表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君の手のひらで踊りたい。  作者: 田邑綾馬
第Ⅰ章 起

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/64

第六話 倉田朝市の話

 なかなか寝られなかった、と樹には言ったけれど、本当は一睡もせずに小郡環さんについて調べていた。検索をかけると、誘拐事件と失踪を関連付けて考察する記事や動画も少なからずある。誘拐被害に遭った女の子がそのわずか6年後に失踪して今現在も戻らないなんて大衆の興味を引く話なのに、一般認知がそこまで高くないが気になった。小郡一家が情報拡散を望まず、記事の削除依頼などを行っているのかもしれない。それとも、警察の見立て通り、環さんの失踪は事件性のない家出説が濃厚なのか。――いや、14歳の女の子が、それも体調が芳しくなかった状態で家出はしないだろう。

 何にせよ、事件発生から日が経ちすぎている。これ以上の情報は手に入らないだろう。情報源になり得るのは椿さんだが、彼女は俺達の大事なお客様だ、しつこく聞いて機嫌を損ねたくないし、何より、苦しませることは本意ではない。


 タブレットから壁の時計に目をやると、時刻はもう朝の5時を指していた。それまで事件一色の脳内だったが、あの時計を見るだけで不思議とクリアになっていく。締め切りだった部屋の中に新鮮な外気が流れ込むような感覚だった。清々しくて、心地よくて、どこか優しい匂いまで漂ってくるようで。

 部屋のどこからでも視界に入るよう配置されたその時計は、会社を立ち上げた際に祝いとして、中高時代の同級生・三屋今宵からの贈られたものだった。


「俺と一緒に仕事をして欲しいです!」


 大学卒業後、輸入食品を扱う企業に勤めて安定した生活を送っていたはずの樹は、俺・倉田朝市と阿部一華、小野昴に向けてそう宣言した。自分と一緒に輸入雑貨の会社をしよう、と。

 樹の提案に、IT企業でウェブエンジニアをしていた阿部は悩んだ末に離職。昴は職探し中の身ではあったが、いきなり社員を3人抱える樹に配慮し、あくまで副業という体で会社に合流した。他、親しくしている三屋も、書籍関連での協力を約束。(実家の書店で働いている。)弁護士の塩田憩はトラブルが発生した際には無償で助けると言い切った。

 各々の決断がされていく中、樹からの提案を俺は最後まで渋っていた。なぜなら、俺には前科があるから。高校卒業後、犯罪行為に手を染めていた時期があったのだ。


 高校2年生にもなると、進学や就職の話題が自然と増えていく。将来について語る親友のキラキラした顔を見ているのが辛くなり、弾む声を聞くのも嫌になって、あの頃の俺は彼らから少しずつ距離を置くようになった。

 離別の引き金になったのは、「~を学びたいからこの大学・この学部・この教授のいる大学へ行こうかな」という樹の何気ない発言だった。将来のビジョンをある程度決めていて、大人になる自分に抵抗感を少しも感じていない様子の親友に、俺はなぜかショックを受けたのだ。俺とはまるで違う、と。俺はこんなにも将来を不安に思うのに、なぜお前は――。

 樹に悪意なんてものあるはずがない、考えていることをただ口に出しただけ。あいつは何も悪くない。俺が卑屈なだけ。


 養護施設で暮らし、支援してくれる肉親が例えいなくても、努力すれば大学進学だって不可能じゃない。高校だって施設の援助を受けて進学したんだ。それに、高校卒業後に備えて新聞配達やコンビニのアルバイトをして貯金もしている。まあ、俺の貯金額なんて、大学4年間の学費には遠く及ばないし、施設を出れば衣食住は自分で賄わなければいけないのだから、とても学費になど回せない。

 平均的な18歳より多くのものを背負い、人よりも苦労した分、君は成熟した大人になれる。そう言う大人もいた。施設の職員もそうやって俺を励ました。一理ある。いや、一理なくても、俺達はその考えを受け入れなければならない。俺達に逃げ場はないのだ。(別に逃げたいわけじゃないけど。)

 親から学費を出してもらい大学へ通える親友が妬ましくて、なんで俺には親がいないんだ、金がないんだって駄々をこねているつもりはない。無いものはない。樹や他の友人と比べて人生の選択肢が少ないのも仕方のないことだ。これが現実だ。


 俺はたぶん将来に悲観している。自分の人生はきっとつまらないものになるんだと、やっともいないうちから決めつけて、いじけて、投げやりになっている。

 昴は俺のそんな胸中を見抜き、「お前は理想が高いんだよ」と、ずばり指摘してきたことがある。認めたくはないが、そうかもしれないと思った。

 昴の家は母子家庭で決して裕福な方ではない。4つ下の妹もいるため、進学ではなく就職をすると早々に決めていた。彼は彼なりに自分の将来についてあれこれ考えたはずだが、悩む素振りなど見せない強さが眩しかった。また、昴ははっきり物を言う性格で、相手を傷つけるとしても必要ならば揉める覚悟で物申す。例えば、小遣いの使い方や親への接し方について意見が食い違った際には、「普通に両親が揃っていて、それなりに裕福で、環境にも恵まれているからお前とは分かり合えない部分はある」「こっちとそっちで、俺達には溝がある」と、関係性が壊れかねない発言を面と向かってしてしまえる。友人関係が壊れるのが恐ろしくて俺だったら口が裂けても言えない。


「分かり合えない」「溝がある」そんなことを一方的にぶつけられても、樹は怒ったり謝ったりしない。「うん、そうかもしれない。でも、俺達は友達だから」と、自分に言い含めるように呟いて、涙を流しはしたけれど。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ