9 秘密のお茶会③
いいタイミングで紅茶とお菓子のお代わりが運ばれてきた。
「さあ。メーベル様も遠慮なさらず召し上がってくださいね」
「はい。このクッキー美味しいですね。甘さ加減が絶妙で全部食べてしまいそうです」
「まあ! お口に合ったようで嬉しいですわ!」
本当はこんな風に何気ない会話を楽しみたいところだけれど。
ジゼル様は重苦しくならないように気を遣ってくれているのだと思う。
つまり、話しているジゼル様にとっても気が重いことなのだ。
「先ほどの続きですが、二組では平民の生徒は皆、レリル様の味方につきましたわ。孤児院慰問のイベントでレリル様とペアを組んでいた方は、少々思うところがあるように見えましたけれど、さすがに一人だけ異を唱えることはできないみたいで……。ですから、数で言えば、私と私を信じて支持してくれる友人はかなり少数派でした。振り返れば、そのように私たちが孤立するまで、幾つかのきっかけがあったのです」
…………‼︎
つまり、そのきっかけとなる出来事を参考に、私には対応を誤らないようにとアドバイスしてくださるのですね!
「思い出されるのはお辛くないですか?」
「ふふふ。ありがとうございます。ですが過ぎたことですし、何よりもう二組にはレリル様はいらっしゃいませんから」
うっ。
衝撃が半端ない。そうだ。他人の心配をしている余裕なんてなかった。
「レリル様が一組に編入されると聞いてから、スーッと胸の奥の方に溜まっていた何かが溶けていくのを感じました。そして、落ち着いて振り返ることができたのです」
「……」
「一つ一つを数え上げればきりがないのですが、決定的な出来事を一つお話しさせていただきます」
私の顔色が少し曇っていたのかもしれない。
ジゼルは、「大丈夫ですか?」と声をかけてくれた。
「はい。どうぞ。続けてください」
「分かりました。ええと、そうですね。あれは――孤児院慰問のイベントに向けて、それぞれの役割が決まってすぐのことです。担当ごとに集まって打ち合わせをしていたのですが、ある時レリル様が何気なくおっしゃったのです。『一度みんなで集まって合同の打ち合わせをしない?』と」
うわぁ。何だか嫌な予感がする。
「『まだ入学して間もないことだし、親睦を深めるためにもどうかしら?』と。反対される方はいませんでした。すぐに実施が決まりましたが、そこで信じられない提案をなさったのです。私の、ここメラノ子爵邸に全員を招いてくれないかと」
「え?」
そんなの、厚かましいにも程がある。
自分が提案したことで二組の生徒が親睦を深めることができると、成果だけは自分のものにして、そのために必要な面倒ごとの一切合切をジゼル様に押し付けるだなんて!
「ジゼル様。さすがにそれは――」
「ええ。もちろんお断りしましたわ。準備等ができない訳ではありませんが、貴族の茶会というものを知らない平民の方々は、我が家に招待されても右往左往するばかりで、とても親睦を深めるどころではないと考えたのです」
もっともだと思う。
マナーがわからずオロオロしている方たちの顔が浮かぶ。
貴族の屋敷に出入りしたことがある人などほとんどいないだろう。
「即答したのが間違いでした。せめて検討する時間を設けて、やんわりと回避するべきでした。レリル様は何を勘違いなさったのか、『身分の低い者をお屋敷に入れるのが嫌なんですね』とおっしゃって、涙を流されたのです」
「……!」
「思えばそれからですね。レリル様が学園を休みがちになられたのは。私は学園に通っている間は、身分など気にせず過ごすつもりでしたのに、レリル様の発言のせいで、身分制度が絶対だと思っている鼻持ちならない人間なのだと、逆に色眼鏡で見られるようになったのです」
「なんと申し上げてよいのやら……」
「今でも、レリル様と二人きりの時に、父親の許可がもらえなかったと言えばよかったのではないかなどと、ああでもないこうでもないと夢想してしまいます。ですが結局は、受け取ったレリル様の言動次第で同じ結果になってしまったようにも思えて、ずっと堂々巡りをしておりました」
どうするのが正解だったのか……。
私だったらどうしていただろう?
もし同じことが起きたら?
「私は今でも、どうしてレリル様があのような態度を取られたのか分かりかねております。まったく悪気がないのか、それとも根底には悪意があるのか……。少なくとも男子には無垢な天使にしか見えないようです。女子の中にも信奉者は多いです。私のように、彼女に少しでも棘のある言葉をかけようものなら糾弾され、自らの評判を傷つけられてしまい、片やレリル様は、「お気の毒」「お優しい」「聖女のよう」だと、誉めそやされるのです。私はほとほと疲れ果てました」
ジゼル様は「はぁ」とため息をついて紅茶を口に運ばれた。
「メーベル様はきっと正しいことをおっしゃって、そうすべきことをなさると思うのですが、相手がレリル様だった場合、思いもよらない反撃が返ってくると思うのです。こちら側がどんなに心を尽くしても、レリル様に一言、「ひどい」と言われれば、こちらが悪者です。学園を卒業してしまえば男爵令嬢と子爵令嬢ですが、学園内ではなまじ平等であるだけ、分が悪いです。序列の差が悪い意味で作用しているのです。子爵令嬢である私が顔を上げただけで、男爵令嬢には、『威圧された』と受け止められるのですから。はぁ……。正攻法で負けてしまった私がアドバイスできる立場ではございませんが、レリル様から何かしら要望なり依頼なりがあったら、まずはいったん受け止められることをお勧めいたしますわ。それからゆっくりと返答を考えるのがよろしいかと」
「ジゼル様……」
「……! 申し訳ございません。私、メーベル様を励ますつもりでしたのよ? それなのに長々と愚痴をお聞かせして、しまいには脅かすようなことを」
「いいえ! 今日お話が聞けてよかったです。心構えができました。私もきっと、何か尋ねられたり依頼されたりしたら、その場ですぐに返事をしていたと思います。でもレリル様相手の場合は気をつけますわ」
私がそう言うと、ジゼル様はにっこり微笑んで正直な胸の内を明かしてくれた。
「正直――メーベル様を前にしてこんなことを言うのは気が引けるのですが、私と友人はレリル様がクラスを変わられて、心底ほっとしているのです。もう私たちが悪者にされることはないのだと思って。メーベル様。どうかお気を付けください」
◇◇◇ ◇◇◇
ジゼル様から色々とお話を伺って、すっかり気が滅入ってしまった。
夕食もぼんやりした状態で食べたけれど、寝る前には気持ちを切り替えないと翌日まで引きずってしまう。
「まあ、備えることができたと思えば、よかったじゃない」
そう考え直して、自分を鼓舞した。
「大丈夫。ちゃんと上手くやれる。大丈夫。大丈夫……」
下にある☆☆☆☆☆評価と『ブックマーク追加』をよろしくお願いします。




