贅沢税
本日6回目の更新です。
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──贅沢税
財務省や麻薬取締局の捜査の手が及び始めたディザータ。
彼らの順風満帆なドラッグビジネスは破綻の危機にさらされてた。
そこで神様に──情報軍にお願いしたというモリ。
「情報軍の七尾に頼んだ。『助けてくれ。このままじゃホワイト・ピークは残らず麻薬取締局の連中に押収されちまう』と」
モリは七尾に泣きついたことを語る。
「彼は何と?」
「『それを上手くやるのがお前たちの仕事だ』とやつはまずは俺たちを突き放した。だが、俺は食い下がった。『武器を買う金がなくなるぞ? それどころか裁判になれば情報軍が麻薬の金で戦争をしていたことが明らかになる』と俺は言ったんだ」
「情報軍を脅迫したのですか?」
「イエス。そもそもこの話を持ち掛けてきたのは連中だ。ホワイト・ピークで大儲けしようって考えたのは俺のアイディアじゃなく、あいつらのアイディアだ。ある程度の責任を取る必要はある。だろ?」
それはホワイト・ピークで儲けるために情報軍を省き、独自のルートで地球にまで密売のルートを拡大した男の言葉とは思えなかった。
まさに矛盾した自己弁護だ。
「やつらは最終的には俺たちを助けてくれた。財務省と麻薬取締局を追い払ってくれたんだ」
「具体的にはどのようにして?」
私は情報軍が麻薬取締局にどのような妨害を行ったか興味を持つ。
「まず捜査機関の内部資料を提供してくれた。どこまで捜査の手が伸びていて、どこに監視カメラがあり、盗聴器がありってのをな。潜入捜査官の情報だって教えてくれたぜ。そのおかげでこっちは相手を撹乱できた」
全部が全部の潜入捜査官がルイ・バーナードのように生首を晒したわけではない。
それがディザータの厄介なところでもあった。
「俺たちは潜入捜査官に情報を流した。俺たちの情報じゃないぜ。俺たちと競合しているカルテルや金をちゃんと支払わない連中の情報だ。そいつらがホワイト・ピークを扱っているって吹き込んだんだよ」
効果は覿面と言って笑うモリ。
「麻薬取締局の間抜けな捜査官たちはてんで見当違いの連中を逮捕し、俺たちは大笑いしていた。連中は俺たちを追い詰めるどころか、俺たちにとって邪魔な連中を潰してくれたんだよ。麻薬取締局はもはや俺たちの使い走りも同然だった」
麻薬取締局はのちの報告書でディザータへの潜入捜査は『致命的な失敗』であったと記している。
そう麻薬取締局は公式には6名の潜入捜査官をディザータとその周辺組織に送り込んでいたが、その全員がディザータに彼らにとって都合のいい情報を吹き込まれていたことを報告書で認めたのだ。
「情報軍が政治的圧力ってやつも使ってくれた。俺たちの仲間が警察にパクられそうになったら七尾に連絡する。するとデリバリーピザが届くより早く釈放だ。情報軍がいたから俺たちは弁護士に頼る必要すらなかった」
あるジャーナリストは日本情報軍には悪癖があると指摘している。
彼らが『悪しきプロイセン的な考えを有している』というのだ。
それは『国家に軍隊が付属している』のではなく『軍隊に国家が付属している』という考えである。
このジャーナリストの指摘が正しいかは私には分からない。
だが、モリの証言からは第三次世界大戦を経て強大化した諜報機関が、麻薬取引に関与し、司法すら歪めていたことが分かり始めている。
「しかし、それでも財務省や麻薬取締局の捜査を完全に躱せていたわけじゃない。連中はホワイト・ピークの追跡を続けていた。法律だって施行されちまった。ホワイト・ピークを含めた薬物を規制する法律だ」
その法律が施行された背景にはある事件がある。
あるパーティの場でホワイト・ピークを摂取した男女5名が突然笑いながら自分の喉を割ったシャンパンのビンで突いたのだ。
その男女5名の中には17歳の若者や国会議員の子息などもいたため、この事件はセンセーショナルに報じられた。
ホワイト・ピークは有害であるという認識が広まり、日本を始めとする世界各国で禁止薬物に指定されたのだった。
ようやく世界は動いたのだ。
「あれのせいで商売は上がったりだ。麻薬探知犬は新しくホワイト・ピークの臭いを覚えたし、『DS』って刻印された錠剤を1錠でも持っていたら即逮捕。世間的なイメージも悪くなって売れ行きは低下した」
あのパーティではしゃいだ馬鹿のせいでいい迷惑だぜとモリ。
彼には死んだ男女を悼む心など全く見られなかった。
「ホワイト・ピークは売れなくなったのですか?」
「まさか、まさか。そりゃあ売れはしたさ。前ほどじゃないがね。いくら法律が施行されても警察や麻薬取締局の連中には圧力がかけられていたから、ディザータとしちゃ安泰だった。で、俺たちは商売も一段落したってことで、ちょっとばかりのんびりすることにした」
モリはそのときの様子を語り始める。
「英語の格言で『仕事ばかりで遊ばない。ジャックは今に気が狂う』って言うだろ? 俺もずっとホワイト・ピーク絡みの仕事が忙しくて遊んでなかったから、気が狂いそうだったんだよ」
ふざけたように笑ってモリはそう言う。
「稼いだ金はたんまりあったし、それで豪遊した。酒と女だ!」
大抵の場合、この手のエピソードには酒と女に続いてドラッグが上がるものだったが、モリのエピソードにはそれがない。
私はそのことを尋ねた。
「まあ、中にはドラッグをやるやつもいたが、ドラッグは俺の趣味じゃないし、ドラッグをやる売人は信頼されない」
彼は意外にもドラッグの常習者ではなかった。
いや、意外ではないのかもしれない。
ホワイト・ピークで廃人になった人間を幾人も見ていれば、自分がそうならないようにするのは当然のことなのかもしれない。
彼はそれから自分たちがいくら金を使ったかという話をした。
そのとき拠点は東京からフィリピンに移っており、フィリピンの繁華街でどれだけ金を使ったとか、有名なモデルを抱いたとかそういう話を彼はしていた。
「俺の子を産ませてくれって言われたよ。女にこう言われるなんて、まさに麻薬王って感じだろ?」
だが、不意に彼はため息を吐く。
「しかし、思えばあれはやりすぎだった。金を使いすぎていた。あんな金の使い方をするのは一昔前の石油王ぐらいだ。いくら情報軍が俺たちのお守りをしてくれていたとしても目立ちすぎた」
彼はそう振り返る。
「さら留守中にトラブルが起きていた。横田にホワイト・ピークを降ろした時期の情報がどういうわけか麻薬取締局に渡り、俺たちディザータの情報と照会された。それで麻薬取締局は異世界が怪しいと睨み始めた」
ディザータが表向きは米軍基地に雑貨や食料品を運ぶという名目で使っていた会社の情報が麻薬取締局に渡り、彼らはその会社の活動とホワイト・ピークの蔓延が一致することに気づいたとモリは忌々しげに語る。
「休暇は取りやめ。俺たちは仕事に戻った。まずは昔の関係者を黙らせることから始めた。基本的な戦術は伝統的な『金か鉛か』ってやつだ」
金を受け取るか鉛──銃弾を食らうかという話だとモリは説明。
「大抵は金で片付いた。東京では殺しはやりたくなかったからこれは大いに助かった。東京の警察は無駄に働きやがるからな。だが、それでも数件の殺しは必要になった」
自分たちは無関係を装えるように別の組織に、ディザータからホワイト・ピークを買ってる組織の、さらにその組織からはホワイト・ピークを買っている二次下請けに仕事を依頼したとモリ。
「関係者を消すのに『ジョン・ウィック』みたいなプロの殺し屋が必要かって話だが、そこまで重要じゃない。消すのは民間人だ。そして、いくら人ひとり殺しても日本では死刑にはならない」
何年か刑務所でお勤めして、出てきたところで報酬を渡せば、犯罪組織は大した出費もリスクもなく殺しを実行できるとモリは語る。
刑務所を懲罰施設ではなく、更生施設として扱う傾向が高まる中、この傾向はより強くなるだろうさと彼は笑った。
「そうやって当時の関係者を沈黙させて安泰かと思えば、そうじゃない。トラブルは続く、それもいつまでもって状態になっちまっていた」
モリは次のトラブルについて語り始める。
「麻薬取締局が自分たちを異世界に入れろって言い始めたんだよ。そのとき麻薬取締局はもう異世界こそがホワイト・ピークの出所だって確信していた。連中の内部文書を見たんだ。間違いない」
確かにのちに私は調べた麻薬取締局の報告書ではモリが豪遊していた時期に、ホワイト・ピークの製造場所が異世界ではないかという捜査結果を記している。
それゆえに麻薬取締局は一度異世界側の米軍基地に捜査官を派遣して、ホワイト・ピークに関係している施設がないかの調査を行うことを国防総省に求めていた。
「異世界に麻薬取締局がくれば一発でルナリエンやらブリガンテのことやらがばれちまう。こいつは不味い。だから、俺たちはまた情報軍に泣きついた」
異世界側では取り締まりが行われていないがためにディザータは組織として麻薬の動きを隠そうともしていなかった。
ホワイト・ピークは白昼堂々とトラックの荷台に積み込まれて運ばれているし、ルナリエン自治領には空からでもホワイト・ピークの加工工場が見える。
「情報軍が今回もばっちりと麻薬取締局の妨害をしてくれた。連中が麻薬取締局の捜査官を異世界に派遣するって計画はぽしゃった」
しかし、俺たちはそろそろ慎重になる必要があったとモリは続ける。
「異世界側にいつ麻薬取締局の連中が踏み込んできてもいいように、異世界側でも対策を講じる必要があった。必要なのは秘匿だ」
モリはその秘匿について語った。
「まず馬鹿丸だしな白昼堂々のホワイト・ピークの輸送は行わないようにする。航空写真を取られない場所では夜中に限定して行い、そうでない場所でのみ昼間も輸送を行う」
彼らはいつこっそり麻薬取締局が異世界に忍び込み、無人航空機を飛ばし始めてもいいように空からの目に警戒し始めたようだ。
「それから加工工場もカモフラージュする。空からホワイト・ピークの農園を見られたらやばいが、それは隠しようがないし、まあばれたとしてもルナリエン自治領には麻薬取締局も首を突っ込めんだろうとしておいた」
麻薬取締局はそもそもアメリカの司法機関であり、国際機関ではない。
ただアメリカという国が未だ覇権大国であるからほうぼうで活動しているにすぎないのだ。
「異世界から地球に向かう際も俺たちの持っている飛行場から飛び、米軍基地を使うのは避けた。それらが異世界側でやったことだな」
ブリガンテの連中にも麻薬取締局が来ても黙ってろと言ったが、連中は麻薬取締局についてちっとも理解できていなかったとモリが愚痴る。
それもそうだろう。
異世界まで超大国アメリカの威光とエゴは輝いていないのだから。
「これで万事順調かと思ったが……」
モリが言葉を濁らせる。
「何か問題が?」
「ああ。やばいことが起きそうになっていた。最悪の事態だ。つまりは、だ」
彼はその最悪の事態について語る。
「戦争が終わりそうだったことだ」
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