檻をこじ開ける
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──檻をこじ開ける
「無人航空機は今も捕虜になった傭兵を追跡しており、彼らが私が見た砦とは別の砦に連れていかれるのを確認していた。佐藤はタブレットの無人航空機の画像を拡大しながら作戦を練った」
砦は本格的なものではなく簡易なもので、城壁と堀がぐるりと周囲を囲み、それから中に1本の太い塔がそびえているものだとリリエルは語り、私にその砦があった場所を教えてくれた。
私が訪れたとき、その砦の城壁は破壊されて塔もその残骸を晒すだけであった。
ただ他の場所とは違って今もそこには破壊されたバリスタの残骸や折れた剣などが転がっており、戦闘があったことを感じさせた。
「作戦はほとんど佐藤が立案した。その作戦内容はこうだ」
まず闇夜に乗じて傭兵2名が堀を越えて見張りを始末し、他の兵士を引き入れる。
ここで侵入した部隊を跳ね橋を守るチームとと捕虜奪還に向かうチームに分ける。
奪還チームは捕虜のいる場所を最優先で制圧し、捕虜を奪還。
奪還が成功すれば赤い信号弾を、失敗したら緑色の信号弾を打ち上げて知らせる。
成功した場合は跳ね橋を守っているチームが跳ね橋を降ろし、そのままともに逃走。
失敗した場合は跳ね橋を降ろすが、外に待機しているテクニカルとトラックが突入して魔族を蹴散らす。
「作戦は魔族が気づいたときにはすでに手遅れてであることは望ましかった。どこまでも静かに行動しなければ、捕虜に到着する前に魔族に奪還の企てを知られれば捕虜を殺されるか、人間の盾にされてしまう」
緊張感のある作戦だったとリリエルは語る。
エルフたちはこの手の作戦にそこまで通じていたわけではない。
彼らは森林での隠密作戦は知っていたが、砦のような人工物を攻略する一種の攻城戦はこれが初めてであった。そうリリエルは思い出す。
「私たちは傭兵たちから教わったハンドサインだけで行動することにし、傭兵たちに従って行動した。作戦を立てた佐藤は私に『一時的に指揮権を預かっていいか?』と尋ねたので『もちろんだ』と私は応じた」
そして、作戦の指揮は佐藤が執り、彼は前線に立ったと彼女は続ける。
作戦を俯瞰すべき指揮官が前線に立つのは妙に感じたが、リリエルはその理由を私に説明した。
「当時、私たちが使える無線機は僅かにしかなかった。今回の作戦では2台だけだ。もし、無線がたくさんあっても扱えるエルフがいなかっただろうし、無線機が魔族に鹵獲されることを地球の人間たちは恐れていた」
無線機がもし魔族の手に渡っていれば彼らが人類国家の無線を傍受し、そこから重要な情報が漏洩するのではないか。
彼らが恐れていたのはそういうことだとリリエルは言う。
だから、無線機は鹵獲される前に破壊せよと言う命令が出ていたらしい。
「私たちは2機の無人航空機を何とかやりくりして捕虜の情報を得続けたが、彼らが生きているのか死んでいるのか分からない。だが、それでも傭兵たちは砦から死体だけでも取り戻そうと意気込んでいた」
彼らの士気の高さは驚くほどだったとリリエルは振り返る。
闘志が体全体からみなぎっているのが感じられ、疲れや悲観は全く感じられなかたっとリリエルは語る。
このような戦士たちをリリエルはルオタニア王国が滅ぶ際に撤退戦でしか見たことがなかった。
「それから捕虜の奪還作戦が開始された。私たちはテクニカルとトラックを後方に残し、数名が斥候として砦に近づいた。最初に堀を渡る2名の傭兵は佐藤とエルナンデスという傭兵だった」
エルナンデスは比較的老齢の傭兵であり、あまり自分の過去を語らなかったが彼はアメリカ陸軍という組織にいたということだけはエルフたちに教えていた。
のちの私の調査によればミゲル・エルナンデスというアークライトに所属していたコントラクターはアメリカ陸軍のデルタフォースに所属していたと資料にはあった。
「堀を越えるのに彼らは静かに対岸も泳いで渡り、そこからピッケルで城壁を登って行った。どこまでも静かで、そして素早い動きだった」
彼らは城壁をピッケルを使って登り切ると城壁の見張り兵をナイフで始末した。
それから彼らは丈夫なロープを城壁から垂らし、エルフたちはそれを使って堀の中から城壁を登って行った。
その中にはリリエルの姿もあった。
彼女もまた前線で戦うことに志願したのだ。
それはヘリのパイロットたちを助けにすぐに魔族を攻撃しなかったことへの懺悔なのかは分からないままだ。
「私たちは実に静かに堀から塀を登り、魔族の砦に侵入した。ここまでは呆気ないほど上手くいっていた」
リリエルたちは佐藤たちとともに敵に全く気付かれることなく、城壁を制圧した。そう彼女は言っていた。
サプレッサーの装着されたアサルトライフルとコンバットナイフで彼女たちは音もなく魔族たちを殺したと。
闇の中を背後から密かに近づき、敵の喉を裂く。そんな殺し方で、
「問題はここからだ。私たちは見つからないように捕虜の下に辿り着く必要があった」
城壁の内側には練兵場などとなる空間があり、そこには魔族が天幕を張って駐留していた。
そして、捕虜はその先にある野外に置かれた檻の中だ。
まさに跳ね橋から正反対の方向に捕虜たちは閉じ込められていた。
もちろん監視がついており、6名の魔族が見張っていたとリリエルは思い出す。
「佐藤たちが捕虜の救出に向かうと言った。彼とミゲル・エルナンデス、そして2名の傭兵で捕虜を助けてくると。私たちエルフには跳ね橋を守っておくように頼んでいたが、私は彼に同行すると言った」
その理由はやはり彼女が一度ヘリのパイロットたちを助ける機会を逃したのだからだろうか、とそう私は想像する。
彼女にとってはコントラクターたちも大事な仲間だということはこれまでの話を聞いていて分かる。
そんな彼らが魔族に捕らえられたことにリリエルは責任を感じていたのだろう。
「佐藤は少しためらったものの、私の同行を最終的には許した。私は彼らの足は引っ張らないように細心の注意を払った。彼らのように足音を立てることなく、暗闇の中を檻に方に向かった」
城壁をぐるりと回り、リリエルたちは檻の方に迫った。
それからロープで密かに城壁から降下した。
魔族たちは見張りに立っていたが、すでにヘリを撃墜したことを祝っていたのか酒に酔っており、注意散漫になっていたとリリエルは語る。
「まだ捕虜が生きているかを私は確認したかったが、まずは番兵を始末しなければ敵に気づかれてしまう。私たちは番兵をひとりずつ始末することにした」
暗闇の中から魔族を物陰に引きずり込み、素早く喉を裂き、腎臓や肝臓をめった刺しにする。
そうすれば出血性ショックで魔族は数分で死亡したとリリエル。
彼女はそのときのことを思い出すように手を見た。
彼女のその手はそのとき魔族の血で赤く染まったのだろう。
「魔族の番兵を片付けてから時間との勝負だ。すぐに見張りの交代が異常に気づく可能性があった。私たちは檻のカギを静かに破壊し、他の傭兵が見張る中で佐藤が捕虜がまだ生きているかを確認しに向かった」
「捕虜は生きていたのですか?」
「ひとりは生きていた。もうひとりは……酷い拷問を受けたらしくすでに……」
リリエルは力なく首を横に振る。
それから彼女はしばらく沈黙した。死者を悼むように。
「……私たちはそれから脱出しなければならなかった。まだ生きているが疲弊しきった傭兵とすでにこと切れた傭兵の亡骸を抱えて」
しかし、そのとき問題が生じたとリリエルは言う。
「魔族が私たちに気づいた。見張りがいないことから気づたのだろう。突然ざわめきが生じ、それから角笛が鳴らされた。警報だ」
警報が鳴り響き、魔族たちが捕虜のいる檻の方まで押し寄せてきたと彼女は語る。
「だから、私たちはすぐさま緑色の照明弾を上げた。作戦が危機的になったことを知らせる合図だ」
作戦は危機に陥ったのだ。
「私たちは逃げなければならなかった。できれば身軽な状態で。だが、私は決して佐藤に死体を置いていこうとは言えなかった。私が彼の立場ならばそのような言葉は聞きたくなかったことは間違いにないから」
死んだ傭兵も異国の地で自分たちエルフのために戦ってくれた人物だ。
その死体を魔族の下に残していくなどできなかったとリリエル。
「私たちは迫りくる魔族たちに銃撃を浴びせた。同時に跳ね橋が降ろされてテクニカルが重機関銃を乱射しながら突撃してきた。『騎兵隊が来るぞ!』とエルナンデスが苦境を感じさせない陽気さで叫んでいたよ」
騎兵隊は魔族たちを驚かせた。
突然乱入してきて重機関銃を掃射するテクニカルに魔族たちは現代兵器への恐怖を思い出しパニックになったのだ。
「トラックも荷台から兵士たちが銃弾を魔族に浴びせ、突き進んできた。魔族たちは完全な混乱状態であり、多くの魔族が戦わずして逃げ散った。だが、全員が逃げたわけではない」
指揮官が優秀で統率できていた部隊は迫りくるテクニカルやトラックと交戦を始めたとリリエルは言う。
「弓矢が放たれ、バリスタが狙いを定める。それに気づいた佐藤が対戦車ロケットでバリスタを吹き飛ばし、エルナンデスたちはグレネードランチャーで抵抗する魔族たちを吹き飛ばしていった」
物凄い轟音がし、耳がどうにかなりそうだったと彼女が当時の様子を語る。
まだ明けない夜の中で銃撃戦は続き、機関銃から放たれる曳光弾とグレネード弾のオレンジ色の炎が闇の中で瞬く。
対する魔族も火矢を放ち、魔法使いは火球でトラックなどを攻撃したきたそうだ。
「戦闘は永遠続くかのように思われた。魔族たちの数は多く、私たちは増援を集めても数で負けていた。そこで佐藤が『リリエル、伏せろ。お祈りの時間だ。守護天使が助けてくれる』と唐突に言った。私は何のことだかさっぱりだったが、それが何を意味するのかは数秒後に分かった」
「何が起きたんです」
「爆発だ。不自然な風切り音ののち当然魔族たちがいた場所に爆炎が吹き上がり、衝撃波が私たちを襲った」
種明かしをすれば無人航空機が爆撃を実行したのだ。
無人航空機が積んでいた爆弾が佐藤たちの誘導で魔族たちに投下され、彼らを薙ぎ払った。
その際に塔も崩壊したのだとリリエルは語る。
「当時の私は何が起きたのか分からず、佐藤とエルナンデスたちがにやりと笑ったところから彼らの仕業だろうと推測することしかできなかった」
だが、これで逃走可能な経路が開かれた。
「私たちは一気に助けに来てくれたテクニカルとトラックに向けて駆け、ここから脱出することにした。すでに夜は明けかけており、長い時間がすぎていた。私たちは疲弊し、弾薬もわずかだ」
リリエルたちは応援に来たテクニカルに向けて駆けた。必死に。息を切らせて。
「だが、そこで犠牲者が出た。この戦いで最後の犠牲が……」
リリエルは悔やむようにそう語った。
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