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君の手のひらで踊りたい。  作者: 田邑綾馬
第Ⅳ章 結

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第三十九話 八百万の容疑者

「地球滅亡が目的?スケールがでかいですね~」

「笑い事じゃないぞ」


 ギロリ。百合ゆりに睨まれ、道上みちうえしるべはぴゃっと肩を竦め、そそくさ鈴女すずめの影に隠れた。鈴女は呆れ顔、しかしすぐに表情を整え、ずらり並ぶ面々に順々と視線を送っていく。


「笑い事ではないのは確かですが、いち人間が地球を滅亡に導くのは限りなき不可能に近い。三屋みやさくさんをからかっただけ、とも取れますが、あの憩さんのことなので一応考察しておきませんか?」


 アンチクトンの神の間に、本日は神々が一段と多く集まっている。百合、水村みずむら珊瑚さんご山田やまだ夏芽なつめ阪本さかもと新宿しんじゅく、ケト、イナバ、中村なかむら、道上、鈴女、それから佐藤と飛鳥が12畳の空間に窮屈そうに大集結していて、いっそ広々とした店内でゆったりと会話すればいいものを、神という存在は一度自らが定義した法則を崩すのが不得意らしい。それとも日本に住まう神々独特の感性なのかもしれない。


 飛鳥は、肩が触れ合うこの距離感に息が詰まりそうになりながらも、神々が放つ重たく沈んだ空気に気圧され、ここを出て店内で話をしましょうと言い出せない。言い出せない以上、ここで窮屈な会議に参加せざる得ない。飛鳥は覚悟を決め、顔を上げた。


 本日の議長は鈴女がやるらしい。元来、彼女は責任感が強く、面倒見良いため、何かとまとめ役を任されることが多い。現在も、道上標のマネージャー兼、彼が所属する芸能事務所の社長を務めている。


 単刀直入、鈴女は切り出した。


「地球滅亡なんて大それたことを可能にするなら、神の力を借りるしかありません。この場にいる者の中で、憩さんに協力している者はいませんか。ああ、もちろん佐藤さん以外で」


 鈴女の発言に、ざわ、と空間が波打つ。その可能性を考えていた者と、全く考えていなかった者に別れ、隣にいる者同士で顔を見合わせる。


 そして名指しされた佐藤は能面顔、視線をぼんやり宙に放り、仲間達の導き出す答えを大人しく待っている。内心、別に協力なんてしていないんだけどな、と、ぼやく。実際、佐藤は人間として憩のそばにい続けただけで、神の力を行使して彼女に力を貸したことなど一度もない。そもそも佐藤の能力の特性上、これといって人間生活に役に立つもではないし、悲しいかな、憩の助けにはならなかった。


 憩に協力している者はいるか。その問いに、神々の結論は出た。答えは全員「NO」で、その答えに偽りはなかった。


「しかし、この場にいる者だけとは限りません」


 鈴女がそう言うと、同意するように「八百万の容疑者か」と百合がささめく。

 一方、指を髪の毛に突っ込んで頭を抱え、道上は騒がしく喚きたてる。


「あーもー!なんか益々ややこしくなってません?もういっそ憩ちゃんに全員で土下座で謝って、望みを聞きませんか?出来る限りの償いというか、誠意を持って話し合いましょうよ!こうやってコソコソ嗅ぎ回っているのも腹立たしいんだと思いますよ。だからカオスって神のところへ凸ったわけでしょ?」

「話すわけがないし、赦すわけもない」


 きっぱり百合に言い捨てられ、道上は口を尖らせる。やってみなくちゃ分からないのに、という顔だ。


 百合は百合で、少しの期間でも憩(優子)と暮らしていた経験から彼女の性格を理解しているつもりだった。優子は、やられたらやり返す性格だ。決して優しいだけの人間ではなく、厳しさと冷たさをいつも抱えていた。自分自身の人生を完膚なきまで破壊した存在からの土下座謝罪に心動かされるほど甘い相手ではない。むしろ謝罪など悪手だ、余計彼女の復讐心を煽り、加虐性に火を付ける恐れがある。


 一気に重さを増した空気感に耐えきれなくなったのか、水村が努めて明るく親友の秘密を暴露し始めた。


「ま、まあでも、未来君は保険金の受取相手を憩ちゃんにしてるんだもんね?未来君の肉体が死ねば億単位のお金が彼女の元へ入るらしいから」


 だから大丈夫!と言いたげに親指を立てる水村に一同若干引きつつも、その話題に飛び付いた。皆、気分が暗くなる話に息抜きがしたかったようだ。その息抜きの受け皿になるべく、佐藤は重い口を開く。


「そもそも、配偶者ではない場合は基本的に保険金の受取人になれないんです。だから同居を始めた、内縁の夫としての既成事実を作るために」

「肉体を放棄すれば憩ちゃんにお金が入るわけか。じゃあ今、佐藤は憩ちゃんの内縁の夫ってこと?やったじゃん!」


 そう言って珊瑚がグッジョブサインをすると、夏芽が「それなりの掛け金払ってるんでしょ?」と前のめりになって質問する。あっさり「月10万くらいですかね」と佐藤が答えるので、「高い!」と一同声を揃える。何だかんだ言い合いながら先ほどのどんよりムードから和やかムードへあっという間に様変わり。

 そこへ水を差したのは、ひと際仏頂面の山田無量だった。


「それ、新手の保険金詐欺だろう」

「人間には立件不可でしょう。それに肉体は本当に死ぬわけだから、一概に詐欺とは言い切れない」

「チッ」


 言い返され、佐藤と反対方向へ顔を背ける。山田の不機嫌さは加速する一方だ。 上機嫌な時の方が少なく、いつもなにかと否定的で、警戒心が強い山田だが、今日は一段と刺々しい態度だ。それは百合も他の神々も気づいているようで、古くから世話になっている白兎のイナバから「どうした、何かあったのか」と尋ねられても、「いえ、何もありません」と、すげなく返すだけ。


 どうしたのかと顔を見合わせる面々の中、山田の不機嫌の理由に、鈴女は心当たりがあった。

 これまた単刀直入に切り出した。


「憩さんに、何を言われたんですか?朔さんが言っていましたよね」


 そう、山田無量サイン会終了後、控室に挨拶に来た三屋兄妹の兄・朔に、去り際こう言われたのだ。


 ――「塩田と何か話されていましたよね?いや、詮索するわけじゃないんですけど、先生、とても驚いているように見えたから」


 あの跡取り息子、余計なことを言いやがって、と山田は内心思っていた。

 三屋朔が、塩田憩の友人の兄であり、朔自身もそれなりに親しいということは最近知ったばかり。全く、世間は狭いものだ。


 神々の視線が山田に集中し、”憩に何を言われたか”の答えを待っているが、山田は口を閉じたまま。適当に誤魔化せるものならそうしたいが、相手は自分と同じ神だ、下手な言い訳は簡単に見抜かれる。


 しかめっ面で閉口するする山田を見かねて、百合が助け船を出す。


「それはそうと、これだけの数が集まるのは本当に久々だな。それぞれきちんと人間をやっているようで感心する。僕はまだ200年程度しか地球にいないが、大変なことばかりで参る」

「警察官なんてやるからですよ。どうです、うちの事務所に入りませんか。ツクヨミならすぐ売れっ子です」

「そっちの方が大変だろう」


 芸能人など百合には全く向いていない。愛想よく振るまえないし、人間の理不尽な指示に従うのはもっと難しい。それを鈴女も分かっているものの、つい誘いたくなる美貌とオーラを彼は持っている。


 上手く人間と共存している代表神と言っていい阪本薫は、久しぶりに会う友人の鈴女にずっと聞きたかった質問を投げかける。


「でも、鈴女ちゃんが芸能事務所の社長さんなんて意外。ずっと自分は芸能の神として扱われているのが謎って言っていたじゃない?標くんが俳優さんやってるのもビックリだけど」

「人間の期待に答えてみるのもありかなと思って。それなりに儲かるよ」


 手のひらを上に向け、親指と人差し指をくっ付けて笑う鈴女に対し、「そんな鈴女ちゃんの商売を支えたいと思ってね。夫婦愛だよ」と標は親指と人差し指をクロスさせてハートを作る。


 大昔、確かに夫婦だった2柱だが、常にそうであるわけではなく、現在は俳優とそのマネージャーの関係。しな垂れかかってこようとする標を、煙たそうに肘で押し返している鈴女の様子を見ると、彼女らも色々とあったようだ、と百合は推察する。


「こうして集まって色々話すの、結構楽しいよね。ここ、山田の結界貼ってあるんでしょ?ならアマテラスにも見つかりにくいし、憩さんのこと抜きでも集まりたいな」


 夏芽がそういうと、山田は眉を顰めた。そして「いや、」と否定する。ちなみに、山田は結界や見張りのプロである。


「アマテラスに有効とは言えないな。神の力の増幅と減衰、それがアマテラスが最高神たる所以なのだから」

「その通りだ、あいつがその気になれば、」


 山田の否定に、百合が深く頷きながら同意する。「あいつがその気になれば」の先の言葉は続かなかったが、皆想像する台詞は同じ。

 ”あいつがその気になれば、ここもすぐ見つかる”だ。


 一気に場は静まり返る。

 朗らかで優しく、繊細で、少し優柔不断なアマテラスを、誰もが愛し、敬愛していた。いつも彼女の周りには神々や聖獣が集い、 清らかさに満ち、笑みが絶えなかった。

 それなのに今、彼女の話題が出るだけで背筋がひやっと寒くなり、気分が落ち込んでしまう。たった数百年やそこらで、ここまで神々を取り巻く環境が変わってしまうなんて、誰が想像したろうか。今も、あの優しいアマテラスが人間を生贄にした事実を受け入れられないでいるのだ。それほどに、父・イザナギと恋人・瑞穂を失った心の傷は深いのだろう。


「では、そろそろお開きにしよう。各自、海外に住まう神だけでなく、憩さんの襲来にも気を付けるように」


 襲来、などと物騒な物言いをすると、不満そうな顔を佐藤はするが、百合はどこ吹く風といった風に肩を竦めるだけ。


 ぞろぞろとアンチクトンの神の間を抜け、店外へ出て行く中、示し合わせたようにイナバと中村、それから山田が居残った。


 加えて、いつものメンバー、百合・水村・珊瑚・佐藤・飛鳥・ケトは神の間から出たものの、中途半端に帰り支度をして、イナバ達のやり取りに耳を傾けている。


 白兎・イナバが見た目にそぐわぬ低く重たい声音で問う。


「なぜこのタイミングでサイン会を?」

「特に深い理由はありません。もう10年近くしていなかったので、関係者へのサービスと感謝を込めて行ったまでです」

「そうだろうか。君は、高天の原へ帰ろうと思っているのではないか?」


 イナバのその台詞に、店内で出ていた神々の視線が山田たちのいる方へ集まる。


「親友が死ぬのを見たくない。だったらいっそ高天の原へ帰ってしまおう。その前に世話になった人間達へ義理を果たそう。私は君がそう考えているのではないかと思ったのだが、見当違いだったろうか」


 イナバの言う”親友”は佐藤に違いないだろう。山田は反論しなかった。図星なのだろう。


「さすがはオオクニヌシ」、そう言って意地悪気に笑うケトを、ずんむっと鷲掴みにした飛鳥はそのままケトを肩に背負って、これ以上盗み聞きはしたくないとばかりにアンチクトンを足早に出る。


「痛いなぁ、もっと優しく扱ってくれよ。こう見えて僕も結構偉い神なんだぞ」

「そんな肉厚の身体して何言ってんすか。それに神に上も下もないでしょ」


 店を出て、停めてあった自転車に跨る。肩に猫を乗せて自転車を走らせるイケメン高校生を、行き交う人は好奇の目を向けてくるが、意に介さず飛鳥は家路を急ぐ。


 薄暗くなった都会の裏路地を走らせながら、飛鳥とケトはコソコソと会話をする。


「ねえねえ、山田くんが憩さんに何を言われたか気にならないかい?」

「それは、まあ、それなりに」

「彼があれほど言い淀むってことは、考えるられるのは一つだけさ」

「知っているんですか?」

「知らないのは君くらいのもんだ」

「なにが」

「山田くんにはね、人間の奥さんがいるんだよ」

「えっ」

「まあ、もうとっくの昔に死んでいるけどね。千年くらい前の話らしいから」

「・・・知らなかった。でもなんでそれを憩さんが知っているんだ?まあ、知っているのはよしとして、具体的に何を山田さんに言ったんだろう」

「佐藤くんが喋ったんじゃないの?親友なんだから奥さんのことも知っていて当然でしょ。奥さんと面識だってあるかも」

「佐藤さんが軽々しく話すとは思えない」

「じゃあ誰が話すの?――ああ、協力者?」

「八百万の容疑者ですか」

「ますますややこしくなったきた。しかし気になるね、憩さんは山田くんに何を言ったんだろう」


 その答えは、そう日を置かずに知ることになる。

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