親友の恋人(二)
今から5年前、幼女への暴行の疑いで四月一日正道さんは逮捕された。下世話な雑誌やネット界隈は彼の過去を詳らかにし、父親の起こした事件と今回の事件を結び付け、まだ疑惑の段階にもかかわらず世間は彼の犯行と決め付けた。蛙の子は蛙、だと。そうして、証拠が揃い切らぬ段階で逮捕に舵が切られてしまう。無実を訴える四月一日さんを無視して。
しかし、神は四月一日さんを見捨ててはいなかった。
新米弁護士の憩が四月一日さんの弁護を担当すると、それまでの裁判の流ればかりか、彼の人生までも激流に飲み込まれていくように変わっていった。
まず裁判で明らかになったのは、四月一日さんの身の潔白。彼の生い立ちを知った同僚が、自分の罪を彼に擦り付けてしまおうと企んだ冤罪だったことが明らかになったのだ。のみならず、裁判中に、ついうっかり、思わず、そんなつもりはなく、偶然たまたま流れでこうなってしまったとでも言うように、四月一日さんの父親の事件も実は冤罪であったと証明するに至ると、裁判官、法廷、世間も大仰天。これが、あの有名な『親子冤罪事件』の荒すぎる概要である。
無実を勝ち取るために共に戦った四月一日さんと憩は、裁判終了後も交流が続いているようで、私もお会いしたことがある。本当に明るくてお喋りで、人の良さそうなおじさんである。
だから斎藤さんも、四月一日さんのように、簡単には公に出来ない事情を抱えていて、一見恋人同士の振る舞うが実は周囲を欺く作戦だったりするのでは?と勘ぐってしまう自分がいる。何の作戦だと自分でも思うが、これまで憩には何度も驚かされ、騙されてもきたのだ。疑いたくなる気持ちも理解してほしい。
話は戻る。憩の彼氏?の斎藤未来さんの日頃の行動について、千叶ちゃんが教えてくれた。
「斎藤さんはね、憩ちゃんの脱いだ靴下を捜し歩いてる」
「え、そうなの?」
「うん、すぐ脱いでどっかやっちゃから。あとは、ポケットにお菓子のゴミ入れたまま洗濯したりするからそれも見つけて斎藤さんに注意されてる。野菜を食べないのも怒られてるよ」
「あはは、斎藤さんは生活指導してくれてるんだ。憩、昔は好き嫌いせず何でも食べていたように思うんだけどなぁ」
「今宵ちゃんもそう思う?そうなんだよね。むしろ好んで食べてたよね?」
口元の粉糖を拭いながら、風香ちゃんは首を傾げる。
食の好みが変わったのか、健康的な食生活からジャンキーな食品を好むようになった憩の身体を姉妹は案じているようだ。弁護士として多忙なため、食事を取り損ねたり、食生活のバランスに偏りが出てしまう。睡眠時間も以前より短いようだ。私が注意しても受け流されるし、それは愛する妹達からの懇願も同様で、「食べたいものを食べたい」と言い張って、馬の耳に念仏状態。いつか身体を壊すその日が来るまで彼女は変わらない。そう諦めかけていた時、斎藤さんという救世主は現れた、らしい。
風香ちゃんは熱を込めて語る。
「別に斎藤さんの言うことを絶対聞くってわけじゃないの。野菜を食べさせようとしてくる斎藤さんに腕とか肩に嚙みついたり、食後にポテチを開けようとするのを止められてキレて髪の毛掴んで振り回したり、DV一歩手前の行動を取って反抗はしているんだけど、なんだかんだ言うこと聞いてくれてる。斎藤さんが料理上手だからかな。お菓子作りも上手で、野菜スイーツも作ってくれるんだ」
「へ、へえ」
それはDV一歩手前ではなくDVでは?という言葉は飲み込む。斎藤さんを犠牲にしても、私は塩田家の平穏と憩の健康を守りたい。
どうやら、斎藤さんは塩田家の中で母親のような役回りをしてくれているようだ。食事の支度だけでなく、日常的な家事も担っているよう。
「洗濯物は私達がやったり曜日で別けたり、トイレも自分は一階のしか使わないようにするからねって気を使ってくれるよ。別に嫌じゃないけどね」と、千叶ちゃんがはにかみながら言う。
なんだ、もうすっかり家族公認じゃないか。それなのになぜ私達に紹介してくれないのだろう。仲間外れにされたような、信頼していないと言われたような気持ちになる。
疎外感を感じていると、話題は私の恋愛事情にスライドしていた。若い2人は目を輝かせながら「それで、今宵ちゃんは朝市君とどうなの?」と、弾んだ声で問われる。
その名前を出され、心臓がどくんと跳ねた。倉田朝市は、中高校時代の同級生で、大人になった今でも縁の続く友人の一人だ。3年前、親友らと共に輸入雑貨の会社を立ち上げており、私は経営に携わってはいないものの書籍関連では協力したり、彼らの事務所へ差し入れしたりと、サポートメンバーのつもりでいる。朝市君とは、約束をして2人で会うことはないが、ふらりと本屋に現れる彼と立ち話したりもする。
彼が最近ここへやって来たのは4日前。お得意さんへ絵本を選んで届けなくてはならないと悩んでいたので、私が手伝った。あの絵本たちはお得意さんに受け入れてもらえたろうか。好評だったろうか。こんな絵本は要らないと、朝市君に恥をかかせたりしていないだろうか。心配だ。
あの絵本たち、どうだった?って、連絡くらいしてもいいだろうか。
「・・・朝市君は友達の一人だよ。それだけだよ」
笑って誤魔化したつもりだけれど、大人になりつつある姉妹には私の拙い恋心なんて見破られているのだろう。でも、否定するしかない。だって、認めたら、崩れてしまう。自分の体の奥底で、大切に守られている“何か”が脆く崩れて、私が私でなくなる。だから、否定し続けるしかないのだ。(憩も、私と同じ気持ちなのかもしれないな。)
もっと斎藤さんの話を聞くつもりだったけれど、2人の休憩時間をこれ以上奪うわけにはいかない。自分自身にそう言い訳をして、従業員室を後にした。




