生存者たち
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──生存者たち
結論から言えば、その人物を探すのはこれまでの七尾やモリ、ワンを探すより遥かに容易であった。
私がアークライト・インターナショナルの東京本社で資料を求めたとき、彼らはあまりそれを隠そうとしなかったからだ。
もちろん彼らが異世界で何をしていたかをアークライトは直接は教えてくれなかったし、その作戦に関与していた人間をすぐには教えてくれなかった。
だが、14日ほど連続してアークライトの本社で尋ね続けると、彼らは根負けして私にかつて契約していたコントラクターの情報を僅かに教えてくれた。
私はその情報を下に彼を探し出した。
「ああ。ルナリエンのことだね」
彼は当時のことを振り返る。
「あのときは大変だった。俺たちは魔法の脅威というものを思い知らされた。火球が俺たちが走って向かっていたテクニカルに命中し爆発した。テクニカルは横転し、エルフたちは投げ出された」
だが、彼らはなんとか生きていたと彼は言う。
「だが、肝心の火力であるテクニカルを1台失ったのは痛かった。もう無人航空機は全ての爆弾を落としていたし、俺たちの銃弾は尽きそうになっていた」
彼らは爆発で吹き飛ばされたエルフたちを抱えてさらに後方のトラックを目指した。
「戦場は大混乱だった。魔族たちは確かにパニックを起こしていたが、パニックだったのはこちらも同様だった。当初の作戦が失敗し、俺たちも動揺していた」
周りは城壁で囲まれて、敵は自分たちの倍。
航空支援はもうなく、増援も望めない。絶体絶命だ。
「だが、不思議と俺は冷静だった。周りが混乱していると逆に冷静になるというやつだ。俺は状況を見渡し、生き残る道を見つけた。『全員、ついてこい!』と俺は叫んだ」
トラックまでの直線は魔族で埋め尽くされている。
そこを通り抜けるには弾薬も時間も足りない。
だが、無人航空機の爆撃で倒壊した塔の方は手薄であり、魔族はまた同じ場所が爆発するのを恐れているようだったと彼は言う。
「俺たちは塔の方に向かい、瓦礫を乗り越えてトラックを目指した。魔族たちの注意はトラックとテクニカルに釘づけで俺たちの方を見ていない。恐らくあれが脱出できる唯一の道でありチャンスだった」
事実、こうして俺は生還したと彼は笑って見せる。
「だが、全員無傷でとはいかなかった。俺は矢を肩に受けた。幸い、デカい血管は逸れたものの激痛を味わったよ」
そう言って彼はシャツを脱ぐと日焼けした浅黒い肌に穿たれた古傷を私に見せる。
今は傷はふさがっているが、見るからに痛々しい傷跡だった。
「撤退戦はいつだって傷が増える戦いだ」
他にも傷があるのを彼は教えてくれた。
これはソマリアで、これはウクライナで、これはカンボジアでという具合に。
彼の傷跡は彼の戦歴の証であった。
「しかし、俺が負った傷がずっとましだ。あのときは命を落とした人間もいる……」
彼はコントラクターが犠牲になった様子を語る。
「俺たちは何とかトラックに辿り着いた。そこでエルフたちが援護してくれる中、負傷していたパイロットを乗せ、それからコパイの遺体を乗せた。そして俺たちが乗り込み始めたとき、また魔法が飛んできたんだ」
火球がトラックに向かってきたと彼は思い返す。
「あのとき火球がトラックに命中してれば俺たちに脱出は不可能になっていただろう。トラックがなければ魔族のテリトリーからは逃げられない。トラック1台だけでは全員が乗れず、逃げられなかった」
そのことを理解したのは俺だけじゃなかったと彼は言う。
「他のコントラクターたちも慌てた。『トラックを守れ!』と叫ぶものもいた。そして、最後の犠牲が生じた……」
あるコントラクターが身を呈して火球を防いだと彼は語る。
「彼のことは決して忘れない。俺が今生き残っているのは彼のおかげだ」
そのコントラクターは火球の射線に飛び出て火球を受け止めた。
そのままコントラクターは炎に包まれたが、トラックは無事だった。
「彼はすぐには死ななかった。火球を受け止めたあとは生きていたんだ。俺は仲間の援護を受けて彼に駆け寄り、彼を抱えてトラックに運んだ。彼は荒く息をして、俺にこう言い残した」
「彼は何と?」
「シンプルなものだよ。『妻に愛していると伝えてくれ』と。『ああ。分かった』と俺は言った。そこで彼は息を引き取った」
僅かな沈黙ののち、1枚の写真を私に見せた。
「これが彼だ。ミゲル・エルナンデス。俺たちの命の恩人だ」
そう言って彼は写真に写ったラテン系の男性を指さした。
「こちらに写っているのがあなたですね?」
「ああ。そうだ」
私の問いに──佐藤・J・エリックはそう答えた。
佐藤・J・エリック──。
これまでリリエルの言葉で語られてきた彼は実際にはどのような人物なのだろうか?
私はまずどうして彼が民間軍事会社のコントラクターという危険な仕事を選んだのかを尋ねた。
「俺は陸軍のある部隊にいた」
彼は日本陸軍にいて、最終階級は大尉だったと語る。
具体的に陸軍のどの部隊にいたのかについては陸軍との間に守秘義務があるので明かせないとも。
「俺は冒険心から陸軍に入隊した。昔から安定とは無関係の危険に満ちた人生を望んでいたからな」
彼は冗談めかしてそう言ったが、全くの冗談というわけでもないだろう。
推定される彼が入隊した時期は極東の安全保障環境が急速に悪化していた時期であり、戦争が近いと誰もが分かっていたときなのだから。
「沖縄と上海」
彼はそう言う。
「沖縄で戦った。上陸してきた人民解放軍と。上海で戦った。今度は俺たちが上陸する側として。そして、俺は軍隊という仕事が、というより戦争という仕事が性に合っていることを知った」
どこまでも時間厳守であり、定められた予定に満ちていながらその予定は大抵滅茶苦茶に崩れる。
環境が、敵が、ときとして味方が自分を追い込む。ぎりぎりの状態まで。
さらにそんな状態は一度や二度ではなく、平然と繰り返されるのだと彼はどこか愉快そうに語った。
「戦争はクソッタレだ。それは紛れもない事実だ。暴力が正義となり、その下で力のない人々が虐げられるのを俺は正当化できない。だが、俺はそのクソッタレに耐えられる。だから、その長所を生かそうと思った。戦争というクソッタレに耐えられない人間の代わりに戦うという道を選んだのはそれが理由だ」
彼は民間軍事会社のコントラクターになった理由をそう語った。
自分は戦争という地獄のような環境に耐えられない人間のために戦っている、と。
「だからといって自分を正義の味方だとかは思ってない。正義感は持ち合わせているつもりだが、それに酔うつもりはないんだ。あくまで俺はただの傭兵だ。それ以上でもそれ以下でもない」
彼はどこか冷めた口調で正義という単語を口にする。
第三次世界大戦では誰もが正義を掲げて、その名の下に大量虐殺が行われたことは記憶に新しい。
だから、彼のその態度には私は共感できた。
「聞きたいのはルナリエンのことなんだろう?」
そこで彼は自分の話を終わらせて、私にそう尋ねた。
私は頷き、どうして彼がルナリエンに向かったのかを聞いた。
「シンプルに当時の地球は平和だったからだろう。俺たち傭兵の仕事はなくなりつつあった。特にアジアが主な市場のアークライトが引き受ける仕事といえば、第三次世界大戦のあとで生まれた新興国家の軍隊を訓練するのがほとんど」
アジアは完全に平和になったわけではなかったが、少なくとも第三次世界大戦のあとでは平和と言えた。
「俺たちコントラクターは基本的に仕事があるときだけ雇われる。アークライトから仕事がなければ別の会社から仕事を受けようとしていたとき、アークライトに呼ばれた。『とても報酬のいい仕事がある。受けないか?』とね」
しかし、どうにも怪しい話だったという。
どこで働くのかの情報がない。
軍事訓練の教官をやることやその訓練内容は明らかにされている。
しかし、やはり地名や国名はなく、雇い主の名前は黒塗り。
普通の傭兵ならばこんな仕事は受けないと佐藤。
「だが、俺は受けた。俺はやはり冒険が好きだったんだ」
彼は子供のように笑ってそう言う。
彼は不穏な契約書を交わし、異世界に向かった。
「死亡時の補償金がやたらと高かったことを覚えている。通常のレートの5、6倍はあったか。それで俺たちが訓練に向かう場所は相当に危険な場所なんだろうと予想した。それぐらい金を示さないとコントラクターが集まらないってことだから」
そのときはまだ自分たちが異世界に行くとは思っても見ていなかったと語る佐藤。
「横田に集合し、俺たちは空軍の輸送機に詰め込まれた。それからのフライトであの房総半島に門に向かったんだ」
その軍用輸送機の貨物室に窓はなく、門をくぐった瞬間何が起きたのかは分からなかったと彼は言う。
ただ門の存在は知っていたそうだ。
ニュースで何度も報じられてきた房総半島のその先端海域に突き出た門は、私も佐藤もよく知っていた。
「現地で米軍基地に着陸すると、待っていたのは情報軍の連中だ」
彼は情報軍については僅かに嫌悪を込めて語る。
「陰謀屋、殺し屋、覗き魔。連中を好きになる要素なんてない」
情報軍について彼はそう告げ、それ以上は語らなかった。
「だが、それで雇い主ははっきりした。情報軍が俺たちを雇ったんだ。しかし、疑問は残る。何のために?」
まだ異世界についたばかりで現地の様子はさっぱり分からない。
情報軍が雇い主だとしても、軍事教練を施す相手は情報軍ではないはずだった。情報軍はその手のことを外注しない。
「俺たちは輸送機からパワード・リフト機に積み替えらえて、また空に戻った。海を飛行し、コンテナ船で給油したのちに俺たちが到着したのがルナリエン自治領だ」
「そこでエルフに出会ったのですね。彼らをどのように感じましたか?」
私が尋ねると彼は少し考えこんだ。
「……素朴な連中って第一印象だった。そのときは出来立てのパワード・リフト機の離発着場があって、先に来た連中が作ったシンプルな射撃演習場があるだけ。他にあるのは木製の質素な建物だけだ。貧しそうではあったが、貧しいからと言って人心が荒廃しているようには見えなかった」
良くも悪くも豊かな生活を知らないという感じだと佐藤。
「しかし、リリエルは違った。射撃訓練に励んでいる彼女からは覇気を感じた。兵士としてみんなを引っ張っていけるような、そんなリーダーに相応しい風格がにじみ出ていたよ。俺も彼女をすぐに認めた」
当時の様子を思い出したのか、佐藤は少し幸せそうにそう笑っていた。
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完結まで書き溜め終えました! これでエタらないと思います!
応援よろしくです!




