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エルフの森はなぜ焼かれた?

……………………


 ──エルフの森はなぜ焼かれた?



『エルフの森が焼かれた』


 その言葉を現実のものとして聞く日が訪れようとは思いもしなかった。

 それは勇者が王様からヒノキのこん棒をもらって旅を始めるぐらい、ファンタジー小説で使い古されたシチュエーションだったから。


 それゆえにテレビやネットでその情報を知った私の周りにいたその手の小説の愛好家たちは、SNSなどで『きっとオークが攻めてきたんだろう』とか不謹慎なジョークを飛ばしたりしていた。

 そして、私も少しそれに笑ってしまった。それが事実だ。


 だが、それも実際に焼かれた森を見るまでの話だった。


 公開された航空写真には灰色になった森が広がっていた。

 それは森全体が灰に沈んだようですらあり、さらに衝撃的だったのは明らかに村落と見られる家屋なども焼け落ちていたということである。

 航空写真をじっと見つめると焼死体がそこに写っているかのような錯覚に襲われた。


 ひたすらな暴力的破壊と大量の死。


 これまで『エルフの森が焼かれた』という言葉はファンタジー小説の定番ネタを冷やかすジョークのネタであったが、その日を境にそのジョークは使えなくなった。


 私はその日の衝撃が忘れられなかった。

 地球が異世界に通じてから私はポップカルチャーの知識を生かして様々な記事を書いて来たが、次に書くべきはこのことのように思えてならなかった。

 この『エルフの森が焼かれた』というネタと現実を絡めた記事は間違いなく自分が対象としている読者に刺さるという確信染みたものがあったからだ。

 そう、本音を隠さなければあわよくばこの美味しいネタを使って名を売りたい。

 自分にそういう承認欲求があったことを否定できない。

 私のような知名度の低いジャーナリストは有名人の仲間入りするのに常に憧れているのは隠しようがない。


 だが、それでも私は知りたかった。


『何故エルフの森は焼かれなければならなかったのか?』



 * * * *



 エルフについて大多数の人々が想像するものと私に想像するエルフ像はそうかけ離れていないはずだ。


 鋭く長い耳をした不老不死の美形であり、弓の達人であると同時に魔法使いであり、さらには穢れを嫌う高潔な存在。

 そんなところだろう。

 エルフというものの歴史を地球においていくら遡ってもそれはトールキンから北欧神話まで空想から産物。それは分かっていたはずである。

 しかし、私はその空想の産物を事実と思い込んで取材を始めていた。


 あのよう凄惨な光景を生み出した原因は穢れを知らず高潔である彼らの側には一切なく、これは俗っぽい我々地球の人間の方に100%の瑕疵があるに違いないと。

 そのちときの私は勝手にそう決めつけていた。


 私の想像するエルフの森は木漏れ日が差し込む中で原始的な楽器から清らかな音色を奏でるエルフたちが平和に憩い、不老不死のエルフの長老たちは思慮深く、子供たちに正しい教えを授けている。

 また森をこよなく愛する彼らは自然を破壊せず、鉄で作られたものを忌避しており、自然と完全に調和して生きている。

 そこには文明の汚れはなく、どこまでも清らかである。

 そして、そんな平和な場所に攻撃される理由など全くない。そういうものであった。


 私のそのようなイメージは現地に行くまで続いた。

 そう、AR-15アサルトライフルで武装したエルフを見るまで。



 * * * *



 問題の『焼かれたエルフの森』に向かうのは容易なことではなかった。

 異世界とつながった地球において、異世界は外務省が危険レベル4の退避勧告を出している危険な場所であったからだ。


 それでも私は諦めずに交渉し、何とか異世界行きの切符を掴み、現地についた。

 そして、『焼かれたエルフの森』を前にした。


 それは完全に焼け落ちた森であった。

 木々は焦げ落ち、焼け野原が広がっている。

 そして静かだ。しんと静まり帰っていて、生命の気配は全くしない。

 私は改めてエルフの森が焼かれたのが事実あったと理解する。


「新聞によればここには50トン近い爆弾が落とされたって話ですよ」


 私にそう説明するのは私が雇った現地の人間で名前をルドルフ・クラウゼといった。

 この地方で行商人をやっていると言っており、私がドル札と地球の酒を渡すと喜んでこのルナリエン自治領の森が見える場所まで案内してくれた。


 ルナリエン自治領。それが焼かれたエルフの森の名だ。


 ルナリエン自治領に広がる森は完全に焼き尽くされたわけではなかったが、酷い有様になっているのはここからでも分かった。

 この焼かれた森の奥には何があるのだろうか?

 私は気づけば焼け跡の奥に好奇の目を向けており、その事実に目を伏せる。


「ここから先には?」


 私はそんな焼けた森の入り口からさらに奥に進む道を指さして尋ねる、


「絶対にやめておいた方がいいですね。ルナリエン自治領に入って生きて帰れる人間はいません。エルフは昔から余所者を嫌いましたが、ここ最近ではそれが病的なまでになっています」


 クラウゼはそう言って首を横に振る。

 彼は『やつらは森の枝をひとつ折っただけで人間の足を折るんですよ』とかかそういうグロテスクなゴシップについてひそひそと語った。


「しかし、私はこの森について調べたいんだ」


「それなら交渉してみるしかありません」


 誰と? と私が尋ねる前に異臭がした。

 森が焼かれたことで生じた臭いとは違う臭い──これはガソリンエンジンの排ガスの臭いだ。


 そのエルフの森に似つかわしくない臭いとともに現れたのは兵士たちだ。

 日本製のピックアップトラックにロシア製の重機関銃を据えて、荷台にはAR-15アサルトライフルで武装した迷彩服姿の兵士──いや、エルフの集団だ。

 その兵士たちの耳は長くとがっていた。フィクションのエルフのように。


「余所者! 何をしている!」


 迷彩服を纏ったエルフたち私たちに銃口を向けてそう叫ぶ。


「落ち着いてくれ。まだあんたらの縄張りには入っていない」


 クラウゼは銃口を向けられても両手を上げて平然としていた。こんなことは初めてではないという具合に。

 私の方はといえば緊張で呼吸することを忘れて、乾いた喉に唾をのんでいた。


「ふん。だが、侵入を試みようとしていただろう。見ていたぞ」


「いつものことじゃないか。見逃してくれよ」


「出すものを出せばな」


 そう言われて舌打ちするとクラウゼは数枚の金貨をエルフの兵士に渡した。


「それで、何の目的でここをうろうろしていた?」


「この旦那の案内だよ。この旦那は地球の記者らしい。だろう、旦那?」


 エルフの刺すような視線とクラウゼの諦観の混じった視線が同時に私の方を向く。


「ああ。私はジャーナリストです。この森が焼かれたことについて取材をしています。取材に協力してもらえませんか?」


 私はそう言って可能な限り笑みを浮かべると、ドル札と賄賂のための酒とタバコを手渡そうとする。

 しかし、エルフの兵士はすぐにはそれを受け取らず、まじまじと観察したのちにドル札は無視して酒とタバコだけをひったくるように受け取った。


「何が知りたい?」


 それからエルフはそう私に尋ねた。


「あなたの名前をお聞きしても?」


「エセリオン。RLA大尉だ」


「RLA?」


「ルナリエン解放軍。そんなことも知らずにここまで来たのか?」


 そのエセリオンと名乗ったエルフは決して嘲るようなそれではなく、本当に私がジャーナリストなのか疑っている口調であった。

 恥ずかしながら私も事前にある程度このルナリエン自治領について調べてはいたのだが、地球には異世界の情報があまり回ってこない。

 特にこのルナリエン自治領はゴシップとミステリーで覆い隠された場所であった。


 だが、そんな私でもどうしてエルフたちが戦っているのかは知っている。

 この世界に存在()()()()彼らの存亡を脅かす敵である魔族連合軍に対抗するためだと。

 しかし、そう魔族連合軍はもう存在しない。

 戦争は終わったはずであり、このこととは無関係だ。そう私は思っていた。


「RLAは何と戦っているのですか?」


 私のこの問いは重要だった。彼らの装備はとてもではないが、密猟者を摘発するような軽武装ものではない。


「それを一言で説明するのは難しい。だが、お前も知っているだろう組織がある。麻薬取締局(DEA)だ。正義を標榜する新しい侵略者」


麻薬取締局(DEA)……?」


 麻薬取締局(DEA)はアメリカが有する強力な違法薬物取締機関だ。

 どうしてそのような組織の名前が出てくるのか私には理解できなかった。

 私が想像していた平和なエルフの森と無骨な麻薬取締局(DEA)という単語は全く噛み合わない


「質問は終わりか? 我々は巡回を続けなければならない」


 エセリオンはそう言ってすぐに立ち去りたがった。

 もしかすると賄賂をもらってこうして話しているだけでも、彼は大きなリスクを背負っているのかもしれない。


「待って。ここから先に案内してもらうことはできませんか?」


「ダメだ。それは断る」


 クソ。予想通りの返事だったが落胆してしまう。


「では、最後にひとつだけ教えてください」


「何だ?」


 私は尋ねる。


「何故、この森は焼かれたのですか?」


……………………

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― 新着の感想 ―
エルフスキーとしてはなんかタイトルで「えぇ……」って思いましたが骨太で世知辛そうな感じに引き込まれました。
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