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君の手のひらで踊りたい。  作者: 田邑綾馬
第Ⅲ章 転

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混沌と愛(二)

「なんで・・・」


 そう絞り出すのが精いっぱいの顔面蒼白な昴に対し、モシュネは愉快そうな笑みを再び浮かべる。口角がぐいっと上がった、意地悪気な笑みだ。


「さっき、リオネルが忠告してくれたでしょ。僕の目を見るなって。僕はね、記憶を司る神なんだ。瞳から、その者の記憶を見る。僕の目をよく見てくれてありがとう。おかげでだいたい分かったよ」


 簡単に神同士で状況の共有がなされていく。


 ・小野兄妹は、飛行機の一件で正体が知られたことと、塩田憩の友人であるという理由から日本に住まう神からミッションを与えられている。

 ・ミッションは塩田憩の素行調査。

 赤ん坊の頃、オモイカネという神に力を授かった彼女は6年前の事故の際に神の涙を呑んだはずだが、現在も記憶と能力の維持がされている可能性がある。

 ・事故自体、憩が作為的に引き起こした可能性があり、恐らく自らの記憶を神に消失させることが目的であることが極めて高いこと。

 ・小野兄妹の調査により、塩田家の近隣住民・高梨真子から、憩が祖母へ意味深な台詞を溢していたことに聞いた。


 ――「佐藤さんは、千三つなんだよ。でも、それはもうどうでもいいの、佐藤さんは私に生きる目的をくれた。心から感謝してる。その目的がね、もうすぐ叶うんだよ」


 どくっ、どくっ、と心臓が大きく早くなっていく。服の中で蒸された肌に汗が伝っていく。小野兄妹のキャパシティの限界は近い。


 裏切られた、してやられた、負けた。全身を血液と共にそんな感情が駆け巡り、自分の意思で血の流れが止められないように、感情も巡るのをやめられない。

 崖ギリギリまで追い詰められたかのような切迫感と焦燥感。しかし、モシュネは崖に追い詰められ、あと一歩後退すれば落ちて死んでしまう哀れな兄妹に手を差し伸べた。飴と鞭、譲歩と強権。こういう駆け引きが、このモシュネという神は好きなのかもしれない。


「君たち兄妹が善良な人間であることは分かった。友人思いで、そのイコイを守りたいこともね。だから謎解きの協力してあげる」

「協力・・・?」


 額の汗を拭いながら昴が聞き返す。モシュネはこっくり頷き、乃愛の首元を指差した。乃愛の首元には、百合から授かった勾玉が紐で通され、ネックレスとしてぶら下がっている。


「まず、その勾玉は目印だ。それがあれば君たちがいつどこにいるかその神にはすぐ分かる。体のいいGPSだね。まあでも、邪なものを祓ってもくれるだろうから、君たちにとっても得かな?」

「どの道、管理のために持たされていると思いますよ。オレらのような外の神除けの意味もあるんでしょうけど」


 そこでバッカスが会話に入り、簡単に説明してくれた。遥か昔は、目印となる物を人間に与え、他の神へ『この人間は既に他の神の使いとされているから手を出すな』と牽制けんせいしていたのだと言う。

 それを聞き、兄妹の心中は複雑だ。乃愛は真っ先にさくら猫を、昴は牛の耳標を連想した。いずれも動物。そりゃ神にとって人間は猫や牛と同列の、地球にいる生き物に過ぎないのかもしれないが。

 その後も、モシュネとカオスの話は続いた。


「そもそも、涙を呑ませた人間が神に関する記憶を維持しているなんてまずあり得ない。曲がりなりにも僕は記憶を司る神だ、まさに専門分野、エキスパートなんだ。普段はちゃらんぽらんしてるけど、これは断言できる。さらに言えば、神から与えられた力がその後も残存しているというのも考えられないね。同ケースの人間をいくつか見たけど、涙を呑めば記憶と一緒に力も完全消失していた」

「うむ。モシュネがそういうのだから間違いないんだろう」

「状況的に、彼女は過去の自分から何かしらの指示を受けて動いている可能性が高いよね。記憶を失った後も神の存在をすんなり受け入れ、事情も把握した様子なのはそれが理由じゃない?」

「日本に住まう神は、イコイの企みが知りたいわけだ。わざわざ自分を傷付けて舞台を作り上げ、自然を装い記憶を消させたのだからそれ相応の理由があるはず」

「そうですね。それがイコイさんの目的ってやつなのかしら。あなたたち心当たりある?」


 そんなものあるわけがない。マイアの問いに力なく首を振る兄妹。そんな兄妹を気の毒そうに見つめるリオネル。


「俺達は何も・・・」

「だろうね。そのイコイって子、前にネット記事で見たことがあるよ。親子冤罪事件を担当した弁護士だよね?君たちの記憶を見た限りでも相当優秀そうだ。時系列的には弁護士として活動し出した頃には神の記憶も力も失っているようだけど」


 モシュネはスマートフォンで憩の顔写真を検索しそれを左隣に座るカオス、右隣のマイア、バッカス、最後に小野兄妹と同じくらい悲壮感を漂わせているリオネルに見せる。「綺麗な子だね」と、表面的な感想を述べながら。


「モシュネ、あなたが彼女と会えば、目的がなにか一発で分かるのでは?」


 バッカスの提案に、モシュネは首を振った。


「うーん、どうだろう。涙を呑んで消失してしまった部分は僕でも見れないからなぁ。ただ、記憶を失ってから今日までの記憶は確認できる。過去の自分から指示を受けて行動しているならばそれも把握できるだろう。会いに行ってみる?」

「ちょっ、ちょっと待ってください!」

「ん?」

「俺達はあなた達のことを口外するつもりないし、全てが終われば記憶を消される立場です。あなた達に迷惑は掛けないので、ここで手を引いてくれませんか。塩田のことはあなた達には何の関係もありません。会うなんてやめてください」


 さきほどと打って変わって昴は毅然と神々に意見した。表情にも力が戻っている。乃愛も俯いていた顔を上げ、負けて堪るかとモシュネを見た。友人のため、得体の知れぬ神々と戦う覚悟を決めたのだ。

 しかし、その覚悟をあざ笑うように、さらりとモシュネは言う。


「関係はないけど、面白そうじゃん」

「なっ」

「言ったでしょ、神って暇なんだ。基本的にやることがない。だから暇つぶしにちょうどいいかなって」


 瞬発的に頭へ血が駆けあがる。気が付くと、昴は椅子から勢いよく腰を上げ、神々を見下ろしながら鋭く睨んでいた。友人の一大事を暇つぶし扱いされてはかなわない。相手は神で、自分の牽制などまるで意味を持たない。けれど、ここで頭を垂れ続けていたら、それは友人を見捨てるも当然の行為だ。昴は自身を必死に鼓舞した。


 倒れた椅子がけたたましい音を立てて倒れると、乃愛は自然と周囲に目を配る。人の目が集まるのが嫌だったからだ。

 乃愛のそんな心情を見透かしたように、カオスが「気にしなくていい」と制す。


「空間を区切っている。周囲の人間たちからは、我々は仲良く笑いながら蕎麦を啜っているように見えるだろう。この空間に入れるのは、神と、神が許した者だけだ」


 言いながら、カオスの視線は乃愛でも昴でもなく、彼らの後方へ向けられている。

 次の瞬間には、小野兄妹もよく知る人物に名を呼ばれた。


「昴さん、乃愛さん」


 慌てて振り返すと、2メートルほど後方に制服姿の飛鳥が立っている。今日は平日だ、だから制服なのか、どうしてここに彼がいるんだろうか、一人か?友達と遊びに来たのか?千叶と風香は?いや、平日の昼間に彼が遊園地にいるのは不自然。

 それよりなにより、今ここは神によって区切られた空間だ。現に、周囲の人々はこちらの異様なやり取りに見向きもしない。

 一歩、二歩とこちらに歩み寄ってくる飛鳥の姿に、乃愛の口からは「まさか」と言葉が零れる。まさか、そんな。昴も妹と同様、ある可能性にたどり着き、絶句する。


「あ、飛鳥君、どうしてここに」


 掠れた声でやっとそう尋ねると、無表情だった飛鳥の顔に苦みが浮かぶ。申し訳なさそうな、居た堪れないといったような、なんとも複雑な感情をしていて、昴には飛鳥が苦しんでいるようにも見て取れた。


 昴の「どうしてここに」に対する返事は、飛鳥の代わりにモシュネがした。「彼も神だからでしょ」と。

 飛鳥が神、そんな馬鹿な、まさか。動揺する兄妹に追い打ちをかけるように、飛鳥の背後からゆらりと現れた人物に、今度こそ絶句する。

 喉の奥からぶるぶると振動が湧き上がり、全身へ伝わっていく。自身が震えていることに気付いたが、止めようもない。


 飛鳥の隣に並ぶは、井之原樹だ。どこをどう見ても、あそこに立っているのは小野兄妹の友人・樹だ。いつものふんわりとした雰囲気はどこへやら、ピリッと張り詰めた空気を放ち、真剣な面持ちだ。まるで別人のよう。


 まさか、そんな、どうして、樹まで――。

 裏切られた気分を抱えたまま、昴と乃愛は彼らを呆然と見つめた。

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