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君の手のひらで踊りたい。  作者: 田邑綾馬
第Ⅲ章 転

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full moon(二)

「ああ、そうだ、カオスと言う神の力を破ったという代物、おそらくそれは神器だろう。神々が日本の土地に来て間もない頃はそういった物の管理が甘く、軽々しく人間に譲渡していたと聞く。憩さんはその内の一つ、特に強い力の宿る物を見つけ出して隠し持っていたんだろう。彼女にとってそんなの朝飯前だ」


 うんざりした表情と棘のある物言いに、水村と珊瑚は思わず肩を竦めるのには訳がある。彼らが、百合の言う『管理が甘く、軽々しく人間に譲渡した側の神』だからだ。人間に同情し、安易に力を貸した過去がある。悪用されてはいないが、今思えば思慮が浅かったと反省している。


「まだ何か隠し持っているかもしれないな。彼女には隠す場所も協力者もいくらでもいる」


 顎に手を添えて、独り言のように呟く百合に、珊瑚が反応した。「協力者って誰ですか、佐藤以外にいるんですか」と。


「協力者はなにも神だけじゃない、人間がいる。確実に一人、心当たりがいる」

「え!憩ちゃんがその人間に神の存在バラしてるってこと!?」


 キンッと耳に響く高い声を発しながら、カウンターからこちらへ駆けてくる珊瑚を百合は心底うっとうしそうにする。さらに彼女は「私そんなの聞いてないんですけど!?」と食ってかかった。


「神の存在をバラしているかどうかは知らんが、自分の能力を打ち明けていても可笑しくはない。「自分は生まれ変わりを繰り返している人間である、相手の正体を見抜く力を持っている」と。一つ二つ、知り得ない情報でも与えてやれば、彼女の発言を信じる人間もそれなりにいるだろう」


 憩に人間の協力者がいる。この場にいる人間3人は複雑な感情を抱いた。自分はそれに選ばれなかった、憩から信頼されていないという劣等感。そして、それに選ばれた人間への羨望と嫉妬、その人間はさぞ優秀なのだろうという期待。

 人間達のそんな思いを感じ取ったのか、百合は心当たりの人物について語り始めた。が、すぐに水村と朝市の横やりが入り、語りは一時中断されることとなる。


「あれは僕が橋本家で書生と偽り暮らしていた時のことだ」

「え!百合さんが橋本家で書生!?――はっ、もしかして、事件後に消えた書生って百合さんのことですか!?てか、そもそもなんで書生?その頃から塩田を監視してたんですか?」

「いや、違う違う!全く別の事情!きっかけは僕なんだよ。いやね、今から200年くらい前に、僕は当時の憩ちゃんと会ってるんだよ」

「え!」


 水村の突然の暴露に、人間3人は目を丸くし、驚き声を上げる。


「最初に会ったのは未来君だったんだけどね、当時の僕はまあまあ良い家の子どもだったんだけど、事情があって軽くハブられててね、家庭内に居場所がなくて、知り合いの神とも連絡が途絶えて、百合さんもどっか行っちゃうし、とにかくぼっちだったんだ。そこへ偶然、タニグクが同じ町に住んでいることを知って、それまで彼とは面識もない間柄だったけど親しくなった。その流れで、憩ちゃんとも知り合った。当時は千代という名前で、未来君とお千代さんはお医者さんをしていて、町の人から随分と頼りにされて人気者だったよ。僕も彼らの診療所によく出入りして、結構楽しく過ごしていた。その時も未来君たちは夫婦に思われていたけど、「共同経営」だの「友人」だの言っていたっけ。その時も身寄りのない子を育てていたよ」


 そこで滑らかな口を噤み、やや声のトーンを落として続きを話し出した。


「――まあ、お千代さんが死んで、2年も経つと、診療所を閉めて未来君はいなくなった。子供達はもう大きくなっていたし、その子達にお金を残して消えちゃったんだ。次に会ったのは20年後。僕はお千代さんを失った未来君が心配で、彼を探していたんだ。見つけた時は仕出し屋で料理人やってた。その店の娘さんと仲がいいようで、とても生き生きとして、楽しそうに過ごしていたから、僕は肩透かしを喰らった気分だったよ。だって、あんなに大切にしていた人間を失ってまだ20年なのに、まるでお千代さんを忘れたように笑っている。正直、薄情で、移り気だと、未来君の性根を疑いもした。まあ、それ自体が悪いことではないし、複数の妻や夫を持つ神は大勢いるから、必ずしも神が一途とは言えないんだけどさ。 ・・・でも、違和感だったんだ。あの未来君の口からお千代さんの名前すら出ないことが、お千代さんに接するようにその子に優しくするのが、すごい違和感だった。さらにその子が亡くなって、十数年後にはまた別の女の子のそばにいた。もう気が多いって話では済まないような気がして、ついにそこでツクヨミに未来君の話をしてみたんだ」


水村が隣にいる百合ツクヨミにちらりと視線を向けると、彼は答えるように浅く頷き、当時の自分の発言を再現する。


「本当に冗談で、「全員同じ人間だったりしてな」と言ったんだ。それを蛍が真に受けた」

「潜入調査してやるって言い出したのツクヨミじゃないですか!」

「暇だったからな。それで僕は、佐藤が文通している人間の家に書生と潜入した。それが、橋本家だった」

「え、そ、そこで分かんなったんですか?憩ちゃんが生まれ変わりを繰り返している人間だって」


 そこで、びたっと百合と水村の挙動が止まった。乃愛の直球の質問は図星だったようで、彼らの心臓にクリーンヒットした模様。


 そうなのだ、潜入調査までして結果、百合は橋本優子がどういう存在か突き止められなかった。そもそも生まれ変わりを繰り返しているのならアマテラスが関わっているはずだが、事情を知る由もない百合が優子の正体にたどり着けるはずもなく、かと言ってアマテラスとは連絡手段がなく、その側近たちも行方知らず、あるいは自死して消滅と言う有り様。よって、百合のみで優子の正体をのんびり探っていたものの、これといった根拠は見つけられず終わった。しかし、橋本家の家業と、それを娘の優子がフォローしていたことはすぐ勘付いた。


 橋本家で起こった悲劇について、昴と乃愛より予備知識がある朝市はテーブルに身を乗り出す勢いで喰いついてきた。星野光子と深く関連している事柄だから、なおさら知りたいのだろう。


「えっ、そっちは知っていたんですか!?」

「ああ、そっちはすぐ分かった」

「知っていて放っておいたんですか!?」

「放っておく?」


 質問の意図が分からない、といった風に首を傾げる百合に、少々苛立った口調で朝市は問い直した。


「だから、危ない情報のやり取り?売買?をしていたんですよね?止めなかったんですか?国を守るためにしていたとも噂では聞きましたけど、結果、星野さんのお父さんと優子さんは死んでいる。誰かに殺されたんですよね?」

「あれは自殺だ」

「え」

「先に森二が死に、優子が後を追った。優子は父親の死を利用し、親子の無理心中を装って、秘密を知る人間は全員死んだと外部に思わせたかったんだろう。その際に子飼いの書生に今後のことを託し逃げしている。君が言っていた消えた書生というのは、根津ねずきよしという男だ。おそらく、根津が憩さんの協力者」


 自分自身と握手をするように、膝の上で、細く長く美しい両手のひらを合わせる。それから左手で右手を摩るような仕草をする。百合の癖なのかもしれない。

 手を摩りながら、当時を懐かしんでいるのか、憂いを秘めた瞳をして百合が語る話に、人間達は再び閉口する。もう、軽々しく感想を述べていい話ではないし、これといった感想も出てこない。まるで小説の中の出来事のようで、いまいち現実味を感じられない。


「今も根津が生きているとすれば80を超えているが、たとえ彼が死んでいたとしても、今度は根津の部下たちがいる。その者達が憩さんに協力するだろう。どの道、憩さんには動かせる人間がそれなりの数いるということだ。――ああ、浜松町で発生した爆発事件で使用された爆弾だが、あれはもしかしたら根津が作製したものかもしれない。あの夫婦にあんな精度の高い爆弾を作れたとは到底思えない。根津は、特別優秀な理工学部生だった」


 そこで一呼吸を置き、「ああ、それと」と、まだ話は続いた。淡々と語る百合の顔つきからは感情が読み取れない。人間っぽくない、ああ人間じゃないもんね、と乃愛は心で思った。


「それと、朝市君の言う「止めなかったのか?」と言う台詞の意味を、僕はよく理解できない。いや、言いたいことは分かる。君はきっと「そばにいたのになぜ森二と優子を助けなかったのか?危険から遠ざけ、守ってやらなかったのか?」と言いたいんだろう」


 その通りだったので、朝市はこっくり頷いた。まるで操られているように頭が上下したので少々驚いた。


「しかし、僕は神だ。人間のすることにいちいち口出しも手出しもしない。そんなこと、する意味がないし、する必要もない」

「でも、あなたは神様じゃないですか」

「僕らと人間の『神』の定義がそもそも違うからこういう無駄な議論が起きるんだ。君達が定義するそれは神ではなく宗教だ。前も言っただろう、我々は人間のために存在していない、君たちは勝手に産まれたんだ。君たちを救うこと、罰することは我々の責務じゃない。実際それをやっている神がいるとするなら、それはその神の単なる趣味、暇つぶしに過ぎない」

「百合さん、」


 無表情で冷たい台詞を吐き続けるので、ついに水村が止めに入った。そのタイミングで、乃愛の目からは涙が零れる。ぽろっと。言い過ぎたと思ったのか、さずがの百合も罰が悪そうに瞼を伏せる。


 重い沈黙が数秒流れたのち、寂しそうな、苦しそうな、いつもとは違う頼りなげな声音で昴がこう呟いた。


「でも、塩田のことは、神が勝手に巻き込んでいるじゃないですか」

「ああ、そうだ」


 間髪入れず、これまでにない熱の籠った応答が返ってきたからか、人間達は重い頭を上げて目の前の神を見つめる。


「神が、下手に人間に手を出したからこういう事態になった。だからこそ、我々は全てを知らなくてはならない。彼女が何を思い、何に苦しみ、何を望んでいるのか。僕らは、そのすべてを知らなくてならない。たとえどんなに恨まれ嫌われようが、彼女を産んだのは他ならぬ僕らなのだから、きちんと受け止めるべきだ」


 人間達には、そこでようやく百合の顔つきに感情が乗ったように見えた。後悔だとか、己の無力さを痛感しているような、それでも諦めずに、己を鼓舞しながら進もうとする、そんな人間らしい葛藤と矛盾にまみれた顔だった。


 神の難しい事情は、人間には分からない。遠い昔に起こってしまった出来事も、何不自由ない時代を生きる自分達には判断できない。憩の苦しみも憎しみも、彼女だけのものであって、同じ人間であっても理解するなど到底不可能。 それでも今、この神はこの神なりに、憩と向き合おうとしている、それだけは信じられた。


 夜の月が天高く昇った頃、人間達の精神的体力は限界を迎え、今日はもうこれでお開きにすることに。

 席を立ち、鞄を持ったところで思い出したように乃愛が「あっ」と声を漏らし、立ち止まる。百合に向け、本日最後の質問を投げかけた。


「あの、オモイカネさんが憩ちゃんに力を授けた理由はあるんですか?」

「ああ。自分の力が、その後の彼女の助けるように。オモイカネは、アマテラスの判断に反対した神の一柱だ」

「最初に力を授けて以降、憩ちゃんとの接触はないんでしょうか。何か知っていそうな立ち位置の方ですけど」


 答えにくい質問をしたつもりはなかったが、神々は顔を見合わせ、苦虫を嚙み潰したように顔を顰めている。


「面会に行ったが、これといった回答は得られなかった。あいつも何かを隠しているのは事実だろうが」

「面会?」

「オモイカネは今、人間を殺し、刑務所にいる」


 人間達は絶句した。本日、何度目か分からない衝撃だった。

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