむような深い後悔の色が見える。
「……そんな戦争も次第に私たちが不利になり始めた。魔族内戦の戦況は膠着していると言ってよかったが、じわじわと押されていたのは独立派だ」
魔族の内戦は共和派が最大勢力で、次に王党派、そして独立派だったと彼女は言う。
「戦線はじわじわと後退したが、佐藤たち傭兵たちも戦ってくれたがそれでも戦況を覆すには至らない。だが、ここで不可解なことに情報軍が私たちを再び大きく支援し始めたのだ」
思えば、とリリエルは彼女の推測を語る。
「情報軍は内戦を可能な限り継続させたかったのかもしれない。魔族が殺し合っていれば魔族の脅威は拡大しない。かつての魔族連合軍の国土の周辺は混乱に見舞われ続けるかもしれないが、情報軍にとってはそんなこと知ったことではないのだろう」
彼女には確かな情報軍への不信感があったが、それでも情報軍は彼女たちに必要であった。
嫌悪すれども拒絶することはできない。
それがリリエルの置かれた立場に見える。
「私たちは王党派や共和派を情報軍が支援しているのではないかという疑念を抱きながらも前線に身を投じた。かつての憎むべき敵であった魔族と同盟し、肩を並べて戦ったのだ。やつらの中の何人かはエルフたち残酷に殺したことも知っていたのに……」
かつて戦友たちをなぶり殺しにした魔族ととともに戦う。
それはリリエルにとってやりきれないことだったに違いない。
「敵は王党派、そして共和派だが情報軍も信頼できない立場にあった」
情報軍はこの内戦を終わらせるつもりがないように思えたとリリエル。
「我々にも支援を与えていた。しかし、先の情報に続いて我々は偵察中に情報軍の戦士らしき人間が魔族を訓練している光景も見た。それは王党派であったり、共和派であったり、節操なしとしか言いようがなかった」
情報軍はなぜ内戦を激化させようとしていたのだろうか?
のちの調査で私が知ったのは、情報軍が内戦をコントロールすることで魔族を殺し合わせ続け、それによって異世界における安定を生み出そうとしていたというあるジャーナリストの記事だ。
情報軍は意図的に内戦を激化させたが、それらは情報軍による制御下にあったという分析で、地球のために必要な『ヴィラン』を維持しておくという鋭い指摘だ。
みんなが憎める『ヴィラン』がいれば地球は団結する。
またしてもオーウェルの『2分間憎悪』的な発想であった。
「だが、私は七尾のこう警告しておいた。『もし、あなた方が敵側の兵士として前線にいたとしても捕虜を取るかどうかは保証しない、と。七尾はただ肩を竦めて『構いはしない』と言っていた」
リリエルはそう言って続ける。
「私はそれを聞いて情報軍と距離を取るべきではないかと思い始めた。彼らのやっている支離滅裂なことに巻き込まれたくなかったのだ。しかし、ソフィエルの意見は私とは違っていた」
ソフィエルは情報軍と今まで通りの関係を続けるべきだと主張したとリリエル。
「彼女は情報軍と距離を置くことで地球との繋がりが希薄になることを恐れていた。彼女はこう言ったよ。『君の使っている武器も軍服も全て地球の品だ。それなのに地球と縁を切ってやっていけるのか?』とね。『これから世界の中心はネプティスでもなく、地球に移るだろう』とも予言していた」
そのソフィエルの指摘にリリエルは言い返せなかったと、俯いて告げる。
「確かに私たちの戦争は地球によって支えられているものだった。銃や軍服だけではなく、保存が効く食料や医薬品。あらゆる面で私たちの戦争はホワイト・ピークを対価にした地球との取引で成立していた」
リリエルは悔いるようにそう語る。
まるでこれまでの選択をずっと間違えていたかように。
もし、彼女が初めてネプティスに渡ったときに情報軍と取引していなければ、この結果は変わったのだろうか?
「ソフィエルの言った世界の中心が地球になるという予言も当たりつつあった。人類諸国には地球の企業が次々に進出してきた。私たちには必要ないが、地球の人間には必要な資源を採掘すると言うのが主な進出の理由だったね」
地球の企業は異世界の地下資源を求めて次々に進出し、それによって経済交流は活発化していた。
しかし、その多くが地球と異世界の経済的、技術的な力の差から搾取的なものになっていると警鐘を鳴らすジャーナリストもいる。
異世界側の腐敗や経済基盤の弱さに付け込んで、自分たちの側が有利になる不平等な契約書が交わされていると。
その不平等な取引の中にはルナリエンとモリ、ワン、情報軍の取引も入りそうだ。
彼らもルナリエン自治領の不味しさに付け込んだのだから。
「だが、私は情報軍をもはや信頼できなくなっていた。私が代わりに頼りにしたのは佐藤たち傭兵たちだ。私はこれからの戦争について彼らに相談することが多くなった」
このまま独立派を支持していていいのだろうかとか、情報軍の狙いがルナリエン自治領を脅かすことはあるのだろうかとそういう相談をしたとリリエル。
「その全てに答えが返ってきたわけではない。傭兵たちも情報軍の真意は読み解けなかった。だが、独立派を支援していることは間違いではないと言ってくれていたよ」
独立派はルナリエン自治領にかつてのルナリエン王国の土地を返すと約束していたし、独立派が独立すれば王党派と共和派のいずれが勝とうと魔族の勢力は衰退すると佐藤たちは分析していたようだ。
「しかし、独立派はいろいろと口実を付けては領土の返還を先送りにした。私たちは気づくべきだったんだ。魔族が本当に約束を守るつもりはなかったということに」
リリエルは悔やむようにそう言った。
「王党派と共和派との内戦が終わるまでは返還できないと言って、魔族たちは返還を先送りにした。それからも返還を求める我々に全土一括返還ではなく、段階的な返還を行うと言いだしたり、先行きに怪しさが見え始めた」
ソフィエルも魔族と交渉していたが、彼らが領土を返還する様子がないことに苛立っていたと語る。
そんな中でリリエルは致命的なものを見たそうだ。
「返還される予定地に人間の入植者たちが村を作り始めていた。これはどういうことかと独立派の司令官を問い詰めるとネプティスから戦争難民を押し付けられたというのだ」
ネプティスは実際に魔族に戦争で生じた難民の責任を取るように求めた。
王党派と共和派はそれを拒否したが、ネプティスからの支援を受けている独立派は拒否できず、国内に難民を居住させることになった。
その土地として選ばれたのが、旧ルナリエン王国の領土であった。
「『裏切りだ』と私たちは独立派を批判した。そう、彼らは私たちを裏切ったのだ。領土返還を約束に私たちから軍事支援を引き出したのに、その領土を人間に与えたのだから。私も激怒したよ」
リリエルはそのときのことを思い出して眉間に深くしわを寄せた。
今でも独立派に裏切られたときの怒りは忘れていないようだ。
「そのとき私たちにあった選択肢は独立派を攻撃して領土を奪還すること、あるいは今は静観すること、あるいはもう諦めてしまうことの3つだ」
リリエルは3本の指を立てる。
「諦めることは論外だ。私たちはルナリエンの平地を取り戻すためにずっと血を流してきたのだから。だが、攻撃することも難しかった」
「何故ですか?」
「独立派を下手に倒せば、王党派と共和派が私たちに牙をむく。王党派と共和派に対する緩衝地帯として独立派は必要だった。そう言ったのはソフィエルだけれど、私も納得せざるを得なかったよ」
独立派を魔族への緩衝地帯にする──。
それは領土の返還を先延ばしにする代わりに、平和が得られることだった。
「ただ平地を取り戻してもそれを維持することはできなければ意味はない。そういう意味でも独立派から自主的に領土を返還してもらうことが必要だった。武力で奪っても、それは長続きしないだろう」
そう言ってリリエルはどこか遠いところを見つめるように虚空を見た。
「私たちは一体何のために血を流したのだろうか。今もそう自問するときがあるよ」
彼女は寂しげにそう言った。
そのときの彼女の世界に絶望したような表情は今も私の脳裏に焼き付いている。
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