兵器ブローカー
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──兵器ブローカー
ワン・シア。
当然ながらそれは偽名であった。
そこで私は名前ではなく、彼が扱っていた武器からアプローチした。
彼はルナリエン自治領や異世界の人類国家に対して主に中古品の西側の兵器を取り扱っており、それも大規模に取引できるだけの地位にある。
リリエルからの証言も役に立った。
彼女が私にイラストを描いてくれた武器のひとつである、徘徊型の無人航空機は中古で扱われているのは僅かな量だったからだ。
私はその人物を突き止め、インドで開かれている兵器の見本市で私はワン・シアに接触することに成功した。
「じゃあ、FBIやインターポールの類ではないと?」
私の頭には拳銃が突きつけられていた。
彼の護衛の若い女傭兵が自動拳銃の銃口を私に向け、ホテルのドアの前には別の護衛がやはり自動拳銃を手に私を監視していた。
「そうです。私はジャーナリストです」
震えそうな声で私はそう言った。指先は緊張で冷たくなっている。
「ふうん? ジャーナリスト、ねえ」
ワンはどこまでも疑わしげに私を見ながら私のスマートフォンを操作して連絡先などを確認していた。
その仕草はそのような行為に慣れきっているようであり、リリエルが言っていた『七尾と同じ空気』というのが確かに感じられた。
「そうか、そうか。で、どうして俺について嗅ぎまわっていた?」
私のスマートフォンを拳銃のグリップ部位で殴り壊し、ベッドの方に放り投げてからワンは尋ねる。
これで私は外部に助けを求めることが事実上不可能になった。
「キメラ作戦にあなたは関与していましたね」
私が尋ねるのに彼は無言で首を横に振った。
それに対して私は自分が調べた内容をぶちまけ、彼がリリエルが見たワン・シアであることは間違いないと断定してみせた。
ここで撃ち殺されるかもしれないが、それでも私は踏み込みたかったのだ。
「驚いた。そこまで調べたのか……」
ワンは目を何度が瞬かせてから、それから僅かに笑う。
「いいだろう。インタビューに付き合ってやる。ただし、分かっていると思うが匿名が条件だ。名前や今日の日付、外見的特徴などについて記すのはなし。ボイスレコーダーもなしだ。使っていいのは──」
彼はホテルの備品のメモ帳とボールペンを私に放り投げ、肩を竦めた。
「では、まずキメラ作戦に動員された経緯を教えてください」
「ああ。昔馴染みに頼まれたのさ。そこまで調べているなら情報軍が関与していたことも知っているよな。連中とは短くない付き合いで、こういう武器が必要な作戦には大抵呼ばれている」
「あなた自身が情報軍の軍人であることは?」
「……いいや、いいや。そんなことがあるはずがない。情報軍の軍人がほうぼうで武器を売りまわっていて許されるはずがない。職業倫理的にも世間的にも。だろう?」
どこか含みのある言い方で彼はそう言った。
やはりどこか信用できない男だと私は感じる。
「情報軍から接触してきたのですね。七尾一郎という人物から?」
「イエス。接触してきたのは七尾だ。『武器がいる。それも大量に、かつ大至急』って話だった。俺は稼がせてくれそうだったので、取引するための武器を準備した」
だが、とワンは続ける。
「俺は在庫ってやつが大嫌いだ。場所を取るし、税金もかかる。だから、俺は武器を買い付けたらすぐにそのまま買いたい人間の下に届るのをモットーとしている。その点においてこのビジネスはちょッとややこしかった」
「それは異世界の人間が武器を欲していたから」
「その通り。正解だ、ジャーナリスト先生」
彼はそう言って馬鹿にするような笑みを受かべた。
「俺は異世界に武器を運ばなければならなかった。それもかなり早急に」
ワンはそう語る。
「俺はそこで中古のC-130輸送機を買った。そりゃあ船の方が飛行機より大量の武器を効率的に運べるが、異世界に武器を運ぶにはどうしても一度日本を経由する必要がある。異世界への扉は房総半島の先にあるんだからな」
「空輸でも日本の税関には引っかかるのでは?」
「そうはならなかった。横田を使ったんだ。在日米軍に協力してもらってな」
深夜に密かに在日米軍基地である横田基地に降り、それからすぐに異世界に向かったとワンは語った。
「武器を必要としていたのは異世界だが、その取引は日米が仲介していた。だから、日米が俺に協力するのは当然のことだった。もっとも連中はほとんど金を出していなかったみたいだが」
「どうして彼は資金を出さなかったんですか?」
「理由はふたつ。ひとつは単純に金がなかった。ウクライナ戦争にはこぞって支援したが、あの戦争は結局今も泥沼だ。途中から支援国もくたびれ始めていた。政治家たちは懸念した。『ウクライナのようになったら武器を提供したことに納税者は納得するのだろうか?』ってね」
確かに私が最近見たニュースでもウクライナ戦争は今も東部を巡って小規模な衝突が続ているのが報じられていた。
ウクライナの支援国は多くの武器を供与したが、戦いを決定的に左右するまではいかず、支援したことに価値はあったのかという論争は各国の議会で起きていた。
「もうひとつは異世界人に地球の武器を与えてもいいのかって話だ。異世界の文明は遅れている。マスケットがちらほら出ているくらいで未だに弓や槍が現役だ。そこに現代兵器を放り込んだら、そいつはプールに放り込まれたナトリウムみたいになるんじゃないかって危惧がお偉いさんたちの中にはあったらしい」
大虐殺が起きて、革命が起きて、世界が滅茶苦茶なって地球から制御不応になることを政府上層部は恐れたのではないかとワンは推測していた。
「その懸念を議論した上での支援ではなかったと?」
「おいおい。ジャーナリストなら知っているだろ。新しいことを始めるのに政治家がどれだけ腰が重いか。あれやこれやと議論が数年続いて、議会が解散されて選挙があって……と。で、それからまた議論だ」
決まるものも決まりやしないとワンは嘲るように笑った。
「現場には武器が必要だった。それもすぐに。そうしないと人類国家崩壊して、残らず魔族の腹の中に収まっちまう」
迅速な支援を実現するために自分は働いたとワンは言う。
彼の行ったのは非合法な武器取引であることは間違いない。
それを批判するのは簡単だが、代替案を出すことも難しいだろう。
私も彼の言っている問題を我々の政府が解決できたとは思えない。
「それで、だ。俺は武器を飛行機で運び込んだ。最初は小火器が中心だったが、迫撃砲なんかもあったな。そいつを向こうの米軍基地にどっさりと降ろし、そこからは情報軍の連中がトラックでユーザーの下に届けた」
「ユーザーとは異世界の人類国家?」
「そう、情報軍の説明では連中に、だ。実際に誰が使ってたかは知らないし、知ったこっちゃない。俺が取引で書いた書類には最終使用者証明はコンゴ民主共和国になってたんだぜ?」
注釈するならば武器取引にも最終使用者証明は必要になる。
「ルナリエン自治領にはいつ行きましたか?」
「ルナリエン自治領、か……」
そこでワンは少し考えるようにというよりも、かつてを思い出すように目を細めた。
「あそこに向かったのは何度か異世界に武器を運んでからだった」
ワンは語り始める。
「話を持ち掛けてきたのは七尾ではなく、ディザータのモリって男だ。俺が異世界の基地の外にでき始めていた地球人のための歓楽街で飲んでいたとき、やつは妙に馴れ馴れしく接触してきた。『よう、兄弟!』って具合にな」
最初は酒に酔っている馬鹿な野郎かと思ったとワン。
「だが、やつは素面だった。そして俺にこう言った。『あんた、武器商人だろう? 儲かる話があるんだが興味はないか?』ってな」
「それで話を聞いたのですか?」
「ああ。儲け話は三度の飯より好きだからな」
ワンは警戒しながらもモリにアメリカ産のビールを奢り、モリはその儲け話とやらを話し始めたそうだ。
「やつは俺が売っている武器の代金を支払っているのは自分たちだと言った。自分たちが異世界の金貨をドル札に代えて俺に支払っているんだと言っていた。『じゃあ、お前も情報軍に使われているのか?』って尋ねると『そいつが問題だ』とやつは実に不満そうな顔で返した」
「情報軍に使われていることが問題だと?」
「いいか。取引に関与する人間が多ければ多いほど、それぞれの取り分は減る」
最初の取引はこういう仕組みだったとワンは私からメモ帳を受け取って図を描く。
「取引の起点はルナリエン自治領だ。ここからディザータにホワイト・ピークが渡る。それからディザータがそれを現金化して情報軍に渡す。情報軍はその代金で俺から武器を買って人類国家やルナリエン自治領に渡す」
キメラ作戦とは複雑に見えて実際には1枚の紙に記せるほどシンプルなものだった。
だが、メモの上で動いている額は相当なものだったに違いない。
「『情報軍は中抜きしている』とモリは言った。『中抜きした金を異世界以外の場所で使っている』と。『だから、俺たちに渡るはずの金が減ってるんだ』とも言った」
「事実なのですか?」
「そいつを知るのはあとのお楽しみだ。話を続けよう」
ワンはにやりと笑って続ける。
「情報軍の中抜きが少なければ俺たちが得られる金は増えるというのがモリの主張だった。だが、どうやって問題は情報軍を取引から省くかだった」
そのときは情報軍が武器やホワイト・ピークの運搬を異世界で引き受けていて、どうしても連中が関与することは避けられなかったとワンは言う。
私もそのように認識していた。情報軍なしにこの取引は成立しないと。
「そこで俺たちはルナリエン自治領に向かうことにした。最初の計略はシンプルなものだった。そう、帳簿を改竄することから始めたんだよ」
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