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君の手のひらで踊りたい。  作者: 田邑綾馬
第Ⅲ章 転

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第三十話 ひとつの真実

 他国に住まう神々が小野兄妹の家に来訪するより少し前、アンチクトン内にある神の間にて、話し合いが行われていた。

 今日はイナバと中村次郎、山の神・穂高、ケトが不在だ。代わりに、看護師をしている阪本薫と、くるくるアフロの新宿が参加。そして、今回はスサノオこと飛鳥も出席している。が、入り口近くの椅子に暗い顔して座っているだけで会話に入ろうとしない。昔と違い、随分大人しくなったものだな、と一同は思う。この千年ちょっとの間に色々あったのだろうと、その変化の理由には触れず、本日の議題の一つ目『他国に住まう神の来襲について』に移る。


「どんな奴らだった?」


 百合が切り出すと、飛鳥はのろりと顔を上げる。


「・・・佐藤さんから粗方聞いていると思いますが、五柱いました。厄介そうなのが、カオスとモシュネ。カオスという神はかなり高位の神だと感じられました。原始神かもしれません。モシュネという神は記憶を見る力があるようなので、接触は控えた方がいいかと」

「偉いな、スサノオ、ちゃんと説明出来て」

「はい?」


 飛鳥に向けられる百合の眼差しはいつもと違って温かく優しい。褒めるハードルもだいぶ低い。それだけ以前のスサノオは荒れ狂い、理路整然とした説明は不得手だったのだろう。

 百合だけでなく、他の神々からも口々に「立派になって」「落ち着かれたんですね」「現代的なイケメンですね」と賞賛と感想が送られ、飛鳥は露骨に嫌そうな表情を作る。スサノオの荒れていた過去や現在の見た目などどうでもいい、今は早急に議論すべき課題があるだろう。飛鳥の顔には、暢気な神々への苛立ちが見て取れた。

 その苛立ちをたしなめるように、佐藤は丁寧に淹れた紅茶を飛鳥へ渡す。温かい紅茶を一口含むと、荒ぶる気持ちは少し落ち着いた。


「しかし、記憶を覗かれるのは遠慮したいな。海外に住まう神とはほとんど関わりがないからそういった力を持つ者の存在は知らなかった」


 唸るように山田無量が呟く。記憶を覗かれるのは、相手が神と言え嫌なものである。神にだってプライバシーはある。隠したい思い出もある。しかも今回の塩田憩についてのあれこれは、出来る限り内々に処理したい案件だ。

 山田の意見に呼応するように、水村蛍も頷きながら「接触は避けたいですね」と深刻そうにする。


 そこで、それまで無言を貫いていた佐藤が「しかし時間の問題では?」と、ぽつり呟き、続けてこう言った。


「興味本位で動く神のようですし、小野兄妹と接触を持った以上、結論にたどり着くまで探られる恐れがあります」


 一同は大きなため息を吐いた。ああ、面倒事がまた増えた、と。不本意ながら人間を巻き込み、塩田憩の腹を探ろうと始めたことが裏目に出た。巻き込む相手を間違えただろうか。いや、他に選択肢はなかった。あの勾玉だってGPSとしての役割よりも、神と関わりがある目印、所謂いわゆるマーキングのようなもので、邪を祓う力だってきちんとある。あの勾玉ひとつでどれだけの邪気を払えるのか、小野兄妹や朝市は知る由もないが、それはそれは効力のある代物なのだ。あれを作ったせいで百合は丸3日寝込むほど疲労した。

 あの勾玉は、塩田憩の調査を手伝ってもらう対価として渡した意味合いもあるもあったのに、ただのGPS、監視のためだと勘繰られるのは居た堪れないな、と水村は思う。


「彼らとの接触を避けて動くしかないな。悪いが、スサノオ、海外に住まう神とはお前がフロントとなって動いてくれると助かる。あと、うみも、スサノオの補佐をしてやってくれ」

「はい、分かりました」


 声が聞こえる先には、人型をしているものの人間とは明らかに異なる姿をした女神がいる。彼女は現在、その時々の場面に合わせ、生物や物体に宿って生活している。以前は普通の人間として生活していたが、電車との接触事故によって肉体を失った。以降は、人間の目には映らない幽霊状態で浮遊して暮らしている。テーマパークへ飛鳥と共に小野兄妹を迎えに行ったのがまさに彼女である。神々からはうみと呼ばれている。


「にしても、彼女の言う『目的』とはなんなんでしょうね」


 シュークリームを頬張りながら阪本薫が呟くと、場は一気に静まる。

 憩の魂胆や企みを突き止めるべく始めたことだったが、正直知りたくないと思う気持ちもある。結局の所、彼女の本心を知るのが怖いのだ。神々にとって、パンドラの箱に近いだろうか。


 先日、小野兄妹から、塩田家の近隣に住む高梨たかなし真子まこから重要な証言を聴取したと報告があったのだ。本日の議題の二つ目はこれだ。重要度はこっちの方が高いだろう。

 内容は以下の通り。

 ・塩田憩の祖母・絹代は亡くなる直前、友人・高梨真子に孫への心配と後悔をこぼしていた。

 ・佐藤未来こそが憩のしっかりし過ぎている性格の原因なのではないか。自分は憩の本心を知ることが出来なかったと悔やみ、彼が憩に害を及ぼすのではないかと危惧し、自分はもうすぐこの世を去るのでどうか憩を守ってほしいと乞われたこと。

 ・憩は佐藤について、「佐藤さんは、千三つなんだよ。でも、それはもうどうでもいいの、佐藤さんは私に生きる目的をくれた。心から感謝してる。その目的がね、もうすぐ叶うんだよ」と、祖母へ漏らしていた。


『佐藤さんは千三つ』『生きる目的』『その目的がもうすぐ叶う』

 この字面だけで、神々の不安は助長され、憩はやはり何かを企んでいると警戒感を抱かせるには十分であった。

 じろりと、百合は美しくも鋭い瞳を佐藤に向ける。さすがの佐藤も、自身の名前がはっきり出ているからか気まずそうだ。


「憩さんの言っている“嘘”って、お前が人間じゃないことを指しているんだろう。正体が蛙だってこともバレてるだろうな」

「すいません、そんなつもりなかったんですけど」

「白々しい」

「い、いや、でも、憩ちゃん、生きる目的をくれて感謝してるって言ってくれてるわけだし!」

「いやそれ嫌味でしょ」


 水村のフォローは、珊瑚によって叩き落される。その通り、皮肉が込められた発言であることは間違いないだろう。それを絹代も感じ取った、だから孫と佐藤の関係やその将来を案じていたのだ。


「しかしまぁ、憩さんに『何かしらの目的がある』と言うことははっきりしましたね。あるのか無いのか、分からないよりずっとマシですよ。収穫です!」


 新宿が努めて明るい声で言う。新宿はポジティブマインドの神のようだ。隣に座る山田は反対にネガティブマインドらしく、眉根を寄せて苦い顔だ。苦い顔のまま瞳を閉じ、テーブルの上に両肘を乗せて、両手を組む。両手に額を押し当てながら親友に問いを投げかける。これまで何度もしてきた問いだ。


「佐藤、お前、本当に何も知らないのか」

「はい。彼女からは何も聞いていません」

「その言い方だと、憩さん以外からは何か聞いている、という風に受け取れるが?」

「いいえ。それは山田君の受け取り方が悪いよ」

「なんだと?」

「まあまあ、山田、やめなよ。佐藤さんは憩さんの味方なんだよ。それでいいじゃん。真実をつまびらかにするのは私達の役目。ケトさんも塩田家に潜入しているんでしょ?」


 山の神の娘であり、珊瑚の妹・夏芽なつめがいきり立つ山田の前にシュークリームを差出す。糖分摂って落ち着けと言わんばかり。

 夏芽の言う通り、塩田家には野良猫のふりした黒猫ケトと、本当の野良子猫が来訪し、塩田家で彼らを飼育することになった。もっとも、ケトからすれば潜入捜査と言うよりただの暇つぶしと下宿先を探していただけで、積極的に憩の目的を探るつもりはないようだが。野良子猫は、親と勘違いしてすり寄られたため連れてきただけらしい。

 佐藤はケトの来襲をとてもとても嫌がったが、黒猫2匹が庭に現れたすぐ後に千叶ちかが帰宅し、「飼いたい飼いたい!」と騒ぎ、続いて帰宅した風香も「もう私達だけで面倒見れるからいいでしょ?ご飯代も私達で出すから!」と押し切られ、塩田家は神が計三柱も住まう、軽い聖域化した家となった。


「で、ケトはどうしている?」


 各々が好き勝手会話し出す中、百合は飛鳥にそう訊ねた。


「毎日ご機嫌っす。主に女性陣の膝の上でゴロゴロ言ってます。子猫は、まあ、可愛いっすね。ちなみに名前は黒鉄くろがね

「いかついな」

「でも今更一緒に暮らして何が分かるわけでもないと思います。目的があってそれに向けて行動しているのなら、それを悟られるような真似をあの憩さんがするとは思えないので」

「それもそうだな。6年前、記憶を消してしまった後に塩田家を家探ししたときも何も得られなかった」

「え、うちを家探ししたんすか?」

「したぞ。気付かなかったのか」

「・・・はい」

「気にするな。それでこそスサノオだ。だが、お前が憩さんに引き取られた訳も知っておきたいところだ。必ず理由があるはずだ」

「そうですね」

「悲しいのか?」

「なにがですか」

「愛する育ての親に利用されたかもしれないことが」


 図星を突かれたのだろう。飛鳥は沈黙する。ふっと視線をテーブルに落とし、ふてくされたような表情を見せた。

 愛され、大切に育てられたからこそ、衝撃だった。自分が神と知られていたこと、知っていて自分を引き取ったこと、彼女の“目的”に利用されるかもしれないこと、全てが衝撃で、強い動揺と深い悲しみを呼び込む。飛鳥も憩のことが大好きで大切に思っているからこそ、まだこの現実を飲み込めないでいるのだ。なぜ、彼女は自分を――。


 マイナスマインドの渦に入り込みそうになっていると、佐藤が割って入ってきた。「憩さんが飛鳥君を大切に思う気持ちは本物ですよ」と。取って付けたような慰めだと百合と飛鳥は思うが、続く言葉に押し黙る。


「彼女の行動や言動に邪心があれば、あなたは気付いたはず。それどころか、憩さんから愛情や慈しみを感じていたでしょう?だからあなたは憩さんを信頼し、慕った。だから今、裏切られたと感じ、悲しんでいる」


 その通り過ぎて、飛鳥はぐうの音も出ない。

 いつの間にか周囲はお喋りをやめ、一様に生易しくも温かい眼差しを飛鳥に向けている。


 しかし、その点がこの一連の騒動の難解さを上げているのだ。積年の目的を持ちながら、彼女からは悪意が感じられない。むしろ、善意や無邪気さ、好奇心、喜びや希望といったプラスの感情に溢れている。

 もしかしたら、憩の目的は神々が考えているような恐ろしいものではなく、正しい行いであるかもしれない。そうだ、その可能性だって無くはない。むしろそうであってほしい。

 神様のくせに、現実逃避に近い考えに縋りたくなるが、『やはりそれはない、それだけはないな』と、結論は一致。

 憩の目的は、希望と愛に満ちたものではない。そんな美しく儚いものではない。その目的とやらはきっと、霧が立ち込めるほの暗い場所にあって、触れるのも躊躇うほど冷たく、この世のどの形とも形容し難い姿をしている。


 ブブッ。

 そこでちょうど、昴から飛鳥へ連絡が入った。『この間の神がうちに来た。来てくれると助かります』と。緊急事態だろうに、昴のメッセージには受信者への配慮がある。

 飛鳥はすぐ席を立ち、昴からのSOSを百合達に知らせる。「行ってやれ」と、百合から許可も出た。飛鳥が海へアイコンタクトすると、彼女は頷きながら「身体借りて、すぐ向かうから」と言い残し、身体をふわっと浮遊させ、湯気が天へ昇るように消えていった。


「――もう、知られてしまうのも時間の問題ですね」


 飛鳥と海がいなくなった秘密の部屋内に、自分に言い聞かせるよう呟く佐藤の掠れた声が響いた。その表情には、切なさと諦めが混じっている。

 水村は共感するように深く頷きながらこう言った。


「昔、憩ちゃんが言っていたね。「人間は愚かだけど、馬鹿じゃない」って。小野兄妹と倉田君は、もうすぐ勘付くよ。憩ちゃんには前世がある、生まれ変わりを繰り返してるんだって」


 水村のその発言が、たった小一時間後、実現してしまう。海外に住まう神の助言と言う名の横やりによって。

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