第1話 愛されない魔女
魔女は、愛される回数が決まっている。
平凡な魔女でも、数十人の人間に愛を注がれる。
強い魔力を持つ魔女なら、一国の王を虜にして、妃になることすらある。
――そうして自分を愛する人間から、お気に入りを一人だけ選び、永遠の愛を誓うのだ。
今夜は、百年に一度の《魔女集会》。
満月の下、黒いドレスに身を包んだ魔女たちが、暗い森で語らい合う。
「うちの伯爵、あたしのために戦争を起こしたのよ」
「あら素敵。あたしは領地を一つもらったわ」
誰に、どれだけ、どう愛されたか。
魔女たちにとって人間は駒であり、トロフィーなのだ。
「そろそろかしらね」
誰かの声で、場に静寂が落ちた。視線が一斉に中心へ。
その中には、私もいた。
準備を済ませた大魔女さまが、ゆっくり椅子に腰をかける。
「始めましょう」
緊張で息が浅くなる。
ついに、《魔力測定の儀》が始まるのだ。
(大丈夫。私はもう1000歳だ)
ようやく結婚が許される年齢になった。
今夜、予言を授かれば、いよいよ私も”相手探し”を始められる。
「キリシャ・エスワール」
「――は、はい!」
名を呼ばれ、私は一歩、前へ出る。
一体、何人の人間が私を愛してくれるのか。
胸に期待と不安を膨らませながら、椅子に腰を下ろした。
テーブルに置かれた魔力測りのネックレスに手を伸ばす。
(愛してくれる人間の中でも、一番すごい人を選ぶ。
誰よりも、最高の相手を見つけてやるんだから)
ネックレスは私の魔力に応じて、うっすらと淡い光を帯びた。
(いつもより調子がいいかも!)
「いかがです!?」
3000歳を超え、生きる伝説と呼ばれた大魔女さまは、
深いフードの下から片目だけ開き、静かに私を見つめた。
「お前を愛する者は――」
ごくり、と喉が鳴る。
「一人」
「へ?」
「……一人だけだ」
(ひとり……ひとり……え?)
思考が追いつかず、反射的に椅子から立ち上がっていた。
「……好意を持って触れられたら、カウントされちゃうんですよね?」
「ああ、そうだ」
大魔女さまは「おいたわしや」と、目を伏せて小さく呟いた。
血の気が引いていき、寒くもないのに指先が震えてくる。
(そんな……)
「……聞いた? 一人ですって」
呆然と立ち尽くす私の耳に、嘲笑混じりの囁きが鋭く刺さった。
振り返ると、同期の魔女たちが口元に手を当てて笑っている。
「初めて聞いたわ、そんな数」
「あの子、本当に魔力を失ってしまったのね」
「でも、一人には愛されるそうよ。物好きな人間もいるものだわ」
再び、どっと笑い声が広がる。あまりに恥ずかしくて、私は唇を噛んだ。
この集会には私の家族も参加している。
恐る恐る見回すと、私を睨みつける母さまと、三人の姉さまがいた。
「……エスワール家の面汚し」
声こそ届かないものの、母さまの口の動きは、はっきりとそう告げていた。
私は顔をそむけ、後ろで順番待ちをする魔女に席を譲り、
逃げるように草の茂みに飛び込んだ。
「エリサ・グランチェ。430人!」
拍手の音と歓声。
惨めすぎて、消えたくなった。




