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君の手のひらで踊りたい。  作者: 田邑綾馬
第Ⅲ章 転

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MONSTER(二)

 歌舞伎の舞台が無事終了し、拍手や人々の歓声が広い会場に充満する。神々も満足したようで、嬉々とした表情で拍手をしている。

 俺達にとっても初の歌舞伎観劇で、その迫力と非日常体験に気分は少し高揚していた。


「実に素晴らしかった!ほかの演目もぜひ見てみたい。またチケットを取ってくれ、スバル」

「別にいいですけど、普通に誰でも買えますよ」

「面倒だからやってくれ」

「よくそれで人間生活やれてますね・・・」

「まあ何とかやれている。それより、気付いているか?」

「はい?何をですか?」

「後ろの方、イコイがいるぞ」


 まだ舞台の方に身体を向けたまま、カオスは平然とした声でそう言うが、一瞬何を言われているのか分からずプリーズしてしまった。

 いこい?塩田憩のことか?塩田が後ろの方にいる?ここに?・・・まさか!

 カオスの言葉を理解すると同時、肌が泡立ち、ざあっと全身に寒気が走っていく。慌てて振り向き、会場内を見渡すが、未だそこは人の海。興奮冷めたらぬ人々のざわめきに集中力が削がれ、なかなか目的の人物を見つけ出せない。

 乃愛と朝市も慌てて席を立ち、後方をきょろきょろと探る。


 塩田がこの会場にいる。理解した途端、脈が飛び、なぜか鳥肌が立った。恐れにも似た感情を抱いてしまったのだ。まさか、友人をこんな気持ちで探す日が来るなんて。


 人の海の中から、すらりとした手が天に伸びた。その手はひらひらと左右にゆらめいている。そこへ目を細めて焦点を合わせると、本当にそこには塩田がいた。

 塩田はにこにこ笑っていて、公演後と言えど会場内であるのにこちらまで届くくらいの大声で「おーい、ここ、ここ!」と自身の存在をアピールしてきた。すくっと立ち上がった塩田は余所行きの派手な化粧をしていて、目を引く紫色のスーツを着用している。おまけに黒いサングラスまで掛けて、控えめに言って目立ちまくりである。(塩田はスーツスタイルを好む。それもクラシカルで個性的なやつ。よく似合っている。)


 だが、少し変だ。一般認知度の高い塩田が目立つ格好をして大声を出しているにもかかわらず、周囲の誰も彼女を見向きもしていない、気にしていない。あんなに目立っているのに、なぜだ。この疑問の答えはカオスがくれた。「わたしの力を使って空間を区切っている」と。加えて、「まさか向こうから来るとは思っていなかった」と、塩田を捉えるその瞳は爛爛らんらんと輝いている。


「みんな奇遇だね!こんなところで会うなんて」


 奇遇?偶然ってことか?あり得ない。俺でもそう考えるのだから神は尚更だ、隣でカオスが喉を鳴らして笑うのが恐ろしい。


「き、奇遇って、有り得ないだろ。俺達が今日ここに来るってどうして知ってるんだ」


 同じ空間にいて、もう対面してしまっているとは言え、なるべく神と塩田を接触は最小限にした方がいいだろうと、神々を差し置いて返事をする。

 それなりに距離があるのに、互いの声が妙にはっきり聞こえた。顔もさっきよりはっきり目視できる。神の作り出した空間にいるからこその現象なのか、特殊なレンズを覗いてるような、不思議な感覚だった。


 塩田はとぼけるだろうと思っていた。「いやいや偶然、たまたまだよ」とかなんとか言って。でも、違った。はっきりとこう言った。


「そうだね、奇遇は嘘。3人を付けて来たんだ。歌舞伎もね、上の自由席にいて、今ここに降りてきたの。小野君達に伝言をお願いしたくって」

「伝言?」

「百合さんたちに、聞きたいことがあるなら直接、私の所に来いって言っておいて。私は逃げも隠れもしないから。なかなか居所を掴めないから伝えてほしい。皆も巻き込まれて迷惑してるでしょ?神様なら自分で答えを探してみろって言ってやりなよ」


 絶句する妹と朝市の意見を聞くまでもなく、”そんなの言えるわけないだろう”が俺達の総意。

 二の句が告げないでいると、モシュネが弾んだ声音で言った。


「ねえねえ、サングラス外してよ!」


 モシュネの意図が分かる俺達は、思わず身を乗り出して届くはずもない塩田へ手を伸ばす。ダメだ、見られてしまう。乃愛なんて両手でバッテン作り、ぶんぶん首を振っている。

 俺達からのNGサインに気付いているはずなのに、サングラスのテンプルに細い指をかけ、躊躇なく瞳を神の前に晒してしまう。

 なぜか俺が目を瞑ってしまう。何が起こるのか恐ろしいし、塩田の『本当』を知るのも怖い。身を固くしながらモシュネの反応を待つが、いつもの愉快そうな笑い声も軽口も聞こえてこない。恐る恐る彼を見上げると、意外や意外、眉を顰め、険しい思案顔をしているではないか。


「君、目の中になにか入れてるね。コンタクトじゃない」

「ああ、ICLって知ってます?目の中に直接レンズを入れる手術をしたんですよ」

「え!いつ!?憩ちゃんそんな視力悪かったっけ!?」

「夏の初めに。新宿に良い病院があって、まあ、タイミングが合ったからやったんだ」


 びっくり仰天といった風に乃愛が会話に割って入ると、ピースサインを作ってさらり答える塩田。彼女は終始楽しそうに笑っていて、その態度と口調からは余裕が感じられた。余裕が無くなったのはモシュネの方。感情が抜け落ちた無の表情で塩田をじっと見つめ、淡々と問い詰める。


「イコイ、君は僕の能力も知っているんだね」

「なんのことですか?」

「とぼけなくていい。君は情報を得る力をまだ有している。それとも、記憶を失う前の自分から何か指示を受けているのか?」

「受けていません」


 間髪入れず、突き放すように言い放つ。そこで、会話は一度途切れた。数秒間、塩田と神のにらみ合いが始まってしまった。

 相手が神だと分かっているはずなのに、あまりにも反発的なその態度にこちらの肝が冷える。やめてくれ、刺激するな、穏便に対応してくれ。


 空調の効いた会場内にいるのに、全身にぶわっと汗が浮かぶ。加えて、微弱な電気が肌の上を走っているかのように、なぜか肌がピリピリする。場がどんどん緊迫していくのが分かる。風船に挿入する空気が容量を超え、破裂するのを今か今かと緊張しながら待つ中、破裂を待たずに風船に張りを刺したのは、やはり塩田だった。

 塩田の吹き出し笑いが、空間を破裂させる。


「あはは!私の発言が嘘かどうか、神様なら分かりますよね?私は、過去の私から指示など受けていないし、別に何も企んでませんよ。どうですか?私は嘘ついてますか?」


 その声はよく通った。胸に手を当て、妙に演技かかった言い方。あっという間にこの場の主導権を奪い、主役に躍り出た。俺達人間は脇役兼ねた観客、神々は準主役、まるで舞台を見ているようだった。

 塩田を見つめたまま何やら考え込んでいるモシュネは閉口し、カオス・リオネルも黙ったままでいる。そんな神々の有り様に、満足したように満面の笑みを浮かべる塩田は、左右に身体をゆらゆら揺らして、神々を煽るように言葉を続ける。


「あれ?あれあれ?嘘じゃないから動揺してます?そうですよね~、神様は”知らない”ということに慣れてないから。人間に反抗されることもまずない。あ、いやでも、あなた達は日本に住む神様よりは耐性があるのかな。()()()()()()でしょう。小耳に挟んでますよ~」


 耳に手を当てるジェスチャーをして、神々をおちょくる。俺は恐ろしくて隣を向けない。ただただ早くこの時間が早く終わることだけを祈る。俺の祈りが届いたのか、「あ、そろそろ仕事に戻らないと」と、高そうな鞄を持ち、席と席の間をすいすい横へ移動しながら結びの挨拶をする。


「それじゃあ、そういうことで。3人、あとはよろしく。巻き込んじゃってごめんね。海外に住む神様方、日本をどうぞ楽しんで。いずれまた!」


 ばたばたと階段を上がると、階段の中腹で立ち止まり、おもむろに鞄から何かを取り出した。ここからでは取り出したそれがなんであるか確認できない。それがとても小さくて、得体が知れなくて、目を凝らして塩田の次の行動を待っていると、なにもない空間に、振り上げた拳を振り下ろした。謎の動作に首を傾げるが、次の瞬間、なんと空間に裂け目が生まれたのだ。まるでカッターで紙を切り裂いたように、気持ちいいくらいの切れ味でスパッと。そしてその切れ目はぐわんぐわんと揺れ、人が通れるくらいの大きさに口が開いていく。裂け目から見える向こう側は、この会場と、会場を去る人々が見える。その裂け目をくぐり、塩田は最後にこちらへふり向き、怪しげに笑うと、人々に紛れて去っていった。


 説明されずとも、カオスが作った空間から出て行ったのだ、と分かった。人間が自力で脱出できるとは考えにくいから、塩田は何かしら裏技を使ったのかもしれない。(裏技についてはぜひ説明も求む。)


 塩田が去った後、最初に口を開いたのはカオスだった。


「ふむ。彼女は神の道具も所持しているな。わたしの力を跳ねのけるくらいの代物を。いやはや、油断した。まさか彼女の方から我々に喧嘩を売りに来ようとは、想像もしていなかった」

「え!?いや、道具云々は知らないですけど、喧嘩を売るつもりとか、そんなんじゃないと思いますよ?歌舞伎鑑賞のついで的な?挨拶しに来た的な?」


 友人を守りたい朝市は弱々しくフォローする。けれどあまりに弱々しく適当で、自信なさげである。朝市自身、塩田は喧嘩を売りに来たと考えているのだろう。


「彼女の言う通り、あの言葉に嘘はない。けれど、悪意や敵意もない。無邪気で、好奇心に溢れている。まるで子供だ」

「そうだねぇ。やー、目ん玉にレンズかぁ、嫌な時代になったもんだよ。コンタクトならまだしもさぁ。まあ、他の方法で記憶を見る方法もあるけど、色々手間がかかって面倒なんだよなぁ。まず、僕が管理している川の上流の水を採取して、それをイコイに飲ませて、それから生き血を採取してぇ、それから、」


 してやられた側のモシュネは苛立った様子で、ややこしくも恐ろしい台詞をぶつぶつ呟き、髪が乱れるのも気にせずに頭をがしがし掻いている。苛立ってはいるものの、怒ってはいないようで一安心する。が、ここで、主張控えめなリオネルが攻撃的な発言をするので、心臓が嫌な跳ね方をした。


「彼女はまるで、モンスターですね」


 さすがにそれは言い過ぎだと反発しようとしたが、カオスが先に喋り出したので、言葉を無理やり飲み込む。


「君たち、前に聞いてきただろう。イコイはなぜ生まれ変わりを繰り返しているのか、と」


 そろそろ会場から退出しなければならない。出口へ進むカオスの後に着いて歩き出す。

 彼女の小さな背を追いながら、言葉の続きを待った。


「この間会った神々は、イコイの話をしている時、強烈な罪悪感を放っていた。罪の意識を持っている、と言っていいだろう。それから、恐れも。そしてそれは彼らだけではなく、日本に住まう多くの神々が憩に対し、共通して抱いている感情なんだろう。分かるか?たった一人の人間に、八百万やおよろずの神々が戦慄わなないている。これは、異常だ」

「あの、一体なんの話ですか?意味が分かりません」


 回りくどい上に要領を得ない物言いに、つい苛立ち、棘のある口調になってしまう。

 会場を出て、むわっと暑い空気を纏うとその苛立ちは余計に増した。額に汗する人間達とは違い、暑い暑いと口にしながらも神々は涼しい顔をしている。

 信号で立ち止まったところで、ようやく核心に触れてくれた。


生贄いけにえだ。イコイは、神々に生贄にされた経験があるんだろう」


 聞きなれない、言い慣れない、古めかしい単語に俺達3人は再度フリーズした。

 ―‐いけにえ?ああ、生贄か。え、生贄ってなんだっけ。どういう意味だっけ。

 

「人間が神の怒りを鎮めるために生贄を捧げるという事例があるだろう。神同士でも稀にやることがある。我を忘れた神は魔物も同然なんだ。空気は汚れ、大地は枯れ、不幸を呼ぶ。その怒り、発するマイナスな気を静めるために命を差し出す」

「に、人間を生贄にするんですか?神が神に対して?」

「そうだ」


 話に付いていけず押し黙る俺と朝市と違い、乃愛はどんどん質問を重ねていく。


「憩ちゃんが生贄?神様によって神様に捧げられた?」

「おそらくそうだろうな。楽だろう、複数の生贄を用意するより、ひとりの人間にずっと犠牲になってもらう方が。タイパもコスパもいい。彼女は運悪くそれに選ばれてしまった。神の誤算は、彼女が前世の記憶を維持したまま生まれ変わってしまったこと。そして、自らの身に起こっている悲劇の原因にたどり着いてしまったこと。可哀想にな、救いのない世界で縋れるのは唯一神だけだというのに、その神が元凶とは」


 ”可哀想”と言うくせに、その口調はどこまでも他人事といった風で、感情がこもっていない。けれど無感情になっているのは俺と朝市も一緒だ、カオスの言っていることが理解できず、相槌も質問もできない。

 暑さからなのか、現実離れした話のせいなのか、足元が不安定にぐらぐら揺れている気がする。


「日本に住まう神々は、イコイに復讐されるのを恐れている。本来であれば人間一人に手を焼くことなどない、けれど彼女へ負い目があるからこそ、強く出られない。だって、この復讐には正当性があるからね。彼女をモンスターにしたのは、神だ」


「これ以上の事情は、日本に住まう神に聞くといい」と、これでこの話は終わりとばかりに言い捨てて、カオスは高級ブランド店の前で止まった。ドアマンがすかさず重そうなガラス張りの戸を開け、彼らを招き入れる。ドアマンに優雅な笑みで答え、神々は颯爽とした足取りで涼しく清潔な店内へ入っていく。

 その様子が不思議と、まるでスローモーションのようにこの目に映った。この光景と、先ほどまでの話の落差が大きすぎて、俺の頭は可笑しくなったみたいだ。


 今は令和で、ここは銀座で、俺達は歌舞伎鑑賞の後で、Tシャツ一枚が数万もするブランド店にいて、店員に恭しく接客されていて、だけど塩田は生贄で、ずっと生贄にされていて、それはきっと痛くて怖いことのはずで、誰に知られることもなく今日という日まで生きてきたわけで。

 落差が大きすぎて、俺の頭は可笑しくなったみたいだ。滲んだ視界の中、楽しそうに服を見繕う神々が恨めしく思えて仕方ない。どうして、塩田がそんな目に遭っていたと分かって笑っていられるんだ。神様のくせに、神様のくせに。――憎い。

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