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リリエルという女性

……………………


 ──リリエルという女性



「……それも一言で説明できる話ではないし、私はそれについて語るつもりもない。だが、お前にその答えを与えるであろうエルフを教えてやることはできる」


 ややあってエセリオンが私にそう告げる。


「リリエルという女エルフを探せ。恐らくはあの丘の向こうにある村にいる。名前で見つからなければ隻眼のエルフを探すといい。それで見つかるだろう」


 エセリオンはそれだけ言うとそのままピックアップトラックに乗り、この場から走り去っていった。

 私はそれ以上の問いを発することもできず、取り残された。


「リリエル……」


 私がここまでやってきて手にした手がかりはそれだけだ。


「クラウゼ。リリエルってエルフを知っているかい?」


「聞いたことはありますよ。前にルナリエン自治領の指導者のひとりだったとかいうエルフですね。ここら辺で流れている噂によれば今は引退したとか、失脚したとか……」


「そのエルフに会いたい。力を貸してくれないか?」


「いいですよ。その代わり追加料金をもらいますからね、旦那」


「ああ。分かっている」


 それから私たちは馬車でルナリエン自治領外縁部から、近くにある丘の向こうにある村を目指した。

 そう、馬車である。先ほど銃座付きのピックアップトラックを見たばかりだというのに、私たちが乗っているのは木製の馬車だった。

 異世界と地球のつながりは良くも悪くも奇妙な状況を生み出していた。


 私たちはごとごとと揺れる馬車で丘を登り、その丘から見える小さな村を見た。

 あそこに問題のリリエルはいるのだろうか?

 私は内心に不安を抱きながらも、好奇心に突き動かされてクラウゼと村に向かう。


 私たちが村の入り口に近づくと好奇の目を村人たちが向けてきたのが分かった。

 私は無害であることを示すために笑顔を浮かべて手を振ったが、振り返してくれたのは子供たちだけであった。

 そんな村人はエルフではなく人間であり、着古して色褪せた服を纏い、農業に従事しているように見える。


「ここら辺の人間はほとんどは元難民ですよ」


 私が村人たちを見つめるのにクラウゼがそう教えてくれた。

 魔族連合軍との戦争で大勢の難民が生まれ、その一部は崩壊した魔族連合軍の領土に定住したのだと彼は語る。

 私はスマートフォンを構え、村の様子を写真に撮影した。

 これもまたルナリエン自治領が焼かれたことと関係あるかもしれない。


「リリエルを探そう」


 私はそう言い、村人にリリエルについて尋ねる。


「リリエル?」


 名前を言っても村人は分からないと言うように首をかしげるだけ。


「隻眼のエルフなんですが、知りませんか?」


 エセリオンが言っていた特徴を伝えるとポンと村人が手を打つ。


「ああ。リリーさんか。それならあの家に住んでいるよ」


 存外、簡単にリリエルは見つかったようだ。


「会うことはできますか?」


「それはリリーさんに聞いてみてくれ。まあ、いい人だから無下にはしないと思うよ」


 村人はあいまいにそう答えるのみ。

 私とクラウゼは顔を見合わせると、一度訪ねてみようと村人が示した家に向かった。


 村人が教えてくれた家は簡単なレンガ造りのもので、小ぢんまりとしている。大きさ的には1LDKのアパートの部屋より僅かに大きい程度だ。

 藁ぶき屋根の貧層ともいえるその家はまるで目立ちたくない人間が隠れ潜んでいるかのように見えた。


「すみません。リリーさんはいらっしゃいますか?」


 私は木製の扉をノックしてそう尋ねる。

 しばしの静寂ののち、扉が開かれる。


「……君は?」


 低く、やや掠れた声が短くそう私に問う。

 だが、私はすぐには答えられなかった。


 その声の主であるエルフの女性の顔には酷い傷跡があった。

 眼帯をしている顔の左側と首の周りには火傷のあとがあり、ケロイド状になっているそれを見た私は思わず沈黙してしまった。


「この傷が気になるかい……?」


 それからその女性は気まずそうにそう尋ねた。


「すみません。私はジャーナリストの九条凪人と言います」


 私は自分が彼女を見つめたまま沈黙していることが失礼であるということに気づき、頭を下げると自己紹介した。


「ジャーナリスト?」


 彼女の表情には僅かに警戒する色があった。


「はい。フリーの記者です。今、私はルナリエン自治領の森が焼かれた件について調べていまして……」


「……そうか。私はリリエル。ここでリリーと呼ばれている」


 やはり彼女がリリエルであった。間違いではなかったのだ。


「立ち話というのもなんだろう。中に入りたまえ」


「失礼します」


 私はクラウゼとともにリリエルの家に上がる。

 外から見た通り、家の中も質素なものであった。

 今にも壊れそうな藁のベッドがあり、ダイニングのテーブルがあり、キッチンとして竈があるだけの空間だ。


 だが、私はその中から2枚の写真を見つけた。

 それは迷彩服に身を包んだリリエル──まだ顔の火傷はない──がAR-15アサルトライフルを持ち、同じく迷彩服姿のエルフたちと写っている写真。

 もう一枚はひとりの迷彩服姿のアジア系の男性と並んで写っている写真だ。


「この写真は?」


「……古い思い出だよ。まだ私に夢や希望があったときの思い出であり、今の私にとっては戒めだ」


 リリエルはそう呟くように答えた。


「それで、ルナリエン自治領が焼かれたことについて聞きたいのだったね。何故私にそれを尋ねようと思ったんだい?」


「エセリオンというRLAの将校にあなたならばその答えを教えてくれると言われました」


「エセリオンか……」


 リリエルは僅かに懐かしむようにその言葉を口にした。


「そうだね。では、エルフの森について語るとしよう。森がまだ異国のアサルトライフルではなく精霊たちとともにあった時代から」


 そう言ってリリエルは長い物語を語り始めた。



 * * * *



 ルナリエン自治領はかつてルナリエン王国と言われる国であった。


 森に覆われた山岳地帯とその周辺の平地に築かれたエルフの国。

 それは私が勝手に想像していたフィクションの中のエルフの森に近いものであった。

 木漏れ日の差す集落で楽器を手に憩うエルフたちと流れる穏やかな時間。

 平地の森には王の座す宮殿があり、山の山頂にはエルフたちの信仰する精霊を讃えるモニュメントが作られ、エルフたちは王と神官、そして精霊というものたちに従って生きてきた。


「国は平和だったよ」


 リリエルはその時代を懐かしむようにゆっくりそう言った。

 それからしばしに間、続きを話しべきか迷うように沈黙していた。


 だが彼女は続けた。

 しかし、その状況が変わったのはリリエルがまだ20歳のときだ。

 魔族連合軍がルナリエン王国に攻め入ってきたのである。


「彼らはひたすらに暴虐だった。エルフの王の首を刎ね、神官たちを生きたまま焼き、精霊を讃えるモニュメントを破壊した」


 リリエルもそのときルナリエン王国を守るために戦ったそうだ。

 弓と魔法で魔族連合軍の侵略者たちに抗ったと彼女は語る。

 弓でゴブリンやオークを射抜き、魔法でドラゴンたちに抵抗した。

 魔族連合軍は捕虜を取らず、エルフたちを老若男女問わず辱めてから処刑した。それに対抗してルナリエン王国も魔族を決して捕虜にしなかった。

 それは私が歴史として知るところの独ソ戦のようであった。

 そう、血なまぐさい絶滅戦争だ。


「だが、私はまだ若い戦士だった。だから、今は逃げて生き延びろと言われた。生きてエルフの血を絶やさぬようにしろと」


 20歳というのはエルフの基準で言えばまだ赤ん坊のようなものだったとリリエル。

 だから大人たちは身を張ってリリエルたちを山林へと逃がし、リリエルたちは今のルナリエン自治領となる森に逃げ込んだ。


「平地で戦ったエルフたちは……ほとんどが生きて帰ってはこなかった。私たちは大人たちをほとんど失った」


 そこにはリリエルの父や母も含まれているのは間違いない。

 だから、今のルナリエン自治領には若いエルフしかいないんだとリリエルは語った。


「それから魔族連合軍は平地を全て征服したが、山林では私たちの方が有利だった。私たちは罠を仕掛け、待ち伏せ、魔族連合軍に出血を強い続けた」


 山林でのゲリラ戦となり、魔族連合軍はエルフたちに苦戦し始めた。


「そして、大人たちを失った私たち若いエルフは新しい体制を作った。一番年長のフェリオスという男エルフを長老に。私は長い盟友となるもうひとりのエルフとともにそれを支えることになった」


「もうひとりのエルフ、ですか?」


「ああ。ソフィエルという女エルフだ。私の友であった。理想と夢を共有した友であり……そうあり続けてほしかったエルフだ」


……………………

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どこかで聞いたような名称が。パラレルです?
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