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誰からも愛されない魔女は、一途すぎる使用人から愛されている。  作者: 桐山なつめ


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第6話 最愛の一人になりたい

 けれど、どこを見回してもアルの姿は見当たらない。

 屋敷の外に出てみると、ぞっとするほど冷たい夜風が身を刺す。


 屋敷を取り囲む深い森に、立ち込める霧。

 深夜とあって、数歩先も見えない。


(……行ってしまった?)


 本当に、出て行ってしまったのか。

 探索魔法を詠唱したが……やはり何も起こらない。


「……うう」


 これほど、自分の無力を嘆いたことはない。


「アル……」


 街に向かったにせよ、家に帰ったにせよ、

 どちらにしてもこの森を抜けるしかない。


 深夜を回った夜の森は、とても危険だ。

 魔物は滅多に出現しないとはいえ、凶暴な野生動物が徘徊している。


(どうしよう……)


 しかし、はたと思い至る。

 もし頭に血が昇ったアルがこの森に飛び込んだとしたら……。

 人間の彼が一人で迷い込めば、命の危険に晒される。


 身を奮い立たせ、私は屋敷の門をくぐり、森の奥へと進んでいった。


 森の空気は、まるで息を潜めた獣のように重く湿っていた。

 濃い霧が枝のあいだから垂れ、月光を呑み込み、白い壁のように立ちはだかる。

 踏み出すたび、濡れた土が靴底に吸い付き、落ち葉の下で小枝が折れる音が響いた。


 吐く息さえ音になる気がして、胸の奥が強く締めつけられた。


 一歩進むたびに、一番大切なものを失っていくような気がする。


(姉さまと笑っていた王子さま――私、羨ましいなんて思えなかった)


 がっと、木の根に足を取られた。

 悲鳴をあげながら無様に転び、膝を擦る。


「いった……」


 ドレスは引き裂かれ、靴はヒールが折れてしまった。

 立ち上がろうとすると、足に痛みが走って力が入らない。


(どうしよう……動けない)


 土の匂いが鼻を刺し、湿った葉が獣の舌のように感じて鳥肌が立った。

 暗闇に飲み込まれていく――そんな錯覚に、恐怖が頭を突き抜けていった。


 風が一瞬、頬を撫でた。

 冷たさが思考を戻し、呼吸がひとつ整う。


(アルはもっと大変なことになっているかも……)


 そう思うと、いても立ってもいられなかった。

 痛みを堪えながら立ち上がった――その直後。


 背後から、ガサッと茂みが動く音がした。

 ひぃっと悲鳴をあげ、飛び退く。

 ――しかし、そこには呆れた顔をしたアルが立っていた。


「……また痣が増えたでしょ」


 言葉を失ったまま、ぽかんとする私に、

 アルはため息をつきながら近寄ってくると、膝を折って顔を覗き込んできた。


「あのさ。ずっと後ろから名前を呼んでいたのに、なんで気づかないの」

「えっ!?」

「どんどん森の奥に入っていくから焦ったよ。どんだけ周りが見えてないわけ」


(全然気づかなかった……)


 恥ずかしすぎる……!


「で、出て行ったんじゃないの?」

「苛々したから、二階のバルコニーで頭を冷やしていただけ。

 そしたら、あなたがまっすぐ森に突っ込んでいくんだもん。慌てて追ってきたんだよ」


 完全に、空回りしていたようだ。

 あまりのドジっぷりに、情けなくて言葉も出てこない。


「……なんでこんなことしたの?

 このまま僕が出て行ったほうが都合良いんでしょ?」


 はっとして顔をあげる。

 だが、アルは私を見ようとせず、目を伏せていた。


「ちがう……」

「……」

「でも……」


 私は何を言おうとしているんだろう。

 何度も彼を傷つけたのに。

 湿った土を右手の指で掻く。


「……こんな最低な魔女のそばにいたら、だめ」

「……」


 アルは首を横に振り、大きなため息をこぼした。

 必死に堪えていたのに、涙が溢れそうになる。


「……最低な魔女だったら、

 見ず知らずの僕なんかに、魔力を譲渡するわけがない」


 ――え?


 耳を、疑った。


「……僕?」

「……そうだよ」


 アルがゆっくりと顔を上げた。


 赤い瞳と視線が交差した途端、遠い昔……荒れ果てた戦地の光景が蘇る。

 そこにぽつんと転がる、一人の少年。

 魔物から攻撃され、息も絶え絶えで。

 全身血まみれで、顔の判別もつかないほどの重症を負っていた。


 魔力を譲渡するだけで、魔女の体にも負荷がかかる。

 彼が回復する前に立ち去ってしまったから、

 その後、どうなったのか知る術はなかったが――。


「あの時の……子だったの?」

「うん。まあ、あなたの魔力で姿も変えてるから、気づかなくて当然だけど」

「じゃあ、もしかして……私の屋敷を訪ねてきたのは、森で迷ったからじゃなくて?」

「旅をしながら、国中を探し回っていた。

 1000歳になるまでに間に合わないんじゃないかって、

 生きた心地がしなかったよ」


「どうして、そこまで」


 そこで、アルはふっと自嘲気味に微笑んだ。


「……あなたの最愛の一人になりたかったから」


 心臓が跳ねる。


「わ、私は、そんなに愛されるような女じゃ……」

「またそれか」


 赤い瞳が、薄闇のなかで微かに光った。


「キリシャさま、もっと自分を愛してあげて」

「……アル」


 不意に、アルの右手があがる。

 いつの間にか、涙が溢れていたようだ。

 彼は、その雫を拭ってくれようと指を伸ばしかけ

 ――けれど、すぐに我に返ったように動きを止め、素早く手を引っ込めた。


 静寂が落ち、夜虫の鳴き声さえ遠ざかる。

 熱を帯びた視線に、喉が鳴った。

 全身が火照り、目眩がする。


 アルは使用人。

 ただの、使用人だ。


 もし彼に触れてしまえば、私は……。


 母さまは、決して許してくれないだろう。

 エスワール家からも、追放されるかもしれない。

 無名で無能な魔女だと、永遠に集会で晒し者になる……。


(でも……)


 それが、何だというのだ。


 冷たい風が髪を撫で、霧が流れていく。


 私は目を瞑った。

 まぶたの裏で、夜が脈打っていた。


「……」


 もう一度目を開いたとき、心は決まっていた。


 左手を伸ばし――アルの頬に、触れた。

 指先に伝わるのは、確かな温もり。


「……私のそばにいて」


 アルは、驚いたように身動ぎする。


「もうどこにも行かないで。私――あなたがいい」

「待って、キリシャさま。僕はただの使用人だよ?」

「……関係ない」


 赤い瞳が、私を射抜く。

 もう一度口を開こうとしたところで引き寄せられ、苦しいほど強く抱きしめられた。


「……嬉しい」


 肩口に感じる呼吸の熱。

 胸の奥まで響く心音。

 アルのぬくもりに包まれ、彼の細い背に手を回す。


 もう二度と離したくない――そんな衝動が、喉で震えた。


 だが――肩越しに。

 雑に置かれたアルのリュックが見えた。


(えっ……)


 闇夜の中、鞄からまばゆい光が漏れて美しく輝いている。

 霧を照らしながら、空気そのものが震えるようだった。


 目を凝らしてみると、それは聖光を放つ――


「聖剣………?」


 思わず声を出すと、アルの肩がぴくりと跳ねた。

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