傭兵
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──傭兵
彼とは銃声と硝煙の中での挨拶となったとリリエルは振り返る。
「彼はルナリエン自治領に来ていた傭兵のひとりだった。名前は佐藤・J・エリック。君と同じ日本人だと言っていたね」
彼女は佐藤という傭兵について懐かしむように語った。
佐藤というアークライト・インターナショナルのコントラクターがルナリエン自治領を訪れたのは、すでにルナリエン自治領で同社による軍事訓練が開始されて1週間後のことだったらしい。
「彼は射撃練習場で銃声が響く中にやってきて、私ににこりと人懐っこい笑みを浮かべて挨拶した。『佐藤・J・エリックだ。よろしく頼む、エルフの戦士』と言って」
佐藤は他の多くのキメラ作戦の関係者──情報軍やディザータ、兵器ブローカーたちと違ってエルフという種族を尊重していたとリリエルはいう。
「彼は進んでエルフのことを知り、我々になじもうとしていた。他の傭兵も社交的だったが、彼はひときわ友好的だったね。彼は我々の食事の場にもやってきて、一緒に食事することもあった」
ルナリエン自治領のエルフたちは食事を特別な場としている。
のちの文献調査でそれはルナリエン王国が崩壊してからがずっとエルフたちの歴史が飢えの歴史であったことが影響していると理解した。
食事は生きていることの証だとリリエルは語る。仲間たちとともに食事をするのは飢えで死なずにともに生き残ったことを祝う場であったと。
「彼は外部と部分的に繋がり、それでもなお貧相な食事をしていた私たちにいろいろなものを差し入れ、我々とともに食事をした」
リリエルは当時のことを思い出す。
「だが、ルナリエン自治領のエルフたちの食文化というものは他所から見れば残念極まりないものだっただろう。魔族から買った麦の粥だけであったりの時代がずっと続ていたからね。それを見て佐藤はカレーライスという食事を作ってくれたことがある」
今でも香ばしいあの匂いを思い出すとリリエル。
「あれは美味しかった。私の部隊にいたエルフたちはがつがつとカレーライスをかきこんで平らげては、お替りがないかと次々に尋ねたものだ。私も佐藤が作ってくれたカレーライスはとても美味しく感じた」
ルナリエン自治領にはない刺激的な香辛料を使い、ルナリエン自治領で高価な肉と野菜をふんだんに使ったカレーライス。
それは聞く限り決して高級店のカレーというよりも、陸軍が軍人や被災者に振舞うようなものだった。
そう、市販のカレールーを使ったシンプルな味付けにちょっとした隠し味という具合のものだろう。
しかし、リリエルにとっては思い出のものらしく彼女はしばし当時のことを思い出すように黙った。
「佐藤も我々と同じ釜からカレーをよそい、我々と同じ食器を使って食事をしていた。実に友好的でエルフは誰もが彼を好いていた。彼を嫌いになる要素などどこにもなかったし、彼も我々を心から友だと思って接してくれた」
リリエルがそう佐藤を語る表情は穏やかで、今までの後悔の色はなかった。
「私たちは佐藤を始め、彼ら傭兵たちから戦う術を教わった。正確なアサルトライフルの射撃姿勢や小火器を使った部隊の戦い方。エルフたちは自分たちを教えている傭兵こそが一番教え方が上手いと自慢しあったものだ」
「あなたは佐藤の自慢を?」
「ああ。私にとっては佐藤が一番の教師だった」
リリエルは懐かしむようにそう語る。
訓練はときにスパルタだったとリリエルは続けた。
「佐藤はエルフたちに大声になれるようにと言っていた。普段から訓練教官に大声で怒鳴られていれば、敵が鬨の声を上げて突撃しても怯えることはないと説明していた。私にも部下には大声で命じるように指示していた」
しかし、彼らの指導の中に決して体罰の類や無駄なハラスメントはなかったとリリエルは弁護するように言う。
「彼らは軍隊がどうしてこういう訓練を施すのかと理由をちゃんと説明し、その上でエルフたちを叱っていた。理解し、反省して二度と繰り返さないようにと」
もちろんときには言葉で叱るだけではなく、腕立て伏せや走り込みが懲罰として命じられたとリリエルは少し思い出して笑っていた。
「実戦になって彼らが教えてくれたことに無駄なかったことを知ったよ。確かに戦場でのプレッシャーに耐えるには、普段の訓練である程度の厳しさを経験しておくことが役に立った。私も大声で命じる訓練を受けていて助かったと思ったときがあったから」
あまりに大きな声を出しすぎて声がしゃがれてしまい、それを聞いた佐藤に笑われてしまうこともあったと笑顔で語るリリエル。
そして、リリエルたちエルフが佐藤たち民間軍事会社のコントラクターたちによって戦士にとして鍛えられ、彼女たちは最初の銃による実戦を経験した。
「私たちが実戦そのものは初めてだったわけじゃない。かつて森を守るために戦ったこともあるのだから。しかし、銃による戦いは……これまでのそれとは全く違っていた」
リリエルは彼女の体験した戦いを語り始めた。
「私たちの最初の任務は魔族連合軍の補給物資を襲撃することだった。魔族連合軍は私たちが不審な動きをしていると知り、軍隊を送り込むためにルナリエン自治領が見渡せる砦に物資を蓄え始めている。そう情報軍から情報提供があったんだ」
「その砦はこの村からでも見えますか?」
「ああ。見えるはずだ。南の方角だよ」
私がそのあと外に出て南の方角を見ると確かにそこには古びた砦が存在していた。
廃墟のように見えるその砦はもう使われておらず、中に入ることもできた。
私はそこで戦闘の際に生じた爆発で生じただろう焦げ跡を見つけたのだった。
「砦には確かに物資が蓄えており、番兵もいた。敵の兵士の数は50名から60名。私たちは僅かに10名の1個分隊だった」
戦力差は明白。それでも勝てるとリリエルは踏んだと言う。
「私たちはまずは夜を待った。私たちには武器とともに供与された暗視装置というものがあり、夜間戦闘は我々の方が圧倒的に有利だからだ」
太陽が沈み、月が昇り始めるとリリエルたちは隠れていた茂みから銃口を魔族たちに向けた。
「最初に火を噴いたのは迫撃砲だ。私たちの分隊には小さな迫撃砲があり、それが立て続けに砲弾を砦に向けて叩き込み混乱を呼んだ」
私が見た焦げ跡は迫撃砲によるものだったのだろうか?
「それから私たちは一斉に銃弾を魔族に浴びせた。サプレッサーに抑制された銃声は訓練では小さく聞こえたのに、実戦では大きすぎる音のように感じた。私たちはまずは見つかることを恐れていたから」
数で不利なので奇襲が必要だったとリリエル。
「魔族は……」
「迫撃砲の砲撃で10名程度が逃げ散り、銃撃戦が始まってからさらに5、6名が逃げた。私たちの奇襲は成功して、敵の指揮官を討ち取ったよ。彼は最後まで私たちに一騎打ちを挑むと叫んでいたね……」
彼は自慢であっただろう立派な剣を掲げ、名乗りを上げて叫んでいた。
その声は夜の砦に虚しく響き、やがて5.56ミリ弾がそれを終わらせた。
魔族の指揮官は古い戦いのまま生きていたとリリエルは感情を込めずに語る。
だが、魔族もかつてルナリエン王国を滅ぼした際に多くのエルフの求めた一騎打ちを無視したことを知っていると彼女は言ったのだった。
「私たちは砦を制圧し、それから物資の中で使えるものは回収し、回収しきれなかったものには火をつけて撤退した」
初めての銃による戦いでの勝利。
戦争を知らない若い世代のエルフたちにとっては初めての勝利だ。
「拠点に戻ると仲間たちが私たちを出迎えてくれた。勝利の知らせと戦利品を私たちが持ち帰ると喜びの声が沸いた。我々は年十年ぶりに魔族に対して勝利したんだよ。私たちはまさに英雄だった。そう思っていたよ」
あのときは皆が無邪気に勝利を祝っていたとリリエルは語る。
「佐藤たちは心配そうに私たちの帰還を見ていた。誰かが欠けていないかと心配していたようだが、私たちは全員でひとりも欠けることなく揃って帰ってきた。それを見て初めて彼らは笑みを浮かべたよ」
佐藤たちは『やったな』と短くそう言い、私たちと拳をぶつけ合ったとリリエルは言い、彼女はそのフィスト・バンプの様子を自分の手で再現した。
「それからは勝利を祝して宴だ。佐藤たちが酒とツマミを持ち込み、私たちは勝利を祝った。私は始めて焼酎という酒を飲み、その酒精の強さに目を白黒させたものだ。佐藤はもっと強いウォッカという酒を飲んでいて、私はそっちにも挑戦したがやはりあれは強すぎたな」
そう言ってリリエルはくすくすと小さく笑う。
彼女は佐藤たち民間軍事会社のコントラクターとの記憶は後悔もなく、楽しい思い出として語っていた。
「地球のお酒の話はそれだけ?」
「そうだね。キメラ作戦が始まる前は酒は本当に貴重品だった。ホワイト・ピークからは酒は作れず、私たちが酒を得るには大量のホワイト・ピークを魔族に捧げて、対価に僅かなワインをエールを受け取るだけだったから」
それがキメラ作戦で変わったとリリエル。
「魔族が作った質の悪いワインやエールと違って地球の酒は美味かった。宴の席では他にも佐藤がもちこんだ日本酒とか焼酎とかいう酒も振舞われたっけ。私は芋焼酎というものが好きになったよ」
ツマミもこれまでの質素な生活とは違っていろいろと提供されたとリリエルは懐かしみながら語る。
サラミやスルメ、ナッツ類という定番のそれからアメリカ出身のコントラクターが取り寄せた肉を豪快に焼いたステーキや料理人志望だった傭兵が作った海産物のアヒージョなどなど。
その中で佐藤は餃子を持ち込んで振舞ったそうだ。
酒瓶が積み上げられ、宴は朝まで続いたとリリエルは語る。
「お酒は度が過ぎた飲酒をしなければ問題はなかった。だが、そう心がけることのできないエルフもいた。我々は勝利したが、まだまだ魔族連合軍は巨大であり、我々の独立というゴールははるか先にあったのだから……」
ルナリエン自治領のエルフが辿る辛い時代はまだ終わっていないのだと私はリリエルの語りを聞いて感じた。
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