ルナリエン遊撃隊の功罪
本日8回目の更新です。
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──ルナリエン遊撃隊の功罪
「傭兵としてとは……?」
私はリリエルの不可解な言葉にそう尋ねる。
「正しく傭兵というわけではない。私たちは一応はルナリエンの兵士として扱われた。ただし、戦うのはルナリエンの領土をかけたそれではなかったし、私たちはまさに自分たちの利益のため戦っていた」
リリエルはそう言って続ける。
「私たちは表向きは義勇兵として扱われる。そうソフィエルは言っていた。『ルナリエンのエルフを代表して人類国家に少数のエルフを義勇兵として派遣し、そのエルフたちが人類国家の兵士たちとともに戦うことでルナリエンの戦争への貢献を示す』と。それによって戦後の利権を確保するのだとも」
「なるほど……」
それはある意味では傭兵なのかもしれない。
ルナリエンの利益のために人類国家の戦場で戦うということをリリエルがそう認識したのも頷ける。
しかし、歴史には自由ポーランド軍という例もある。
彼らは祖国ポーランドを助けるために間接的にフランスなどの大地で戦った。
彼らを傭兵と呼ぶものはいないだろう。
「私にどうするかとソフィエルは尋ねた。彼女が乗り気ではないのは彼女の態度の節々から伝わってきていた。このことを告げる彼女の声に張りはなかったし、視線も俯きがちでいつもの彼女でなかったから」
人を説得することにかけては並外れた腕を持つソフィエルの言葉に、自分が心を動かされなかったのは初めてだとリリエルは思い出す。
「だが、やはり私は戦後のことが心配だった。私たちが平地を取り戻し、ホワイト・ピークという忌まわしい麻薬に依存した経済から脱するには、誰かが血を流さなければならないと思っていたんだ」
その当時、平地へのリリエルへの執念は健在だった。
彼女は平地でエルフたちが自分たちが食する麦を育て、野菜を育て、家畜を育て、それによってホワイト・ピークを捨ててしまえる生活を望んでいた。
その思いは彼女がグラン・マドレアスでホワイト・ピークで狂った人間を見て以来、なおさら強まっていたように思える。
「私はソフィエルの提案に賛同した。『エルフたちが戦っていることを人類国家に示そう。それは重要だ』と」
リリエルは平地を手に入れるために、ホワイト・ピークの呪縛から脱するために、それらのために人類国家で戦うことを選らんだ。
「私は志願者を募った。『これは間接的にルナリエンの戦後を支えるための戦いだ』とまずはそう前置きした。『だが、我々が戦うのは人類国家の大地であり、扱いは傭兵のようなものとなる。それでも構わないものは志願してほしい』と」
最初は全く兵士は集まらないだろうと思ったとリリエルは語る。
「だが、その予想は裏切られた。志願者はざっと30名は集まった。私は条件を再確認したが、全員が問題ないと言っていたよ。『ルナリエンのためになるならばなんであろうとやりたいんです』と言ってくれた兵士もいる。私はそれが嬉しかった」
アルフヘイム株式会社ができてエルフたちは豊かになることばかり考えているのではないかとリリエルは懸念していたが、まだ若いエルフたちの中には愛国心があったのだと彼女は語る。
「ただこれでこの問題は私だけの問題ではなくなった。私は30名の若いエルフに犠牲を強いるんだ。そのことに責任を持たなければならなかった……」
彼女は自分がその責任を果たせたかどうかを語っていない。
だが、事実としてルナリエン自治領が今も山林の中に閉じ込められているのが、その答えなのだろう。
彼女はエルフたちに約束したことを果たせなかったのだ。
「……それから私たちは人類国家に渡った。情報軍の飛行機でね。彼らがこの計画を立てていたのは明らかだった。彼らの狙いは予想できている。推測にはなるが」
「情報軍の狙いとは?」
「RLAのエルフの兵士たちは現代戦に適応できていた。特に少人数での作戦行動に関しては、私は異世界の人類国家以上だったと見ている。私たちはずっとそんな戦いを強いられていたからね」
その技術を人類国家にも与えることが狙いだったのだろうとリリエル。
私がそう言われて連想したのはかつてアパルトヘイト政策下の南アフリカやローデシア──今のジンバブエ──で戦った白人の兵士たちだ。
彼らは圧倒的に数の多い黒人の反政府勢力を相手に戦い、アパルトヘイトが終わってローデシアもなくなったあとはその技術を傭兵として生かした。
今の民間軍事会社の走りであるエグゼクティブ・アウトカムズ社のコントラクターとして。
もちろんリリエルたちは誰かを弾圧するために戦っていたわけではない。
だが、状況は似ているように思えた。
「実際に私たちは情報軍が有していた特殊部隊の真似事を人類国家での戦いで行った。私たちはルナリエン遊撃隊と呼ばれ、魔族の戦線後方に浸透し破壊工作を行う任務を担っていた」
彼女はそのときの様子を振り返る。
「ルナリエン遊撃隊の役割は偵察と破壊工作が主だった」
リリエルはそう語り始めた。
「偵察はエルフたちが得意とするものだ。私たちは闇に紛れて後方に浸透し、敵地の中でじっと耐えることができたし、当時の私たちはすでに無線の扱いにも習熟していた」
敵地の後方で行動し、兵站物資の移動から兵員の移動、指揮官の交代まで情報を集めていたとリリエルは言う。
「私たちの情報は役に立っていた。魔族たちの次の攻撃や、防御のための陣地を事前に人類国家は知ることができたんだ。それがどれだけ彼らが有利に戦えたか。言葉にするのは難しい」
これまでの人類国家の騎兵を中心にした偵察より、リリエルたちルナリエン遊撃隊の偵察の方が得られる情報は多く、そして正確だったと彼女は語る。
「たとえばある砦に守られた丘を攻め落とす戦いの前、私たちは偵察に放たれた。偵察に向かった騎兵の情報では『現地の守りは薄く、攻め落とすのは容易』とされていた。だが、私たちよく調べたところ砦には火砲が複数隠されており、そのまま砦を攻略しようとすれば集中砲火に遭って大損害を出すだろうと言うことが分かった。そこで人類国家はその丘を迂回して進んだんだ」
リリエルはその功績を誇るわけでもなく、淡々と感情を込めずに語った。
実際に彼女にはそれを誇るつもりはないのだろう。
彼女たちの功績はルナリエン自治領が戦後の利益を得るためのものであり、彼女はそれをまだ傭兵的な行為だと思っていたのだから。
それはエセリオンが否定したような人類国家のご機嫌を窺って戦うということそのものであった。
私はエセリオンもその場にいたのか疑問になって彼女に尋ねた。
「ああ。彼もいたよ。30名の中のひとりだ。エセリオンは私の副官という立場に落ち着きつつあったしね」
RLAの司令官であるリリエルには副官が必要だった。
そうでなければ3万人以上もの兵員を抱えているRLAの司令官としての業務は進まないだろう。
エセリオンは自然にそういう地位につき、リリエルの仕事を支えていた。
「だが、エセリオンは義勇軍そのものには否定的だった。彼はそれを『エルフを人質として人類国家に差し出しているようなもの』と表現していたかな。もし、ルナリエン自治領が勝手に魔族と講和しようすれば、私たちを殺すと脅して講和を阻止するためのものではないかとね」
ルナリエンが人類国家が魔族と単独講和するのを恐れていたように、人類国家もまたルナリエンが単独講和することを危惧していたと考えているとリリエル。
「私たちルナリエンと人類国家の間には共闘を謳う部分的な同盟はあったが、講和について単独講和を禁止する条文はなかった。だから、エセリオンが恐れていたことは否定できなかった」
リリエルはそう振り返る。
私はまだ戦争がどのように終わったかを知らない。
彼女が語る物語の先に何がるのかを知らない。
しかし、彼女の言葉の節々から戦争に対する深い後悔の色は見て取れた。
「……さて、ルナリエン遊撃隊のもうひとつの任務である破壊工作だが、それには情報軍も関係していた。特に暗殺には彼らが必ず関わっていた」
リリエルは僅かな嫌悪を込めて暗殺について語る。
「彼らは主に爆撃を好んだ。大抵の場合は上空から死がもたらされた。殺された目標も理解できない死に方だ。しかし、いくつかのケースでは彼らは目標の白目が見える距離で引き金を引き、頭に銃弾を2発叩き込んでいた。私にはふたつの殺し方を彼らがどう選んでいるのかの区別はつかなかった」
このリリエルが疑問に思う情報軍の行動には理由がちゃんとあった。
それは軍事目標と政治目標という暗殺の区分だ。
私ののちの調査によれば軍事目標としての暗殺には爆撃が頻繁に使われ、政治目標には特殊部隊による郷愁という手段が主に取られた。
その理由は簡単だ。
アメリカによるオサマ・ビンラディンの暗殺で何故アメリカが居場所を掴んでいながら爆撃で目標を始末しなかったのか。その理由と同じなのだ。
ビンラディンは暗殺された時点ですでに過去の人になりつつあったとあるジャーナリストは評論している。
だが、アメリカにとっては憎き9.11同時多発テロを引き越した人間であり、なおも対テロ戦争の象徴だった。
その死は政治的な宣伝になる。
しかし、パキスタンに潜伏しているビンラディンを爆撃して始末すれば、その死は正確に確認できず、確認できなければ政治的宣伝には使えない。
あとになって実は生きていたとなれば政府の信頼と支持は失墜する。
確実に目標を始末したとするには、特殊部隊が乗り込んでいって殺すのがベストなのである。
9.11を起こしたビンラディンほどではないが、魔族もまたエルネスト・レポートで記されている極悪人とされていた。
その幹部の死は政治的宣伝に使えたのだろう。
七尾も言っていた。『悪逆非道な魔族の幹部の誰それが死にましたとジャーナリストが報じれば、国民は無邪気に喜ぶ』と。
「魔族は確かに憎むべき敵だった」
リリエルは言う。
「私たちの祖国ルナリエン王国を滅ぼした連中であり、許せない所業を行った存在だ。だが、私たちは佐藤たちから学んでいた。憎い敵と同じことをすれば、相手と同じ獣になってしまうのだと」
佐藤たちは魔族を人道的に取り扱っていたというリリエル。
それは相手のためではなく自分たちのためと佐藤も証言している。
そのことからリリエルたちは学んでいたのだ。
「しかし、情報軍は……」
彼女はそのことを告げるかどうか迷ったように口ごもる。
「何があったのですか?」
私は彼女の言おうとしたことに興味を持って尋ねる。
それに彼女が暗殺について語る際の僅かな嫌悪感の正体も知りたかった。
「……ある目標の殺害のときだ。その目標は魔族の司令官のひとりだった。私たちルナリエン遊撃隊が目標を探し出し、情報軍があとからやってきた」
リリエルはその私の疑問について答え始める。
「目標はそのとき村にいた。魔族の村だ。民間人も大勢いた。私たちは情報軍の戦士たちに言った。『ここで暗殺は実行しない方がいい。巻き添えが出る』と。事実、目標は村の集会場にいてそれは村のど真ん中だったんだ」
「……しかし、彼らは強行した?」
「……ああ。爆弾を落とした」
彼女は深く溜め息をつき、僅かに手を震わせる。
「1発は集会場を吹き飛ばし、もう1発は別の建物を吹き飛ばした。爆発の黒煙が晴れたときには民間人の死体があちこちに散らばっていたよ……」
リリエルがなぜ暗殺に嫌悪を示したのか。
その理由が分かった。
彼女は今でも惨劇が起きた村の光景を覚えているかのように目を伏せる。
「私たちのやっていた戦争はそういうものだった。だが、戦争の終わりに近づいていた。忌まわしいものの情報軍の活躍によって」
彼女は語る。戦争が終結に向かっていると考えた根拠を。
静まり返った部屋の中で。
「魔族連合軍の盟主である魔族王が情報軍によって暗殺されたんだ」
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