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誰からも愛されない魔女は、一途すぎる使用人から愛されている。  作者: 桐山なつめ


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第2話 皮肉屋の使用人

「――ってことがあったの。どう思う!?」

「……魔力がないんだから、仕方ないじゃん」


 使用人のアルシオンは、魔法の小瓶を片手に素っ気なく答えた。


「き、緊張していただけよ。見てなさい」


 私は手元に置いた薬草に向かって、魔法を詠唱する。

 ――が。

 何も起こらない。


 アルは冷めた目で薬草と私を交互に見やると、やれやれと首を横に振った。


「諦めなよ。キリシャさまが魔法を成功させたことなんて、一度もないんだから」

「昔は使えたのよ、失礼ね!」


 彼は漆黒の髪を手で撫でつけながら、肩をすくめる。

 色白の肌とは対照的に、燃え盛るような赤い瞳が印象的な青年だ。


 私は、森の奥に建つ洋館で、彼と二人暮らしをしている。

 半年前、森に迷い込んだという彼を保護したはいいものの、

 気がつけばすっかり居着かれてしまった。


「雇い主の私に、感謝とかないわけ?」

「だからお礼として、あなたの世話は完璧にしている」


 何も言い返せない。


「その草、純正のメリオール産のなんだから、大事にしてよ」

「……なんで純正ってすぐ分かるの?」

「昔、現地で摘んだことがあるから」

「旅慣れしてるのね……」

「ま。人生経験はそれなりに」


 彼は、自分の年齢を十七歳だというけれど、

 時折ふと、年齢不相応な雰囲気を纏うことがある。


(本当はもっと年上なんじゃないかしら)


 だが本人に尋ねたところで、

 過去については「忘れた」の一点張りで、決して明かしてくれないのだ。


「っていうか、それ、なんの痣?」


 アルは私の腕に目を止めると、眉を顰める。

 長袖で隠していたつもりだが、いつの間に袖がまくり上がっていたようだ。


「ああ、昨日の集会で、魔女の召使が折檻されていたから……」

「……は? まさか自分が代わりに打たれたの?」

「だって、人間よりは治りが早いし――」


 私が言い終わらないうちに、


「なんであなたは、自分の体を粗末にするんだ!」

「なっ……主人に対して、なんて口の利き方するの!」

「そうやって人助けばっかしてるから、魔力がなくなるんじゃないか」


 痛いところを突かれ、口ごもる。

 その通り……。

 魔力がなくなったのは、自分のせいだ。


 500年前、エスワール家一の才女と呼ばれた私は、

 魔物との戦争で死にかけていた一人の人間を救うため、すべての魔力を譲渡した。


 一度渡した魔力は、二度と戻らない。

 覚悟の上だったが、やはり魔女として生きるには致命的だった。


(ましてや、愛される回数まで極端に減るなんて……)


「……ごめん、怒って」


 アルの低い声にはっと意識が戻る。

 いつもの皮肉っぽさが抜けていて、しおらしく肩を落としていた。


「でも、あんまり心配かけさせないでよ」

「……わかった」


(こういうところが憎めないのよね)


 彼は気を取り直したように、肩で息をつくと、


「今からでも探し出して、礼の一つでもしてもらおうとは思わないの?

 魔力を譲渡されたなら、魔女並みの寿命を得てるはずだし」


「顔も覚えてないし、見返りを期待したわけじゃないからいいわよ」

「じゃあ、魔女たちに魔力を失った事情ぐらい説明したら?」

「私の魔力目当てで、その人が他の魔女から狙われたら可哀想じゃない?」

「……やっぱり、お人好しだよ」


 アルの視線が刺さる。

 ……気まずい。


「もういいじゃない。それより、早く終わらせてしまいましょ」


 私は手袋を嵌め直すと、薬草をつまんで瓶の中へ入れた。

 今、調合しているのは、結婚が決まった三番目のお姉さまへの贈り物だ。

 夫婦円満に効くという薬で、私なりのお祝いの品。

 魔法さえ使えれば、もっと効き目のあるものを調合できるのだろうが、仕方ない。


 来週の今ごろは、エスワール家総出で、盛大にお祝いをしていることだろう。

 

(……ああ。気が重たい)


 1000歳になったからには、「次はお前の番だ」と言われるに決まってる。

 あの集会での予言は、とっくに広まってるだろうし、

 嫌味の一つや二つじゃ済まないだろう。


 ついため息を漏らすと、アルは表情を変えないまま、


「どうせ一人にしか愛されないんだから

 ……選り好みしないで、さっさと決めちゃえば」


「簡単に言わないでよ。相手は"すごい人"じゃないとダメなんだから」


「……まだ諦めてなかったの」


「だって……もしも普通の人間なんか選んだら、今度こそ勘当されちゃうわ」


 私は呟きながら、部屋の壁に飾られた一枚の肖像画を見上げた。


 鮮やかな赤髪と紅い瞳。鍛え上げられた体躯に、威厳を湛えた顔立ち。

 聖剣を携えてまっすぐに立つ、その男の名は――レシオン。


 500年前――地に蔓延る魔物を討伐し、この世界を平和に導いた大英雄だ。

 人間でありながら魔法に長け、たった一人で魔王を討った。


 国中の貴族が縁談を持ち込み、国王の座すら差し出されたらしい。

 でも彼はすべてを断って、その後ぱったりと消息を絶った。

 今は莫大な報奨金と共に悠々自適に暮らしているのではないかと噂されている。


(魔女が魔物の同族と仇され、人間から迫害されていた時代でも、

「魔女と共に」と旗を立てて、多くの同志を救ってくれた)


 人間が魔女に恋をするとき、魔女の魔力目当ての者も少なくはないが、

 きっと彼なら――魔力がない私ごと、認めてくれるに違いない。


「レシオンさまが、その"一人"だったらいいのに」


 もしも、そんな奇跡が起これば、母さまも私を見直してくれるかもしれない。


 しかしアルは鼻で笑うと、肖像画に冷ややかな視線を投げた。

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