ひとつの真実(二)
「俺達以外、全員神様」
小野家の6畳ほどのリビングに、人間三人と、神四柱が密集。あまりにカオスな状況に、俺はとにかく戸惑った。動揺した。空気は最悪だった。小野兄妹は警戒した様子で、飛鳥君も険しい顔だ。
海外勢の神はニヤニヤと意地悪気に笑っていたり、オロオロしていたりと様々。
どうやってこの状況が生まれたのか、昴が簡単に説明をしてくれた。昴を追って海外勢の神がやってきたこと、不法侵入してきたこと、一緒に歌舞伎を見に行く約束になっていること、飛鳥君は神であること。
「あ、飛鳥君、神様だったんだ」
「黙っていてすみません」
「いや、うん、それは隠すしかないよ、うん、しょうがない」
馬鹿正直に正体を打ち明けられても困るし、誰も信じないだろう。
飛鳥君は昴の救助要請を受けて駆け付け、海外勢の神と対峙しようと向き合ったところで俺がやって来たらしい。タイミングがいいのやら悪いのやら。
俺を出迎えた男・モシュネ、幼い女の子・カオス、居心地悪そうにする男・リオネルも見た目は普通の人間だ。見目麗しい、ただの外国人。こんなにもナチュラルに人間に神が混じっているなんて、未だに受け入れられない。
「君が例のヒーロー・アサイチだな。ニュースで見た、立派だぞ」
フランス人形のような愛らしく気品ある姿と、貫録を感じさせるハキハキとした口調に違和感が盛大に仕事をしている。子供が無理して大人っぽく振る舞っているのではない、これが彼女の素なのだろう。
言語は英語だったが、聞き取るくらいなら出来る。小さな彼女に褒められ、「いやいや、別に、大したことしてないです」と日本語で日本人らしく謙遜しておいた。
そこで飛鳥君が遠慮がちに挙手した。彼も日本人らしい日本人だ。(神様だけど。)
「すみません、俺、英語よく分からなくて」
俺もだよ、と言おうとするのを、モシュネの嘲笑めいた声に遮られた。
「ええっ、君、神のくせに英語も喋れないの?」
モシュネの口からは、発音こそまだ不安定だが、しっかり聞き取れる日本語が飛び出した。これには俺も驚いた。神は多言語を操れるのか。
俺達が驚き顔になる一方で、飛鳥君は膨れ面だ。そりゃそうだ。馬鹿にされたようなもんだ。俺自身、日本の神を貶されると間接的に自分を貶された気になって、思わず眉根が寄った。
「日本が長いもんで」と、飛鳥君がぶっきらぼうに返してもモシュネはどこ吹く風。からかう口調をやめない。たぶんこの神はこういう性格なんだな。
「まあ、君たちは仲間が多いから外に出ていく必要ないのか。地球に来るのも遅かったし、島国にしちゃったし、仕方ない部分もあるよね。でも英語は喋れた方が良いよ?」
「お気遣いどうも。それより、昴さん達に絡むのやめてくれませんか?こうやって不法侵入なんて以ての外」
「もってのほか?」
「とんでもない、有り得ないって意味です」
「でもしょうがないじゃん?気になるんだから」
「こちらの問題なので、こちらで解決します。干渉は控えてください」
「乗りかかった船じゃん~」
「乗せてません」
「だけど、彼はもう薄々勘付いてるみたいだよ?」
モシュネは俺を見ている。すると彼につられるように、その場の視線が一気にこちらへ集中する。たじろいだ。
「アサイチ、君はもうなんとなく分かってるよね?」
さらに追加で問いかけられ、じいっと見つめられ、居心地はさらに悪くなる。目は泳ぎ、不必要に眉を掻き、絞り出した「な、なにをですか?」の声は上擦っている。
彼が何を言いたいのか、なんとなく分かっている。でも、認めたくないのだ。出来れば違っていて欲しい。だって、俺の空想が当たっていたら、事態はさらに混迷してしまう。俺達の手にはもう、到底負えないゾーンへ突入してしまうから。(元から手に負えないけど。)
俺の拙い抵抗空しく、モシュネは続きを口にした。けれど、直接的な物言いはしない。
「シオタイコイには前があるってことだ。ああ、前科があるということじゃないよ。アサイチにはあるみたいだけどね」
「おや、そうなのか。意外だな。アサイチ、モシュネは瞳からその者の記憶を見る。よって、君の過去は彼に筒抜けだ」
「え!!」
「いや、朝市の前科の話はどうでもいいです。塩田の前って、なんですか」
「どうでもいいってそんな・・・」
「ああ、だってそうでしょ?客観的に見て、物事が短期間に起こり過ぎてる。彼女が赤ん坊の頃にオモイカネという神から力を授かる。時期は不明だがサトウと言う神と出会い、親睦を深める。生きる目的とやらが生まれ、おそらくその目的を果たすために神を欺き記憶を消させる計画を立て、実行に移し、見事成功する。これ、たったの20年くらい出来事でしょ?普通の人間に出来る芸当じゃない」
「つまり?」
「つまり、彼女には前世がある。おそらく、複数回は生まれ変わっている」
苛立ったように「つまり?」と先を催促した昴だったが、さすがに言葉を失っていた。
ああ、俺の空想は当たっていた。当たってしまった。
飛鳥君は額に手を当て、天を仰いでいる。その目は固く閉じられ、全身から疲労や落胆を漂わせている。なぜ言ってしまうんだ、と言いたげだ。
一方、フライパンを抱えたままの乃愛ちゃんは、意外や意外、合点が入ったと言わんばかりに小さく頷いている。
「そうか、そっか。憩ちゃんが神様から力を授かったのは28年前じゃない、佐藤さんと憩ちゃんが出会ったのも、ずっとずっと前。連携不足の神様達は、つい最近そのことを知ったんだ。だから慌ててる。そっかぁ、憩ちゃんは何回も人間やっているのか、そりゃあんなにも達観しているわけだ。え、でも、人間は生まれ変わるんですか?それとも、そういう能力を持つ神がいるんですか?」
その問いにはカオスという神が答えた。
「ノア、君は話が早くて助かるよ。結論から言うと、他の動物同様、人間は生まれ変わらない。輪廻転生は君たち人間が作り出した概念、あるいは願望だろう。そして、神の中には生き物の寿命を極端に伸ばしたり、生まれ変わりに近い状態に持っていける神がいる。まあ、命を司るわけだから、相当高位な神に違いない」
「アマテラスです」
ここで、飛鳥君が重い口を開いた。
カオス達ではなく、俺達に向かって話しかけているのが分かった。彼は、俺達に対し、すまないと思ってくれているのだ。巻き込んだことも、情報を制限して伝えていることも。
「俺も知らなかった組ですが、そんなことが出来るのはアマテラスだけです。アマテラスの『留魂の契』であれば、人間が想像する生まれ変わりに最も近い状況を再現できる。実際、憩さんにそれを行ったと証言は取れてます」
「なんでそんなことをする必要があったの?」
乃愛ちゃんからのもっともな質問に、飛鳥君は答えない。彼は俺と同じで口が上手い方じゃないし、気持ちがすぐ顔に出る。こういう場面は苦手だろう。
懸命に適切な言葉を探す飛鳥君に、こちらが居た堪れなさを感じていると、さっきまでどちらかと言うと敵のように振る舞っていたモシュネが助け船を出してきた。
ゆらりと立ち上がり、飛鳥君の両肩にそっと手を置き、「まあまあ、神にも色々あるよね。分かるよ、僕も神だから」などとフォローをする。
「まあ、どちらにせよ、恨まれて当然だよね。勝手に行われたことなんだろうし、何回も死んで、何回も生まれて、そこに自分の意思がないというのは辛いよ。どれくらい彼女は生き続けているの?死んだ回数は分からないだろうから、大雑把な期間でいいよ。その期間の長さ分だけ、彼女の恨みは深いだろう」
フォローに入ったのかと思いきや、やはり事情を根掘り葉掘り聞こうとしている。それもかなり攻撃的。意地の悪い神だ。他者の記憶ばかり見ているとこうなってしまうのだろうか。
自分達の知りたいことだからか、昴も乃愛ちゃんも黙って飛鳥君の答えを待っている。
それでも、飛鳥君は何も答えなかった。でもそれが答えでもある。塩田は、相当長い期間生き続けてきたし、死に続けてきた。自分の意思とは関係なく、だ。
――「先に殺したのは、あっちの方」
ああ、こういう意味だったんだ。殺されたのは、塩田自身のことだったんだ。
ピンポーン。
インターホンが新たな来訪者を告げた。モニターには樹が映っていて驚いたが、すかさず昴が「それたぶん、樹じゃないぞ」と言うので、「はあ?」と間抜けな声が出た。
「すぐに分かるよ」
そう言いながらモニターを切り、玄関に向かう昴の背を眺めていると、ふいにとある記憶が舞い降りてきた。まだ最近の記憶、入院中の塩田とのやり取りだ。
――「倉田君には恩もあるし、引き受けるよ」
――「恩?」
――「すぐに分かるよ」
俺を刺したあいつの弁護を頼んだ際、塩田は俺に恩があると言った。彼女から恩を受けたことはあっても、売った覚えはない。学生時代にノートを見せたり、ジュースをおごったり程度が恩に当たるはずもないしな。
俺が塩田に売った恩とはきっと、星野さんを助けたことだ。塩田にとって星野さんは面識すらない相手だ、俺の行動を称えても、恩に感じる必要はない。それなのになぜ、塩田は俺に恩があるなどと言ったのか。
表面的に見れば、どこまで遡っても、星野さんと塩田は交わることのない他人だ。けれどその実、彼女達は深い繋がりのある間柄。
星野さんのお姉さんと、小郡環さんと、塩田憩は、同じ人間なんだ。佐藤未来が全員、同一人物であるように。(佐藤さんは、神様だけど。)




