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誰からも愛されない魔女は、一途すぎる使用人から愛されている。  作者: 桐山なつめ


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第4話 エスワール家の夜会

 息苦しい一週間が過ぎた。


「緊張してるね、キリシャさま」

「そ、そりゃそうよ……」


 私とアルは、深い森に囲まれたユイ姉さまの邸宅の前に並んで立っていた。

 正門はまだ閉ざされたまま、屋敷は静まり返っている。


 今宵は姉さまの結婚を祝して、親族一同がこの屋敷に顔を揃える。

 格式を重んじるエスワール家にとって、誇るべき一夜となる。


 手元の懐中時計が零字を指すと――

 パッ、と屋敷全体に灯りがともった。


 まるで長い眠りから目覚めたように、屋敷が動き出す。

 無人だった門が音もなく開き、使用人たちが姿を現す。


 霧の向こうに、次々と馬車が現れた。

 黒光りする車体に金の装飾、揃いの制服を着た従者たち。

 扉が開くたびに、顔見知りの親族たちが優雅に降りてくる。


 ――列車を乗り継ぎ、ここまで徒歩で来たのは、私とアルだけか。


 何度も訪れたことがあるものの、私の屋敷とは別格の荘厳さに、

 身内といえども息継ぎを忘れそうな緊張感に、生きた心地がしない。


「失礼のないようにね、アル」

「はいはい」


 アルは心底面倒くさそうにしながら、重たそうなリュックを背負い直した。

 両手には、姉さまへの土産の品が詰め込まれた鞄も握っている。


「ねえ、一つくらい持つってば。貸しなさいよ」

「いい。触んないで」


 彼は私の顔も見ないまま、ずんずんと歩みを進める。


(私物にだけは、絶対触らせてくれないのよね)


 今に始まったことではないが、

 彼自身の過去に立ち入ることを許してくれない態度には、少しだけ寂しくなる。

 

(一体何を隠してるのよ!)


 でも、聞けるわけもない。


 ユイ姉さまの使用人に導かれながら玄関扉をくぐると、

 他の親族たちとは分かれ、姉さまの私室へ通された。


 姉さまは魔法で仕立てた美しいドレスを身に纏っていた。

 ただ、まだ身支度が終わっていないらしく、彼女はドレッサーの前に座ったまま、

 何人もの使用人たちによって慌ただしく飾り立てられていた。


(姉さま、とてもきれい……)


「キリシャさまも、負けてないよ」


 姉さまに見とれていた私に、隣にいたアルが小さく呟いた。

 一瞬、空耳かと思った。顔をあげると、横目で私を見るアルが、わずかに口元をあげた。

 かっと頬が赤くなる。


(もう、ずるい!)


 しかし、姉さまのすぐ隣に立つ母さまが視界に入ると、再び緊張が走った。

 わずかな糸のほつれも見逃さんといわばかりに、

 一瞬たりとも目を離さない母さまの様子に、身が竦む思いがした。


「この度は、おめでとうございます」


 おずおずと近づき、二人の前で腰を折って挨拶をしても、

 姉さまは鏡を見つめたまま振り返らない。


 息苦しい空気の中、アルが澄ました顔で使用人に二人で調合した薬を手渡した。

 しかし母さまは顎で合図を送ると、使用人は雑に部屋の隅へ袋ごと放り投げた。

 きっと、開封されることはないのだろう。


 アルは、表情を変えずその様子をじっと見つめていた。


(せっかく手伝ってもらったのに……)


 申し訳なくて、胸が痛くなる。


「ねえ、キリシャ。この間の魔女集会は散々だったわね」

「……!」


 突然、姉さまから声をかけられ、体が跳ねる。


(いきなりか……)


「私のせいで、姉さま方に恥をかかせてしまいました……」

「あなたが”不運にも”魔力を失ったことを責めるつもりじゃないけれど……

 褒められたことではないわよね」

「……はい」


 家族の小言は、いつものことだ。

 魔力を譲渡した私が悪いのだから。

 そう思っていたのに。


「もう過ぎたことです」


 アルがぴしゃりと言い切る。


 場の空気が凍りつく。

 母さまの顔があからさまに曇ったのを見て、私は慌てて腰を折る。


「そ、そんなことより、姉さま。お相手の人間は、とても立派な方だと伺いました」

「ギルベルト=フォワ・マーリスですよ」


 今まで黙っていた母さまが、短く言った。

 その名を聞いて、固まった。


 ――隣国の、第二王子だ。


 姉さまは、鏡に向かったまま自慢げに手をひらひらとかざす。

 薬指には、きらめく指輪。

 よくみれば、王家に伝わる家紋も刻まれている。

 テーブルの写真立てには、肩を寄せ合って微笑む二人の写真。


「……さすがです、姉さま」

「次はあなたの番ですよ、キリシャ」


 母さまは感情のこもっていないような声で、淡々と告げる。


「……はい」


 そして――冷徹なまなざしが、アルに向けられた。


「……相変わらず、妙な気配のする人間だこと。

 半年前から髪も爪も伸びていないようですが」


 思わず息を呑んだ。

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