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崩壊の時代

……………………


 ──崩壊の時代



「ああ。魔族王の死は私も見届けた」


 リリエルは当時のことを振り返る。

 私は彼女がそう言うのに驚いた。


「私もギロチン作戦には参加していたのだよ」


 RLA、ひいてはルナリエン遊撃隊の司令官である彼女もまたマイク・フォースに参加していたのだ。


「憎き魔族王を私たちは殺した。今の魔族王がルナリエン王国を滅ぼしたわけではないが、我々エルフにとっては同じことだ。だが、不思議と喜びと呼べるものはなかった」


 自分たちが魔族王を殺害したのにエルフたちは押し黙っていたという。


「沈黙が流れていた。魔族王が死んでも歓声を上げるエルフはいなかった。皆が自分たちがやったことの重さを実感していたのかもしれない。我々が魔族王を殺した。魔族の王を殺したということの重さだ」


 これからどうなるのだろうかという不安がよぎったとリリエル。

 魔族王ほどの重要人物が突然倒れたことで、これから世界が滅茶苦茶になってしまうのではないだろうかという不安があったそうだ。

 その不安は杞憂ではなかったと私は知っている。

 その不安は正しかった。


「それから脱出が始まった。『パワード・リフト機が遅れている』と情報軍の士官が言った。『15分間、ここで凌がなければならない』と」


 それからのこと私は七尾から聞かされている。

 爆撃の嵐の中で何とかマイク・フォースは脱出したのだと。


「私たちは配置についた。15分持たせれば迎えの飛行機がやってきて脱出できるが、それまでに城塞内の着陸可能な地点が制圧されたら私たちは魔族に八つ裂きにされる」


 リリエルたちは制圧した城壁から銃火器を迫りくる魔族たちに向けたと言う。


「魔族が迫っていた。魔族王の身に何かあったと考えた魔族たちが群れを成して押し寄せてくる。まずは爆撃が彼らに炎の洗礼を浴びせたよ。爆弾が風切り音を立てて落下してきては魔族たちを薙ぎ払った」


 それでも爆撃の雨の中を魔族たちは突撃してきたそうだ。


「我々は指揮官を狙って狙撃した。指揮官を倒せば大抵の場合、魔族の部隊は脆くなる。魔族の指揮官は脱走兵を厳しく罰したから兵卒たちは彼らを恐れていた。だが、それなくなれば脆いものだ」


 彼女は指揮官が銃弾に倒れると兵卒たちは瞬く間に統率を失ったと語る。


「とはいえ、弾薬に余裕があるわけではなかった。すでに弓矢も届き始めていたし、わたしたちは限界だった」


 仲間のエルフのひとりが矢を受けて倒れたと語るリリエル。


「太腿に矢を受けていた。出血は酷く、すぐに手当てが必要だった。私は彼を後方に引きずっていき、可能な限り止血した」


「彼は助かったのですか?」


「……いいや。飛行機がようやく到着したとき、すでに彼の意識はなかった。基地に到着後に軍医が手当てしたが……」


 七尾が語らなかった魔族王暗殺作戦でのエルフの犠牲者。

 それがリリエルの言葉から明らかになった。


「私たちは仲間の死を悼み、魔族王が死んだことで戦争が終わることを望んだ。だが、そうはならなかった。魔族たちは内戦を始めたんだ」


 七尾の口からも語られた魔族の内戦。


「魔族王の死が魔族連合軍の間に一斉に広まり、次の王を巡って争いが起きた。魔族連合軍というのは、政治的には脆い存在だったんだ。魔族王というたったひとりの魔族が消えただけで瓦解してしまうほどに」


 あるものは次の王になろうとし、あるものは王位そのものを廃して共和制に移行しようとし、あるものは魔族連合軍から脱して独立しようとした。

 魔族連合軍は滅茶苦茶になり、分裂し、互いに殺し合いをはじめたのである。

 その様子をリリエルは語った。


「酷い状況に見えた。これまでは統率されていたそれが完全に統率を失ったんだ。虐殺と略奪。それが魔族連合軍を中心に周囲に広まっていった」


 兵士は野盗に変わり、部隊がそのまま犯罪組織になった例すらあるとリリエル。


「そうなった魔族連合軍をどうするのか。恐ろしいことに我々には何の作戦も計画もなかった。そう、なかったんだ……」


 魔族連合軍の崩壊。

 魔族王暗殺というものをトリガーにして起きたそれにリリエルたちルナリエンのエルフも、異世界の人類国家も戸惑った。

 彼らが「魔族王を倒せば魔族たちが平和を求めて講和する」という楽観的な考えでいたことは、私がのちに調査したネプティスの外交文書でも分かる。

 魔族王の暗殺作戦をネプティス陸軍の名義で行いたいという情報軍の求めにネプティスは『全面的に賛同する。戦争を終わらせる名誉を与えてくれるとは光栄だ』と返していたのだから。


 しかし、戦争は終わらず世界は混迷を深めた。


「誰もが呆然としていた。こんなことになるはずではなかった、と。ただ情報軍だけはこのことを予期していたという様子だったがね」


 彼らは慌てもせず、狼狽えもしていなかったと彼女は言う。


「私たちは彼に尋ねた。『これからどうするのか?』と。七尾は平然と言ってのけたよ。『これからも戦うだけだ』と」


 リリエルの目には僅かだが怒りの色が見えた。

 それは後先を考えず魔族王暗殺に加担した自分への怒りか、または七尾への怒りか。

 私にそれを尋ねる勇気はなかった。


「内戦をどう終わらせるのかは魔族の責任だ。だが、魔族と交戦状態のままでは我々もそれに関与せざるを得ない。私たちは頭を悩まされた」


 魔族王を暗殺したことで私が以前示した懸念の通り、講和の相手がいなくなった。

 魔族と講和しようにもいくつもある勢力とひとつひとつ講和しなければいけない。

 そうしなければ戦争は終わらず、不安定なままだ。


「そして、七尾は言った。『魔族の内戦を放っておけば過激な魔族が次の王となり、再び人類国家やルナリエンのエルフたちに襲い掛かるかもしれない。それも今度はより過激に』と。『だから我々は内戦に干渉する必要がある』とも」


 リリエルはそう言ったところで深くため息を吐いた。


「魔族王が死んで戦争は終わりに近づくどころか平和は遠のいた。魔族は確かに弱体化したかもしれない。そして戦いは我々によって有利になったかもしれない。だが、平和というゴールは全く見えなくなっていた」


 魔族王の死によって混迷した戦争の行方。

 私はこの物語の終わりをまだ知らない。

 リリエルの口から、他の関係者の口からどのような言葉が出るのだろうかと、私はボイスレコーダーの方を僅かに見た。

 そこにはリリエルの長いインタビューの記録が詰まっている。


「だが、ここからおかしな方向に戦争は進み始めた。人類国家のそれぞれの国が、そしてルナリエン自治領も自分たちに都合のいい魔族の軍閥を支援し始めたんだ」


 これまでは一致団結して魔族と戦っていた人類諸国とルナリエンのエルフたちは、ここにきて意見の対立を見せ始めた。

 そう、どの魔族の軍閥を支援するかで対立が始まったのだ。

 それぞれの国家が自分たちに利益をもたらす軍閥への支援を始め、その利益はときおり対立し始めた。


「国境付近の国は特にそうだった。自分たちと講和する軍閥を優先して支援した。だが、その軍閥は他の国家の国境を脅かしていることもあり、それによって人類国家同士が対立していくのを見たよ」


 魔族のどの軍閥を支援するのか。

 そこから生まれる利益が団結を崩壊させた理由だった。


「そういう対立が続き、ルナリエンも選択を迫られた」


「ルナリエンも魔族の軍閥への支援を?」


「ああ。少なくとも私たちの国境の周りの軍閥とは講和したかった」


 そして平地を取り戻すと言う当初の目的を達成したかったとリリエル。


「魔族の内戦が激化する中、魔族の軍閥は勢力がまとまり始めていた。当時は大きく3つの勢力がいたね。自分こそが正当な魔族王だと主張する王党派、魔族王を廃止して共和制への以降を求める共和派、そして北部に大きな領土の分離独立を目指す独立派。この3つが内戦の主役になっていた」


「あなた方はどの勢力の支援を?」


「独立派だ。独立派は私たちにかつてのルナリエン王国の領土の返還を約束しており、何より我々と講和していたから」


 ルナリエン自治領は北部の独立派と講和し、そして彼らを支援し始めた。


「魔族との戦いは続いた。だが、今度はより複雑な形で。私たちは独立派を支援することで魔族の王党派と共和派の軍閥を敵に回した。それを支援する人類諸国の国々とも間接的に対立することになったんだ」


 団結はついに崩壊した。

 ルナリエンは人類諸国のいくつかの国々と間接的に敵対することになったのだ。


「私もソフィエルもこの決定には悩んだ。これは本当に正しいのかと。この決定によって生じる対立によって我々が人類国家のために戦った功績は無に帰すのだから……」


 リリエルは血を流せば勝利ののちに権利が得られると思っていた。

 しかし、その勝者の権利を得るために流した血は、人類国家との間接的対立によって無意味なものになるのだ。

 私はリリエルたちエルフに降りかかった不幸に同情した。

 その同情に何の意味がなくとも。



「幸いなことにネプティスの対立は避けられた。ネプティスもまた魔族連合を弱体化させるために北部を独立させ、それを自分たちの傀儡にするつもりだったんだ」


 大国ネプティスは独立派を支援し、ルナリエンと共同歩調を取った。

 そこには魔族を分断することで再びかつての容易な脅威ならなくするという目的があった。


「だが、そのせいでネプティスは外交的に孤立を始めた。国境付近の有力な国家は王党派か共和派を支援しており、ネプティスとは意見が対立したからだ」


「ネプティスと共同歩調を取る国はいなかったのですか?」


「全くいないわけではなかった。我々のようにネプティスに経済などの面で依存している国はネプティスを支持した。だが、それは決して多数派というわけではなく、私たちは世界から孤立を始めていた」


 リリエルはそう一種の諦観を持って語った。


「七尾たち情報軍はどう動いていたのですか?」


「彼らの行動は謎だ。あちこちに飛行機を飛ばし、暗躍していたようには見えたが。しかし、私たちとともに全面的に独立派を支援していなかったのは確かだろう」


「何故そう言えるのですか?」


 私の問いにしばらくリリエルは頭の中を整理するようにこめかみを押さえて沈黙したが、やがて口を開いた。


「私たちルナリエン自治領は独立派を支援していた。RLAから軍事顧問と義勇兵が派遣されて、魔族の戦闘を支援したんだ。とても皮肉な話だが、私たちが支援しているのはかつてルナリエンを執拗に攻撃した魔族たちだ」


 ルナリエン自治領と国境を接していることから分かるように、ルナリエンが支援した独立派はかつてルナリエンを攻撃していた魔族連合軍の勢力だった。


「彼らは『ルナリエンへの攻撃は自分たちの意志ではなく、中央に命令されてやむを得ず行っていたものだ』と弁明してたがね。まあ、彼らに命令していたであろう中央から派遣されていた司令官は確かに殺されていた」


 軍司令官は殺害され、北部も魔族連合軍部隊は独立を標榜したのだ。


「私がそんな魔族たちに手を貸していたとき、王党派と交戦した。王党派が攻撃を仕掛けてきて我々はそれを押し返し、敵の司令部を制圧した。そこに会ったものを見たとき、私は自分の目を疑ったよ」


「何があったのですか?」


 私の問いにリリエルはしばし逡巡し、それから答える。


無人航空機(UAV)から撮影された独立派の拠点の画像だ。王党派が手に入れるはずもなく、人類諸国の支援でもありえない。人類諸国はどこも無人航空機(UAV)など運用していなかったから」


「つまり……」


 私は次の答えを知り、恐ろしくなった。


無人航空機(UAV)を運用しているのは佐藤たち傭兵と情報軍だけ。そして、佐藤たちは王党派に一切接触していない。だから、そう、情報軍はルナリエン自治領を支援しながら、それと対立する魔族の王党派も支援していたというわけだ」


……………………

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