ルナリエン戦争
本日2回目の更新です。
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──ルナリエン戦争
戦いは激しさを増していったとリリエルは語り続ける。
「最初の勝利から数日後だ。魔族連合軍は我々の暮らすルナリエン自治領への包囲を始めようとしていた。すでに人類国家と交戦中であっても物量がある魔族たちは戦力的にある程度の余裕があったのだろう」
魔族たちはルナリエン自治領の不審な動きからエルフたちを懲罰する必要があると感じたようだとリリエルはいう。
「我々は戦いの準備を整えていた。だが、魔族たちはまずは私たちが本当に自分たちと戦うつもりか確かめるために使者を送ってきたよ」
冷たい朝の森は久しぶりの静寂に静まり返っていた。エルフたちは射撃訓練をやめて、戦えるものは皆が武器を持って集まった。
それから魔族の使者は馬でやってきて待ち構えていたリリエルとソフィエルの前に立った。
「使者は言う。『エルフたちよ。長い平和的な関係を捨てて、魔族連合軍との戦争を選ぶのか? 賢明であるならば武器を捨て、我々の下で平和な道を選ぶがいい』と」
今でも忌々しい言葉だと感じるとリリエルは言う。
「『お前たちの下にあるのは隷属であり、平和ではない。奴隷としての天国を選ぶくらいならば、我々は戦士としての地獄を選ぶ』と私はそう言い返し、私の部下たちがアサルトライフルを上空に向けて乱射した」
その音に驚いた馬が使者を振り落とし、使者は慌てて逃げ去っていたそうだ。
「私たちは気をよくしたが、ソフィエルはそうではなかった。彼女はまだぎりぎりまで戦争を始める意図は隠しておきたかったと私にあとで言っていた。『リリエル。私たちにはもっと武器と金が必要になる。理想としての戦士の地獄は結構だが、現実としての勝利のことも考えてほしい』と言われたよ』」
ソフィエルは理性的だったんだとリリエルは振り返る。
「思えば私たちが戦士たち炊きつけて暴走させたのだろう。ルナリエン自治領は瞬く間に戦争に向かって言った」
エルフたちは誰もがこぞって兵士に志願し、民間軍事会社のコントラクターたちは訓練にてんてこ舞いだったとリリエルは語った。
「だが、歴史は確かに正しい方向に向かっていたはずだったんだ。私たちは戦うことで自由と土地を得る。ホワイト・ピークを捨てて暮らしていける人生を、尊厳と名誉がある人生を送れるようになるはずだった」
“はずだった”という言葉。
彼女のその言葉はすでにそれが達成されなかった目標であることを示し、後悔の色だけが滲んだ。
彼女は深いため息ののちに話を続けた。戦いの記憶の話だ。
「……ついに魔族連合軍は大規模に動き、我々のルナリエン自治領は包囲された。魔族連合軍はが進軍してくるのを我々は食い止めるために行動を始めた」
また先の戦いのように少数の兵士たちが敵の補給物資を襲ったり、狙撃手が魔族の指揮官を狙撃するなどしたとリリエル。
「そういう数によらない戦い方を教えてくれたのも佐藤たち傭兵だ。彼らの教えはルナリエン自治領が魔族によって再び蹂躙されることを防いでくれた」
佐藤が直接指示して森の中に適切なキルゾーンを設置し、機関銃で敵を滅多打ちにした話などもリリエルは聞かせてくれた。
佐藤たち民間軍事会社のコントラクターたちは徐々に現場に出るようになっていたのだ。
「彼らには後方の安全な場所にいるようにと求めたのだが、私たちが魔王軍の物量を前に苦戦しているのを知ったのだろう。いろいとと理由を付けて現場に出てきては私たちの戦いを支えてくれた」
ある若いアメリカ人のコントラクターは『お前たちみたいな若い女子供が戦っているのに後方にはいられない』と言っていたそうだ。
「それに対して私たちはみんな30歳以上だし、私に至っては95歳だと言うとその傭兵はぽかんと口を開けて仲間に笑われていたっけ」
気のいいコントラクターたち。
リリエルは厳しい戦いの中で彼らが精神的な支えになっていこと吐露する。
「それから我々の持つ現代兵器の恐ろしさを魔族たちは学習したらしく、包囲は継続したもののあまり攻撃を仕掛けてはこなくなった」
しかし、情報軍部隊は動いていたとリリエルは思い出す。
「思えば彼らが魔族を引き付けていたのではなかったのだろうか。彼らの活動はルナリエンで戦争が再発する前から行われていたが、再発してからも幽霊のような兵士たちはあちこちに展開していた」
リリエルの証言した日時が正確ならば、それはのちに七尾の証言の中で人類国家が地球製の武器に習熟して反撃に出始めた時期と一致する。
ルナリエンは魔族を引き付ける第二戦線であったのではないか──前年ながらそのリリエルの推測を裏付けられるのは状況証拠しかない。
「彼らは魔族連合軍の幹部を暗殺して回っていた。その作戦を支援するために私たちが動員されたこともある」
「どのような戦いでしたか?」
「彼らは本当に幽霊のように動いていた。私たちよりもずっと静かに。そして、遠くから魔族の指揮官を見つけると銃弾やナイフで彼らを始末することはほとんどなかった。突然炎が吹き上がり、そこに会ったものがなくなるんだ」
「それは爆撃ですね?」
「そう聞いた。空から飛行機が爆弾を落としているんだと」
情報軍の暗殺部隊が好むやり方だと私は聞いたことがある。
脳に良心を麻痺させるナノマシンを叩き込んだ情報軍の暗殺を請け負う兵士たちは銃での殺害からナイフでの殺害まで訓練されているし、それを躊躇うことはない。
しかし、彼らは空軍に爆撃を誘導して吹き飛ばすことを好んだ。
なぜならばその方がリスクは低いし、確実に目標を消せるからである。
民間人や無関係の目標が巻き込まれるのを彼らは気にしないようであった。
「ああ。そうだ。私たちルナリエン自治領もちょっとした空軍戦力を保有していたよ。ひとつはヘリだ。敵地で孤立したり、医療支援を必要とするときに飛んできてくれる卵のような形のヘリだ」
それはリリエルが描いたイラストから恐らくMD500軽量多目的ヘリか、その軍用モデルのOH-6汎用ヘリだろうと推測された。
いずれも今の時代では旧式化しており、正規軍では後継機がドローンがその役割を取って代わり、中古市場に流れているものだ。
「あのヘリは頼もしかった。負傷した兵士をすぐに後方に運んでくれるし、たまに爆弾やロケット弾を積んでそれで地上支援もやってくれた。風切り音がしたかと思えばドラゴンのブレスのように地上が炎に包まれるんだ」
一度リリエルたちは危険な戦いに巻き込まれた。
偵察に出ていたところ魔族に見つかってしまい、敵が押し寄せてきてリリエルたちは絶体絶命だった。
それを救ったのはそのヘリによる航空支援だったと。
ヘリはまともな対空兵器を持たない魔族連合軍を相手に猛威を振るい、リリエルたちは窮地から脱した。
「それから無人航空機だ。ルナリエン自治領の滑走路でも運用できる無人航空機が私たちに空からの目を提供してくれた。これは魔族との戦いにおいて大きなアドバンテージなった」
魔族にはMANPADSや対空器といった装備はない。
ヘリも無人航空機も悠々と空を飛び、エルフの戦士たちに航空支援を与えていた。
「唯一の問題はドラゴンだった。ドラゴンはときおり飛行してきては、我々のヘリや無人航空機を攻撃した」
ドラゴン──。
鳥とコウモリ以外で空を飛ぶという生き物である。
その伝説と神秘に満ちた存在にエルフたちは抗えたのだろうか……?
私はそのことについて質問した。
「ドラゴンへの対抗手段はいくつかあった」
リリエルは思いのほかあっさりとそういう。
「もっぱらドラゴンの相手をしたのは地球の航空機だ。彼らが空を飛ぶドラゴンたちを撃墜していった。あるときは情報軍の戦士と我々が密かにドラゴンの隠れ家に忍び寄り、飛行機を誘導して爆弾を落として始末した」
確かに地球の軍隊は航空優勢を担っていたのだろう。
だから、彼らは好き勝手に魔族連合軍の土地を爆撃できたわけだ。
「ひとつは対空器だ。私たちは重機関銃を4連装にしたものをトラックに乗せたり、それより大きい口径40ミリのものを森のあちこちに据えていた」
「それでドラゴンは撃墜できたのですか?」
「ああ。ドラゴンは不死身の存在じゃない。やつらの鱗より我々の持っていた武器の方が強力だったんだ」
ドラゴンたちの栄光の時代は終わった。
ルナリエン王国を、ルナリエン自治領をかつて苦しめたドラゴンたちがあっさりと撃墜されていくのを見て、リリエルはどう思ったのだろうか?
彼女の表情には喜びの色は見られなかった。
「ドラゴンを殺し、魔族を万と殺しても戦争は終わらなかった」
魔族は次々に新手を送り込み、ルナリエンを苦しめたとリリエル。
「投石器がいやがらせの砲撃を何度も加えてきたし、ゴブリンのような魔物を森の中に浸透させて私たちを奇襲することもした。魔象たちからは私たちを決して逃すまいというような、いやな執念を感じた」
当時のことを思い出したのか、リリエルの表情が僅かに歪む。
「エルフたちは血を流した。いくら射程が敵よりも長く、威力もある現代兵器でも森の中では威力が半減する。森の中の戦闘の多くは遭遇戦で弓でも銃でも同じくらい相手を殺せた。私たちは森の巡回を行っていたが、巡回の旅に皆が次は誰が死ぬんだろうかと怯え始めていた」
若い世代のエルフも戦争の現実を知ったのだとリリエル。
それでもルナリエン戦争はエルフたちにとって故郷を守り自由を得ると大義がある戦争だった。
だから士気は維持できていたともリリエルは語る。
「無人航空機の映像は森の中にいるゴブリンの位置を正確に教えてくれるものもあった。しかし、必ずしも私たちの上空に無人航空機がいるわけじゃない。私たちの保有している無人航空機は僅かっだったのだから。だから、頼りたくても頼れないときは多々あった」
ルナリエン自治領が保有していた無人航空機は中型のものが2機、小型のものが5、6機だったそうだ。
それらは戦闘で損傷して使用不能になっていたり、メンテナンスのために使えなくなっていたりして常時使用できたわけじゃないとリリエルは語る。
「地球の技術は高度だが、高度すぎるきらいがあった。私たちには複雑すぎて扱うのが難しく、命を預けるのが心配になるというものだ」
確かに今まで弓や剣で戦ってきたエルフたちにとって、無人航空機はいささか複雑すぎたのかもしれない。
地球ですら無人航空機の利点や欠点を理解するまで時間がかかったのだから、それは恥でもなんでもなく普通のことだ。
「だから私たちは原始的な手段を使った。足跡を辿り、犬に臭いを追わせ、浸透したゴブリンたちを見つけていったんだ」
森におおわれたルナリエンの土地でエルフたちはかつて王国が崩壊した直後にその土地を守った方法を思い出して使用したとリリエルは語る
泥に刻まれた足跡や残した臭いを辿り、森の中に入り込んだゴブリンたちを始末していったと。
それはベトナム戦争でアメリカ軍と北ベトナム軍が繰り広げたジャングル戦を私に連想させるものであった。
「戦線は森の中に入ったり、森の外に出たりと行ったり来たりした。だが、我々は未だ完全に魔族から平地を取り戻すこともできず、独立もなせずにいた」
そんな中で事件は起こったとリリエルは深刻そうな表情で告げた。
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