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誰からも愛されない魔女は、一途すぎる使用人から愛されている。  作者: 桐山なつめ


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第3話 アルの愛情と怒り

「夢を見るのは勝手だけどさ。裏じゃ何してるか分かんないよ。

 大英雄だかなんだか知らないけど、救えなかった人だっているはずだ」


「む……どうしていつも、レシオンさまに対して当たりが強いの」


「神格化しすぎって話をしてんだよ。会ったこともないんだろ」

「少なくとも悪い人じゃないに違いないわ」

「妄想がすぎる。肩書きがあれば、誰でもいいのかよ」

「それは」

「あのさあ……」


 アルが振り返ったと同時に、ぱちりと目が合ってしまった。

 私たちは一瞬だけ、言葉を失ったように動きが止まる。


 まるで、お互いの中に何かを見つけてしまったかのように――視線が絡んだ。

 その偶然が、妙に意味を持つ気がして……私は息を飲む。


 胸がドキリと高鳴り、喉が鳴った。

 視線を外すことが、できない。

 燃え盛るような紅い瞳に、まっすぐ射抜かれる。

 時間が止まった気がした。


「……!」


 胸がぎゅっと痛む。

 気づかないふりをしていたものを、真正面から突きつけられたようで、

 私は無理やり目を逸らした。


 アルもわずかに眉を動かし、気まずそうに顔を伏せる。


(薄々感じてはいたけど……)


 心臓の音ばかりがうるさい。落ち着かせようと深呼吸をしても、

 余計に息苦しくなり、大きな息をついてしまった。


 アルが反応して肩を揺らすのを見て、所在なく両手の指先を絡めた。

 自信過剰? 自惚れ? いや――


(……ここは冷静にならなきゃ)


 一つ屋根の下で男女が二人暮らしをしていれば、

 多かれ少なかれ、情が湧くというものだ。

 障害となる芽は――早々に摘み取らなければならない。


「いい機会だから、ちゃんと話すわね」


 アルの手が止まり、再びこちらへ顔を向ける。

 私は、薬瓶をコトンとテーブルに置いて、呼吸を整える。


「……私、近いうちにこの屋敷を出ようと思うの」

「――は?」


 鋭い声だった。


「どこに行くの」

「……地位の高そうな人間が多いところ」

「僕も行く」

「いいえ。あなたは、元いた街に戻りなさい」


 そこで彼も瓶を置くと、眉根を寄せて不機嫌そうに腕を組んだ。


「なんで」


「長い旅になるし、使用人を養えるお金もないの。

 あなたはまだ若いし、人間たちと暮らしたほうがいいわ」


 アルは忌々しげに舌打ちをする。


「……きれいな言葉で誤魔化すなよ。

 僕が"あなたを愛する貴重な一人"になったら迷惑だって言いたいんだろ」


 ぎくりとして、体が強張る。

 なんとか言い訳をしようとしたが、言葉が出てこない。

 アルはそんな私を冷たく睨みつけると、乱暴に椅子を引いて立ち上がった。


「あの……」


 思わず呼びかけると、アルは一瞬考え事をするように、動きを止めた。

 そして――不意にこちらへ手を伸ばした。


『――好意を持った者に触れられれば、カウントされてしまう』


 反射的に、のけぞるように身を引いた。

 アルの瞳から、光が失われていく。


 やってしまった――そう思ったときには遅かった。


「本気にするなよ」


 吐き捨てるように言った彼の声は、けれど、どこか掠れていた。

 椅子にかけてあった背広を乱暴に手に取ると、そのまま踵を返す。


「……足りない薬草を買ってくる」

「あ。待ってアル……まだ話が――」

「終わってる」


 アルはきっぱり言い放つと、靴音を響かせて部屋を出ていった。


 ◆ ◆ ◆


 それからというもの、私たちの生活は気まずいものになった。


 アルの態度は、大きく変わらない。

 毎日、二人分の食事を用意し、掃除をし、洗濯をしてくれる。


 けれど私が声をかけると、一拍間があり、こちらを窺うような素振りを見せる。

 用件がただの雑用だと分かれば、今までと変わらず答えてくれるが、

 あの会話の続きをしようものなら、口をつぐんでそっぽを向いてしまう。


 ――『僕が"あなたを愛する貴重な一人"になったら迷惑だって言いたいんだろ』


 アルが怒るのも無理はない。

 自分が『愛することすら許されない人間』だと言われたようなものなのだから。



 一人きりの自室。

 椅子に座ったまま、私は額に手を当てた。

 本棚にぎっしり詰まった『大英雄・レシオン』の書物を目にして息をつく。


 この期に及んでなお、どうにか彼にたどり着き、

 愛してもらえないかと夢見る自分が滑稽だ。


(バカみたい、ほんと)


 自分に嫌気がさして、窓の外を覗き込む。

 視線を落とすと、庭の手入れをするアルの姿が見えた。

 あんなに酷いことを言ったにも関わらず、

 黙々と仕事をしてくれる彼の後ろ姿に、胸が締め付けられる。


(このまま二人で暮らしていけたら……)


 アルと生活をしている間に、いつしかそんなことを考えるようになった。


 それでも――

 感情に流されるわけにはいかない。


(あなたを選べない……)


 名門エスワール家に生まれた以上、

 何の才も持たない人間と結婚をするなんて、許されるわけがない。


(魔力が弱くなった今、魔女は人間社会の地位に頼るしかない)


 だから結婚相手は――家の役に立てる相手が最低条件。

 私のような魔力を失った足手まといは、なおさら。


「あなたが、”すごい人”だったら……」


 独り言は、狭い室内に虚しく響いた。

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