【Episode Y: Loss Falls Like Rain /喪失は雨のように】
<Chapter:1 > <0>
男は1人で2人分のケーキを持って帰路につく。ユウマは大手出版社に勤めている。今日は妻の誕生日で、ささやかだが2人でお祝いをしようと約束していた。ただ、出版社というのは不規則な仕事で定時で帰れることはほぼない。ただ、今日は上司から
「カンザキ、今日ぐらいは早く帰れよ。残りはこっちで済ませるから気にすんな。奥さんの誕生日に帰らない旦那は肩身が狭くなるぞ。」
そう言うと上司のサルワタリは度の入っていないメガネをクイッと上げる。サルワタリさんの奥さんは怖いらしく、毎回怒られているらしいのでそれの経験からだと思う。
自分はというと学生時代から付き合っていた、ヒナタと2年前に結婚したのだった。高校時代からの付き合っていて、8年一緒にいた。就職してからも変わらず関係は続いていて、お互いの両親は顔見知りの付き合いである。辛い時期もあったが、めでたく新しい家族を授かることが出来て自分は浮かれていた。妊娠7ヶ月で元々小柄で華奢だったヒナタはお腹が大きくなるにつれ動きにくそうにはしていた。幸いなことにヒナタの両親は家が近く、自分が不規則な生活のためサポートもしてもらっている。
そんなヒナタが今日、誕生日で上司の気遣いで早く退社することができた。時間が早いこともあって駅前はまだ開いてるお店が多く、思いつきで家の最寄りのケーキ屋でヒナタの好きなイチゴケーキを買う。
ヒナタは少し天然で、イチゴケーキを食べるときは先にケーキを食べて、最後にイチゴを食べる。と、ここまではよくある話だが、残ったイチゴを10分ぐらい全方向から見るという変な癖がある。何故かと聞くと
「だって全部見たいし、何処からかじると痛くないのかなぁって思うの」
と不思議なことを言う。そもそもカットされてるじゃんって思ったり、結局1口で食べるよねって思うけど言ったことは無い。そのイチゴを見つめてる姿が自分も好きで愛おしい。
そんな喜ぶ姿を想像するだけで自分も口元が緩くなる。産まれてくる子もヒナタ似にて可愛くなるんだろうな、自分もサルワタリさんみたいにキャリアアップして育児にも積極的にしたいと思っている。今までは自分の事を理解してくれていて、サポートもしてもらっていた。疲れて帰っても笑顔で出迎えてくれて、美味しい料理やほつれた服なども裁縫で直してくれてたりと、自分をサポートしてくれた。だから、これからはヒナタのために…
「何が…なんだこれは…」
ただいまの直ぐ後に言った言葉がこれだった。あまりにも異様な光景に言葉がでない、握力が消失して持っていたヒナタと食べようとしていたケーキを落とす。脳が理解を拒み続けていた。
玄関が真っ赤に染まっていた。一面ペンキで塗ったように…息をするのを忘れるぐらい現実から離れた光景に絶句してしまった。異世界に迷い混んだと考えたが玄関に置いてあるフォトフレームの形を自分が覚えてる。中に入ってる写真は結婚式の写真、隣のクマのぬいぐるみも覚えている。白いクマで僕がプロポーズの時に指輪と共に送った物だ。
どちらも確認出来ないぐらい赤く…紅く…朱く…。
ビービービー
すると手元の時計が警報を鳴らす。これは住人に配られている時計型デバイス。健康状態、通信、IDなどこの世界に住む住人に配布されている物で、普段は警告音など鳴らない。
鳴る時は、異常事態を示すときだけ
その警告音で意識が戻り呼吸を開始する。すると鼻が取れてしまうのではないかと思うぐらいの生臭い臭い。
「うっ…なんだこの臭い…血なのか…」
心臓がドクンドクンと外に聞こえるのではないかと思うぐらい胸が痛かったが胸を押さえながらデバイスを確認する。そこには
【異形出現予報: 予想時刻 ※時※分】
【場所 新都※番地-※※】
【周辺区域の方は戸締まりをしてください。】
噂レベルで聞いたことはあった。今のこの封鎖都市【EE】はシェルターになっており、外側にはノアスなる異形が人を襲ってくるので政府はこのシェルターを作ったと
「外側に出るノアスがなんでこんな町のど真ん中で出るんだよ。」
そのデバイスに表示されている地域はまさにこの家を指している。新都というのはこのシェルターを支える監視塔の付近をさし、監視塔には【灰の巡礼者】と言う異形討伐の部隊も監視していると言われているいわゆる富裕層の地域だ。
「そもそも、町中に出るなんて聞いたこと無いぞ。しかも…もう現れて…」
血が沸騰するように身体が熱くなる、怒りが脳を刺激して目の前がチカチカする。もちろんこの赤い玄関に自分以外はいない、だから違う可能性もある…違ってほしいと願う。
ユウマは頭痛がするので頭を押さえながら赤い廊下を超えてリビングに向かう。これは幻でヒナタがリビングで料理していると願って。
キィ
扉を開けると…
「あ、ユウマさんおかえりなさい」
優しいヒナタの声が聞こえた…気がした。
リビングには誰も居なくて先程まで作っていただろう今日の晩御飯の途中がキッチンにあった。涙が止まらずその場に腰を落としてしまった。
「何で…何で…そんなのってあんまりだ。僕はただ多くは望んでいないのにどうして…」
空が割れて無数の光が降り注いだ日、神は死んだと何処かの教団は言った。まさに神様がいれば、こんなことは起きなかったと思う。リビングに止まらない涙が落ちる
「あっああああああああああーーーーー」
涙が枯れて呆然としていた数分後、ドタドタと誰かが玄関から入ってくる。扉がバンと開いた、そこには灰色の軍服のような服を来た数人が入ってきた。すると
「生存者確認!家の中が異常になっているが、異形の反応無し。生存者に聞き込みを行います」
そう言うと軍服の男はこちらに駆け寄り、声をかけてくる
「ここの家主か?玄関のあれは何かわかるか?君は他の家族は?」
「家族は?」のワードに呆然としていたが意識が戻ったとたん、なにも言わずに意識を失った…遠くで軍服の男が何か言ってるが聞こえない…
目が覚めるとそこは病院だった。天井は白く壁も白い。目覚めたことに驚いた看護師は慌ててナースコールに手を伸ばし先生を呼ぶ。
白髪の男が自分の胸に聴診器を当てて「特に大丈夫だ」と言って部屋を出ていく、入れ違いのように灰色の軍服の者たちが病室に入ってくる。男2人に女1人。
「カンザキさんお目覚めですか、今回我々の失態です。まさか異形の者が警備を掻い潜ってきたとは」
そんな事を聞きたかったわけではない。自分はどうしたのか?家族は?いや、ヒナタは?溢れる思いが問いただすように聞いてしまった。
「はい、カンザキさんは3日間昏睡状態でした…。そして鑑識の結果、玄関の血液は奥さまのヒナタさんであることがわかったのですが、肝心のヒナタさんのお身体が見つかっておりません…ただあの出血では…」
ああ…聞きたくなかった…でも…身体が見つかっていない?と言うことは生きている可能性も…
「我々はこの異常行動は異形の者の仕業であると考えております。引き続き捜査します。進展があればカンザキさんも連絡しますので」
隊員たちも自分のやつれた姿に目を合わせてはくれない。姿がやつれていても、自分の目には憎きノアスへの怒りが込もっていた。
隊員たちは深々と頭を下げて自分の病室を後にする。その数週間後退院して家に戻ると考えたがあの光景に気持ちがついていけず、もらっていた【灰の巡礼者】に連絡すると、支援プログラム対象なので別のホテルを手配してくれると言ってくれたので、そのホテルに泊まることになった。特になんの変哲もないビジネスホテルだった。
ベッドに座って天井を見つめる。ヒナタとの日々、これからの未来の想像をして決意を胸にテーブルに向かい紙とペンを手に取る。
数日後、勤めている会社に出勤した。フロアに行くとみんなが辛そうな顔でこちらを見てくる。それもそうだ、奥さんの誕生日に都市伝説のような不可解な現象に巻き込まれたなんて。
自分の姿を見たサルワタリさんは慌ててこちらに駆け寄って会議室に案内した。サルワタリさんはいつも通りのラフなスーツ姿で寝癖が付いている。
「びっくりしたぞ、もう大丈夫なのか?いや、スマン言い方が良くないな。出歩いていいのか?」
相変わらず気にかけてくれる。緊張しないように柔らかい笑顔でこちらの気持ちを少し軽くしてくれる。笑うと目尻のシワが懐かしい…でも…。
「サルワタリさん1つお願いがあります。実は会社を辞めようとおもいます。ヒナタをいや、奥さんの行方を探そうと思います。状況的には絶望的でも自分は奥さんを見てないので自分の目で真実を探したいと思います。だからこれからはフリーライターとしてノアスと言う化物や世界の秘密を暴きます」
「そうか…そう決めたのなら止めはしない。ただ、自分にも協力させてくれ、君に情報の提供、取材の依頼をするからそれを活動源にしてくれ」
サルワタリさんと始めてバディを組んだときに言われた“仕事はチーム戦”を思い出した。まだ、自分を孤立させないように気を使ってくれる。涙が出そうになる。
「ありがとうございます。貴方が上司でよかったです。でも大丈夫ですか?上層部は反対するんじゃ?」
サルワタリはメガネをクイッと上げ、目尻のシワを入れて
「そんなのお前が気にする必要ない、俺を誰だと思ってる。この出版社が傾いたときに支えた売れっ子編集者だぜ」
本当にこの人には頭が上がらない。深々と頭を下げて会議室を後にする。会社を出たところで声をかけて振り向くとサルワタリさんが書類を渡される
「この場所に行ってみろ。過去に不明な事件が起きたところだ。また連絡する」
書類を受け取り再度頭を下げてタクシーに乗る。
書類には沢山の付箋とメモが、同じフロアのみんなが集めてくれたみたいだった。
「お客さんどこ行きます?」
タクシーの運転手が聞いてくれたのでまず行くところは…もちろんあそこだ
「新都※番地-※※までお願いします。」
タクシーを数十分乗って、目的地に到着する。自宅だ
胸が苦しくなる。強い力で胸を締め付けられているようだった。
ドクン!
玄関の鍵を開けて扉に手をかけた瞬間、心臓が飛びかと思うぐらい高鳴った。けど、こんなところで怯んでる訳にはいかない。決意を秘めて扉を開ける。
赤い玄関はそのままだったが臭いはなくなっていた。だがリビングに向かう扉の前に誰かいる。
「お前は誰だ…」
とっさに声が出た、黒い帽子、黒いコートで誰かはわからないが明らかに男である。黒コートはこちらを振り向くが帽子で顔は見えない。血が沸騰したかのように頭に血が上っていく
「お前か…お前がヒナタを…」
そう言った瞬間デバイスから警報音が
ビービービー
デバイスを見なくてもわかる。こいつが…
「このバケモノが何しに来た…いや丁度いい、ヒナタは何処だ答えろ。答えても答えなくてもここから逃げれると思うなよ」
ビービービー
警報音はなり続けている。鞄からこんな時用に買っていたナイフを取り出す。もちろん化物に聞くかはわからないが刺し違えても…すると黒コートが
「落ち着け、これじゃ奴らに気付かれる」
人の言葉を話すのか?そんな疑問が浮かんだが、そんな事はどうでもいい。
「話せるのか都合いい、おいバケモノ!ヒナタはどこだ」
黒コートは首を横に降り何かをこちらの足元に投げてくる
「とりあえずこれを」
拾い上げると黒い結晶だった。持った瞬間胸を締め付けられる感覚が和らいだ。何だこれは…?すると黒いコートが
「一旦ここから離れる。話はそれから」
無言で2人で歩き数分後、喫茶店の前で立ち止まった。
「ここまで来れば大丈夫か、丁度いいここで話すか」
バケモノと一緒に喫茶店?ありえないな。
「必要ない。もくろみは知らんがここで十分だ、知っていることを話せ」
黒コートは「はぁ」とため息をついて
「君は怒りに支配されてはいけない。それに私は無関係だ」
「信用できるわけがないだろう。貴様が犯人でない証拠はない」
「君はいずれ真実にたどり着く、結末は辛く悲しい事になるが受け止める覚悟はあるのかい?」
「やっぱり何か知ってるのか!」
「私は状況を判断してわかっただけだ。君の復讐の相手は…いや、今はやめておこう。これも君の選択だ。これから君が進む道にさっきの結晶が君を支えてくれる。君の決断が運命を変えるかもしれない」
何を言っているか全くわからない。先程、渡された黒い結晶を再び見る。結晶の中で何かが蠢いているように見える。それを見ていたら黒コートが
「理解できなくても、信じなくてもいい。ただ君はこれからは君が物語を紡ぐ形になる。その結末が君の全てだ。」
そう言うと黒コートは消えてしまった。夢に思えたが手元には黒の結晶が…それを握り決意を新たにする。黒コートとずっと一緒に居たのに、いつの間にかデバイスの警報器が鳴っていなかった事に気がついていなかった。




