4 彼女の愛嬌
孤児院慰問訪問の当日。
出発する直前に、一組と二組の各班の代表が集まって最終確認をしたけれど、二組のリーダーは『先生から指示された緊急対応』のため欠席した。
レリル様のペアの子は、終始うつむいたまま一言も発言しなかった。
二組のリーダーが不在なので、一組のリーダーである私が全体の指揮を取る感じになった。
「はいっ! それでは気持ちを切り替えていきましょう! 慰問に行くのだから、暗い表情を見せては駄目よね。先輩からも、『イベントにトラブルは付きもの。落ち込んでいないで次のことに集中すること』と、アドバイスをいただきました」
昨日のアーチボルト様の言葉を借りてみんなを励ましたけれど、私自身にも言い聞かせたかった言葉だ。
「確かにそうですね」
「うん。どんよりしてちゃ駄目だわ」
「せっかく準備したのだから、子どもたちに喜んでほしいしね」
よしよし。みんなのやる気も出たことだし、私も気を取り直して頑張ろう。
みんなでガヤガヤと喋りながら、正門に停めてある馬車に向かった。
◇◇◇ ◇◇◇
「厨房に入って一緒に料理をするなんて! 信じられないわ」
「男爵家といえども貴族のはずですのに」
途中すれ違った上級生のお姉様方が眉を顰めながら話していたのを聞いて、思わずレリル様の顔が脳裏に浮かんだ。
男爵と聞いただけで彼女のことだと思ってしまう……うぅぅ。よくないなぁ。
お姉様方は私たちが向かっている正門の方から歩いて来ていた。
……まさか、ね。
なんだか胸騒ぎがして、自然と歩調が早まった。
正門前に人だかりができていた。
誰かを中心に輪ができている……?
「メーベル」
私を見つけてそっと側に近寄ってきたのはシャーリーだ。
「シャーリー。これ、何の騒ぎ?」
「それがね――」
シャーリーの言葉を遮るように、遠くの方から、「メーベル様ぁ〜」という甘ったるい声が聞こえた。
私だけでなくシャーリーもギョッとしている。
その声の主は、人混みをかき分けて、ハアハアと息を切らして駆け寄って来た。
ピンクブロンドの髪を揺らして、エメラルドグリーンの瞳を輝かせている姿に、男子たちは頬を赤く染めている。
レリル様だ。
体調が悪くてずっと休んでいたようには見えない。
「メーベル様。私が学園を休んでいたため、ご迷惑をおかけしちゃったみたいで申し訳ありません。これ、お詫びの品です。昨日、我が儘を言って我が家の厨房で料理人の指導を仰ぎながら作ったんです。甘い物、大丈夫ですよね?」
レリル様の左手にある籠には、色とりどりの布で包んでいるお菓子らしきものが山のように入っている。
見れば、周囲の人たちは男女問わず、全員が同じ物を受け取っていた。
え? 体調は? これだけの量のお菓子を作るとなると、何時間もかかるでしょう?
自分で作ったというのが嘘だったとしても、「そうだ! みんなにお菓子を配ろう!」なんて、よく思い付いたね。
今日は、ちゃんと全員にいきわたる数を計算してきたんだ……。
「メーベル様?」
「……」
「あの、本当にごめんなさい。私、メーベル様に貰っていただきたくて頑張ったんです」
そう言って笑顔でお菓子を差し出された時、私の中で何かがプチッと切れた。
「私じゃないでしょう?」
「え?」
「あなたが謝る相手は私じゃないでしょう? 迷惑をかけた方に謝るべきなのでは?」
エメラルドグリーンの瞳に影が差したみたいだけど、私はもう止まれない。
「先生の指示で、体調がすぐれないあなたの代わりに生産者の方に謝罪に行きましたけど、先方はずっと心配されていたみたいですよ? あなたからの注文が間違いではないのかと。学園だけでなくコーエン家のお屋敷にまで伝言を頼みに行かれたそうですが、伝言をお聞きにならなかったのですか?」
「え?」
うるうるしていたはずの瞳が、一瞬だけ、スッと鋭さを帯びた気がした。
それでもう次の瞬間には、見るからに元気をなくして泣きそうな顔になっている。
「その件でしたら、今朝、執事から聞きました。私の体調を心配して伝えなかったらしいのです。こんなことになるのなら、私の体調など考慮せず仕事をするよう言っておくのでした」
は?
内容を知っている執事がそんな判断をしたのなら、それ、執事失格じゃない?
レリル様に伝えなくても、ご両親に伝えて、彼女の代わりに動いてもらえばいいことなのに。
コーエン男爵家の評判を落とさないために、それくらいは考えるよね?
本当にダメ執事だったの? それとも……?
「ごめんなさい。やっぱり嫌だったよね? いくらリーダーでも、担当でない仕事のフォローをするなんて、そんなのリーダーの仕事じゃないもんね」
ひどい!
全業務が滞りなく運ぶために調整するのがリーダーの仕事なのに。
まるで私がリーダーの仕事を分かっていないみたいに言うなんて。
「あのね、メーベル様……ううん。何を言っても言い訳にしかならないね。本当にごめんなさい。うっ。ううっ」
え?
「おい! 一組のリーダーだからって横暴じゃないか!」
「そうだそうだ!」
二組の男子が数人、私ににじり寄ってきた。
「そこ! 何をやっているのだ! 出発の時間だぞ! 」
エリック先生が割って入ってくると、泣いているレリル様に気づいて、彼女に優しく声をかけた。
「レリル君。無理をしなくていいと言ったはずだが。それにしても何故泣いているのだ?」
その問いかけに、周囲にいた生徒たちが一斉に私を見た。
嘘でしょう?
「君か、メーベル君。はあ。君は支度があるから先頭の馬車で行くのだろう? さっさと行きたまえ」
「……はい」
言いたいことはあったけれど、この状況では何を言っても無駄な気がしたので、素直にこの場を去ることにした。
「レリル君は早退した方がいいだろう。迎えが来るまで医務室で休んでいなさい」
とんでもない茶番に付き合わされたのは私の方なのに。
それでも振り返ると碌なことにはならなさそうなので、さっさと馬車に乗り、慰問のことだけを考えることにした。
◇◇◇ ◇◇◇
一夜明けても私の気持ちは沈んだままだ。
昨日の孤児院の慰問は無事に終わり、引き上げる時は院長と孤児たちが総出で見送ってくれた。
衣服や生活用品、文具、食料等の差し入れは本当に喜ばれたので、達成感を得ることはできたけれど、私の胸の中には拭いきれない小さなシミができている。
レリル様は慰問を欠席したまま、今日も休んでいるらしい。
シャーリーが、「落ち着いて聞いてね」と前置きしてから教えてくれた。
一部の生徒が、レリル様が休んでいるのは私が彼女の失態をあげつらって恫喝したせいだと吹聴しているとのこと。
私は決して大声を出していないし、そこまで詰め寄ってはいないと思う。
ただ、どういうことなのかと尋ねただけだ。
それでも私が悪いの?
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