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君の手のひらで踊りたい。  作者: 田邑綾馬
第Ⅳ章 結

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蚊帳の内(二)

 サイン会は無事終了し、無量先生が控室へ戻られるタイミングを狙って突撃してみることにした。俺相手に本音も真実も話す気のまるでない憩ちゃんの態度と謎かけに触発され、知りたいことは自ら探りに行かなければいけないと、背中を押された気分になったからだ。


「先生に挨拶行くの?私も行く!」

「いいよ、お前はっ」

「なんでよ、私だって無量先生好きだから!」

「俺の方が好きだよ!お前よりずっとずっと好きだからね!」

「好きを比べるなんてナンセンスでしょ!」


 妹と小競り合いをしていると周囲にいた書店スタッフから笑われた。

 気を取り直し、着いてくる妹を疎ましく思いながらもたどり着いた控室前。胸に手を当て深呼吸、天井を見上げてまた深呼吸、ドアノブを手を掛けてまたまた深呼吸。そこでしびれを切らした今宵が先にノックをした。コンコン。こいつ、自分事はもじもじして進めないくせに、他人事だとこうやって無遠慮に介入してくる。


 コンコン。

「――はい」


 一拍遅れて、不機嫌そうな先生の声が返る。その時点で俺の勇気ゲージはだだ下がり。しかしここで尻尾巻いて逃げるわけにはいかない。

 愛しのノエミさんの笑顔を思い浮かべ、なけなしの勇気を絞り、ドアノブを引いた。


「無量先生、お疲れ様で――、あっ、ご来客中でしたか!すみません!」

「いや、いいよ、大丈夫」


 8畳ほどの控室には、無量先生以外に男女がいた。バリキャリ風の大人女子と、マスク越しでもイケメンと分かる青年の2人。慌てて踵を返そうとするが、先生は手招きをして俺達を引き留めた。


「君、新宿のブーランジェリーで会った三屋書店の跡取りだったな」

「は、はい!そうです!今日はスタッフとしてお手伝いに伺いました。こっちは妹の今宵です、同じく三屋書店で働いています」


「三屋今宵です」と、ぺこり頭を下げる妹につられて俺も頭を下げる。俺達が顔を上げる間も待てないといった風に、先生は問うてきた。


「三屋兄妹、君たちは塩田憩さんとは親しいのか」

「えっ、憩ですか?」


 まず反応したのは今宵だった。先生からその人物に触れてくれるとは、聞く手間が省けた。やっぱり先生は憩ちゃんを知っているんだ。言い方からしてそれほど深い仲でもなさそうだけど。


「はい、憩は私の同級生で、小学生からの幼馴染です。家も近所で。今も仲良くしていますよ。先生、憩とお知り合いだったんですか?」

「いや、友人の知り合いというだけだ。そうか、幼馴染か。君が今日のサイン会を彼女に教えたのか?」


 ”友人の知り合い”、憩ちゃんも似たようなこと言っていたな、と小一時間ほど前の回想をしていると、先生の鋭い視線が刺さる。


「あ、いえ、伝えていません。俺も知ってる顔がいて驚きました」

「そうか、そうだろうな。彼女は僕のファンというわけではないだろうから。列に並んでいる時、彼女は君たちに何の話をしていた?」

「え?」

「話しかけられていただろう。ただの雑談か?」


 来場客と一言二言ながら会話をし、かつサインをしながらの状況でよくこちらの様子が把握できたものだと感心した。きっと、才能溢れる売れっ子小説家たるもの、ずば抜けた洞察力や観察眼があるのだろう。俺ときたら、その雑談を思い出すのすら時間がかかる始末。


「えっと、ああ、そうでした、知り合いがちょうど先生のサインを貰っている最中で、その人の名前を褒めたんですよ。良い名前だって伝えておいてって」

「あの時は確か、――松下美紀か」

「す、すごい。よく覚えていますね。そうです、松下さんです」

「彼女も君の知り合いか?」

「はい、NPO法人をされている方で、書籍を卸している関係で親しくさせていただいています」

「何のNPO?屋号は?」

「お、主に女性支援を。屋号は『bookmark』です。えっと、それが何か?」

「いや、次作の取材でも出来たらと思ってね。あれこれ訊ねて申し訳ない」

「い、いえ!全然!」


 松下さんの個人情報を軽く打ち明けてしまったような気もするが、彼女も先生の大ファン、これくらいは許してくれるだろう。取材がもし実現するとしたらきっと喜び快諾するはずだ。


 質問しようと思って来たはずなのに、これでは立場が逆だ。だがこれではっきりした、先生と憩ちゃんは何かしらの繋がりがある。友人でもない、仕事仲間でもない、けれど知り合い以上の縁を持つ関係性。

 ああ、以前もあったな。この、触れちゃいけない、知ろうとしちゃいけない感じ。まるで、蚊帳の外に追いやられたような、虚しさを伴うこの感覚――。


「ああっ、道上みちうえしるべ!」


 妹の素っ頓狂な声で現実に引き戻された。今宵は人差し指をマスクの男性に方に向けていて、次の瞬間には、ばっと口を手で塞いで、名を呼び捨てにしたことを詫びた。


 今宵の指摘で初めて気付いた。あのマスクの青年は、今をときめくイケメン俳優・道上標その人に違いなかった。


「よ、呼び捨てにしてしまってすみません、驚いてしまって」

「いえいえ、こちらこそ山田さんが色々聞いちゃってごめんね」

「なんでお前が謝る」

「友達として?」


 マスクを外したご尊顔はテレビに拝見したまま、彫り深めのパッチリ二重。この距離で見ると余計に美しさが伝わる、さすが芸能人。無量先生とご友人関係だとは知らなかった。あ、でも、先生の実写化作品で出演していたっけ。その繋がりか?先生と道上さんでは歳がかなり離れているが、妙に馴れ馴れしい。じゃあ隣で渋い顔しているバリキャリ大人女子は道上さんのマネージャーさんだろうか。

 それより、道上さんは確か以前――。


「あ、あの、以前、憩ちゃんと、その、週刊誌に撮られてました、よね?」


 失礼に当たるかと思い、反応を探りながら聞いてみると、案外あっけらかんと答えてくれた。道上さんは気さくな人のようだ。


「ああ、そうだった!そんなこともありましたね!でもあれはたまたま同じ店にいて、塩田さんは時の人だったし、少しお話しただけなんです。塩田さんの知り合いと僕が友人だったりして、案外接点が多いから盛り上がって。こちらの鈴女すずめちゃんも一緒だったし」


 隣に座るバリキャリ美女はどうやらすずめさんというらしい。相変わらず渋い顔だが、俺達に向かって軽く会釈し、当時の謝罪をしてくれた。つられて道上さんも頭を下げてくる。


「ご近所に住んでいたなら迷惑されたでしょう。週刊誌の記者やら野次馬やら、沢山来たんじゃないかしら。申し訳ありませんでした」

「い、いえ、俺達は別に」

「わ、私たちは大丈夫でしたから気になさらないでください。憩本人も全然意に介さずという感じでしたし、そういう子なんです、昔っから。強いし、良い意味で変わっていて」

「うんうん、そうだな、憩ちゃんは昔から変わってるな」

「へえ、どんなところが?」


 一刻も早く道上さんと鈴女さんの頭を上げさせたい気持ちが溢れて止まらず、余計なことを口走ってしまった結果、予想外に無量先生が喰いついてきた。どんなところが?と問われても、何を話そうが友人の話を無許可でしてしまうに変わりなく、俺達兄妹は互いに披露するネタを目線のみのやり取りで押し付け合った。じっとこちらを見る無量先生、にこにこの道上さん、渋い顔のままのマネージャーすずめさん、このメンツとこの状況で、何も話さないという選択肢は俺の中にはなかった。


 憩ちゃんと親友である妹より俺が話す方が角が立たないと判断。さらに古い話題ならば憩ちゃんに怒られない、イメージ悪化にも繋がらないはずと、もう20年近く前の”将来の夢”について暴露することにした。


「えっと、憩ちゃんがまだ小学生の頃、将来の夢とか、なりたいものはあるかって聞いたんです。そうしたら彼女、「幽霊になって、ケセラセラを聞きながら、地球が滅んでいくのを見たいです」って、そう言ったんですよ」

「えっ、ほんとに?憩、そんなこと言ってたの?」

「そうだよ。だから俺、お前の身を案じて母親にあの子とは交流は控えさせた方がいいんじゃないかって言ったこともあってさ」

「知らなかったー、上級生カエルギャン泣き騒動なら知ってたけど」


 コソコソと兄妹話を終えて先生達の方へ顔を上げると、彼らは全員揃って青い顔をしていた。この世の終わりと言わんばかりに。

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