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君の手のひらで踊りたい。  作者: 田邑綾馬
第Ⅰ章 起

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cold case(二)

 翌日の朝の8時過ぎ、俺達のオフィス兼倉田朝市の自宅である杉並区のマンションに到着。道中、立ち寄ったコンビニでホットコーヒーは2つ買った。朝の弱い朝市はまだ寝ているかもしれないが、このコーヒーで目を覚ましてもらわねばならない。今日は発送作業や商品撮影などやることが沢山あるのだ。


「あれ?起きてるじゃん」

「たまたまな」


 ドアを開けると、歯ブラシを咥えた朝市がいた。既にパソコンも立ち上げ、撮影機材のセッティングも済ませ、撮影予定の商品もテーブルに並べられている。


「ありがとう、準備やっておいてくれたんだ」

「昨日なかなか寝られなかったからやっといた。コーヒー、サンキュー」

「どういたしまして。寝られなかったって、なんかあった?」

「いや、昨日の配達先で聞いた話が妙に頭に残ってさ。ちょっと調べ事してた」

「ああ、小郡さん?絵本配達したんだよね。喜んでくれた?なんの話したの?調べ事って?」


 質問に質問を重ねてしまう悪い癖が出てしまった。またか、と言いたげに、朝市は笑いながらコーヒーを口元へ運ぶ。


 朝市はかなりのイケメンだ。小さい顔の中には切れ長の目と、こじんまりとした高い鼻があって、色白で、背も高くて、加えて頭も運動神経もいい。学生の頃からモテ男子で、クラスの女子の8割はこいつが初恋相手だったと思う。ただ、口数が少なくて喜怒哀楽の表現も薄く、クールに見られがちなため人の輪の中心になるタイプではない。自己主張はいつも控えめで、他人の表情や行動をよく見て動き、不足分をそっと補う。部隊の真ん中に立つ力があるのに、縁の下の力持ちになろうとする。そんな朝市のことを、格好いいな、大人だな、と俺は心から尊敬していた。


 朝市がおもむろにタブレット型パソコンを渡してきた。慌てて荷物をデスクに置いてそれを受け取る。タブレット画面には、随分古い雑誌の記事が表示されている。37年前の、とある事件の記事だった。


「誘拐事件?」

「小郡椿さんの姉の娘、つまり姪な。昨日、その子が14歳の時に突然失踪したって話を俺にしてくれたんだよ。だから、少し調べてみた。そうしたらこんな記事が出てきた。姪の環さんは、8歳の時に誘拐された過去がある」

「えっ」


 驚きの声が漏れた。視線をタブレットに落とすと、記事には≪病院経営者宅に強盗が侵入。先代病院長殺害!孫娘誘拐!≫と、まるでキャッチコピーのような見出しが躍っている。

 内容をざっくりまとめる。事件当日、小郡家には環さん、環さんの両親と弟(4才)、祖父の計5人が在宅していた。普段は小郡夫妻と子供2人の4人暮らしなのだが、その日は仕事の話が長引いたため、先代病院長で、椿さん姉妹の父親・重和さんは娘宅に宿泊していた。

 事件が起きたのは家族が就寝したであろう深夜一時頃。秘かに破られた窓ガラスを侵入経路とし、覆面を被った3人組の男が金銭強奪目的で押し入った。土砂降りの天候も味方したのか、家族はすぐ異常事態に気づけなかった。しばらくして物音に気付いたらしい重和さんが運悪く強盗たちと出くわし、強盗は所持していたナイフで重和さんを刺殺し、他の家族に通報されるのを防ぐためか、はたまた更なる金銭略取目的か、長女の環さんを人質に取り、逃走した。逃走後の犯人から身代金要求の連絡が夫妻の元にあり、環さんの身を案じた夫妻は、娘に危害を加えない代わりに警察には通報しないと約束し、要求通りの金銭を渡した。一人の人間の命が奪われ、幼い子供が誘拐されるという悲劇的なこの事件に救いがあるとすれば、それは環さんが無事に保護されたという点に尽きる。


「ネット上の噂でしかないけど、・・・夫妻は犯人との約束を守るためか、環さんが戻るまでの間、警察を含め、椿さん達にも一連の出来事を一切明かさなかったらしい」

「え、重和さんの遺体は?」

「重和さんの遺体は、経営している病院の霊安室に隠して、周囲には「孫の環と旅行に行った」と嘘を吐いていたらしい」

「えっ嘘だろ!?」

「な、やばいよな、普通じゃない。しかも、環さん自らが通報して保護を願い出たことで初めて事件が明るみになったらしい」

「え?環さんが無事解放されて通報したってこと?犯人は捕まったのか?」


 タブレット画面を指で引き延ばして犯人逮捕の文字を探すが、目が滑ってしまい、この事件の結末が見つからない。必死な俺とは対照に、昨晩調べつくしたのだろう朝市は冷静だ。


「結論から言うと、金持って逃げる際中に事故起こして犯人達は全員死んだ。一旦は人の住んでいない山奥の廃屋を根城にいたけど、火事起こして、慌てて車走らせて運転ミスしたらしい。火事の際に環さんは置いていかれたんじゃないかってのがネットの定説。実際、山火事も犯人死亡も事実で、鎮火に消防も出動したし、30キロほど離れた路上で男3人が乗る車が死亡事故を起こしたことも警察は認知してたんだろうけど、夫妻が頑なに秘匿してくれたおかげで火事と事故が結び付かなかったんだろうって見解が主流みたいだけど、」


 そこまで滑らかに話していたのに、ふいに言葉が途切れた。「だけど?」と続きを促すが、朝市は変わらず黙ったまま。表情は険しい。一呼吸して再び朝市は話し出す。


「環さんが保護されたのは事件発生の16日後、犯人が事故で死んだのは誘拐から2日後らしい」

「え?どういうこと?」

「山奥と言え、犯人達が根城にしていた廃屋から2キロ下には民家もちらほらあったようだし、実際その付近の公衆電話で彼女は通報している。でもそれじゃあ、環さんは2週間近くひとりで、どこで何をしていたのか。樹、どう思う?」

「ど、どうって・・・」


 火事を起こした廃屋に留まるのは不可能だろうから、監禁場所は廃墟ではなく別の場所?山を迷い歩いていたとか?いや、8才の女の子が2週間近くも山の中で生き延びられるとは思えない。2キロ下に民家があったのなら、子供の足でも辿り着けるし、すぐ助けを求めてもいいだろうに。やはり、助けを求めることのできない状況下に置かれていたのだろうか。


 朝市の関心は事件そのものよりも、空白の14日間にあるようだった。どう思う?と問われたが、良い回答が浮かばずにタブレットとにらめっこ。無意味に画面上を滑る指。けれど、朝市の「家に帰りたくなかったのかもしれないな」と呟いた台詞で、思考も指先も停止する。環さんは自らの意思で、その場に留まった。朝市はそう考えているんだ。


 放課後の教室や校庭、公園のベンチ、商業施設の店内で、何をするでもなく座り込んでいる小学生時代の朝市の姿が脳裏に浮かぶ。児童養護施設で育った朝市は施設に帰りたくなくて、そうやって時間を潰していた。いつからか俺もそれに付き合うようになり、次第にうちで一緒に夕食を食べたり、休日を過ごすようになったのは小学5年くらいだったっけ。朝市は俺にとって兄弟同然で、どちらが兄なのかという議題が仲間内で度々上がるが、俺は朝市の方が兄らしいと思っている。朝市は俺の方が兄だと言う。「お前の方がしっかりしている」「気遣いができる」と、互いを褒め合っては仲間から揶揄われる。

 もし人間の種類がカテゴリー別で区切られる世界だったら、きっと俺達は別々の箱の中に入る。一時疎遠になった時期もありはしたが、もうすぐ29歳を迎える今現在も俺達は親友であり、兄弟である。


 ――環さんは12日以上も一人でどこにいて、何をしていたのか。

 昨日父から聞いた話と同様、真実は闇の中。きっと、環さんはもう戻らない。俺達に出来ることなど何一つない。

 そっとタブレットをデスクに置いた。

 さあ、仕事を始めよう。

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