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君の手のひらで踊りたい。  作者: 田邑綾馬
第Ⅲ章 転

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第二十五話 混沌と愛

 観覧車の中という密室の中で、小野兄妹は神2柱と対峙していた。


「一周回り終えるまでに互いの疑問を解消しよう」


 場を取り仕切るのは少女の姿をした神で、隣の彼は終始申し訳なさそうな顔をしているだけ。


「まず我々から。わたしの名はカオス、こやつはリオネル。知っての通り、神だ。君がスバル、君が妹のノアだね」


 少女の姿をした神改めカオスの自己紹介と、小野兄妹の確認がされるとすぐ本題へ入った。


「スバルの記憶を消したのはこのリオなんだ。こう見えてリオは牧師をしていてね、事情を聞きたいと教会に引き入れ、飲み物に涙を仕込んだらしい。なぜ神の存在を知ったのか、君以外に知っている者がいるのか、よく事情も確認せずにね」


 最後に向かうにつれ語気は強まり、凄みをまとっていく。青年の方はうな垂れ、「申し訳ありません」と謝罪。苦悶の表情だ。きっともう何十回と謝ったのだろうと察する。

 少女の見た目に似つかわしからぬ喋り口に感じる違和感など吹っ飛ぶくらい、彼女は威圧は強い。神にも明確な序列があり、それは見た目や年齢とは全く関係ないのだろう。


 経験したことのない状況と、おそらくとても偉い神を前に、人間の兄妹は観覧車からの景色を見る余裕などあるわけもなく、自身の膝と靴、観覧車の床に目線を下げ続ける。


「スバル、君は絵本を渡してきた女を探していると言っていたそうだ。リオは君の様子と話しぶりから神だと知られたと直感した、と。どうしてその女が神だと分かったんだい?日本の神に聞いた?彼女と繋がりがあったのかな?もうスバルは記憶がないだろうけど、ノアは分かる?」

「あ、いや、その・・・」


 空中の密室。飛行機と少し似ているな、と、乃愛は思った。神に尋問されている最中だと言うのに、少しだけ現実逃避する。

 しかし困った。どこまで正直に話せば両方の神に対して義理が立つだろうか。百合からは「あくまで自分達の手伝い程度」と言えと指示されているし、先ほどもそう説明した。飛行機内で出来事から神々と繋がりを持ち、そこから恩返しのため彼らの手伝いをしていると伝えるのがベストだろうか。絵本のことも、嘘を吐かずに真実を述べればいい。憩の存在のみ隠せばいい。


「えっと、実は――」


 飛行機でのこと、昴だけが神の力が及ばす映像を撮影したこと、乃愛がそれを見てしまったこと、絵本をくれた女性も神ではないかと思ったこと、映像を撮影していたことが知られて神の方から接触してきたことを掻い摘み、少々嘘を交えながら乃愛は懸命に説明した。時折、兄が助け舟を出しつつ、なんとか全て話し終えると、まだ5月だと言うのに兄妹の額にはじんわり汗が滲んだ。息も上がった。

 2柱は、合間に相槌など挟みながら黙って彼らの話を聞いていた。そして、カオスは了解したように微笑んだ。


「説明ありがとう。情報の出処や経緯はだいたい分かったよ。拡散する気がないのならそれでいいんだ。我々以外の神と、それも別の土地に住まう神と関わりがあるのなら君らの記憶は消さないでおこう。日本に来たのも、スバル以外に我々を知る人間がいるのなら記憶を消さなきゃと思っただけだからね。神と関わりがあるのは君ら兄妹だけ?」

「は、はい。そうです」


 神に嘘を吐くのは恐れ多いことだが、乃愛は朝市の存在を黙っておく選択をした。朝市の存在を明かせば、必然的に新百合ヶ丘で起きた事件や朝市の命を救ってもらった経緯を話さねばならず、芋ずる式で憩のことも明かす必要が出てくるかもしれない。下手に事情を話すより、朝市の存在自体を隠す方がいいと乃愛は考えたのだ。

 嘘を吐く時は堂々としていた方がいい。乃愛はしっかりと少女の姿をした神の目を見て、視線は逸らさない。するとあちらも応えるように見つめ返し、にこやかな笑みを向けてくれる。


「そうか、分かった。教えてくれてありがとう」

「い、いえ」

「こちらも話さなきゃね。スバルに絵本を渡した彼女はおそらく神だと思う。その絵本に神が手ずから作った物が仕込まれていた、あるいは長年に渡りその本を所有していたか、だな。神が長く所持しているとそこに力が宿ったりすることがある。その絵本が、日本に住まう神の力と一時的に拮抗したんだろう」

「おそらく、というのは?お知り合いではないんですか?」


 昴自身、絵本をくれた女性・テラのことはもう覚えていない。神の涙は全てを洗い流してしまうらしい。それでも、その女性がどんなつもりで絵本を自分へ渡したのか、彼女は一体何者だったのか、知っておきたかった。

 昴の問いかけに、カオスは首を横へ振った。ここで初めて表情から愉快そうな笑みが消え、思案顔になった。


「石像や樹木なら容易いが、人間の肉体に入ると、神であることを見抜くのは神でも難しい。どの神であるかを当てることはさらに難しい。この点が、人へ神が宿ることの最大のデメリットと言える。わたしはテラという神に心当たりはない。と言うことは、我々の仲間ではない可能性がある。聞いているかもしれないが、神にも地域性というものがあるんだ」


 いや、聞いていないし聞きたい、と小野兄妹は思ったが、ちょうどタイミングよく観覧車は地上に到着してしまう。

 そう言えば、ここで仲間と合流すると言っていたが、まだお目にかかれていない。昴はカオスの顔色を窺いつつ聞いてみた。


「そう言えば、お仲間は?」

「ああ、バンジージャンプの列に並んでいると言っていた。そろそろ飛び終えて来るころじゃないかな。――あ、来た来た、おーい」


 神がバンジージャンプをしたがるのも意外だが、向こうから手を振る神々にも驚かされた。てっきり、バンジージャンプをしたがるくらいだからせいぜい10代の若者かと思いきや、成人の男女3名が登場したのだ。まあ、神に見た目年齢など関係ないのだろうが。

 男女が先行し、後方にいる男性を連行するように腕を引っ張りこちらへ歩いてくる。後方の男性はフランス語で「もう一度飛びたかったんだよ~」と情けない声を上げる。カオス、リオネルを含め、ここにいる神は見目麗しいが、バンジージャンプに夢中の彼は特に美しかった。

 カオスは手短に彼らの紹介してくれた。


「右の女がマイア、左の男がバッカス、後ろがモシュネだよ。みんな、こちらが例のスバルと、妹のノアだ」

「よ、よろしくお願いします」


 マイア、バッカスは見た目年齢は30代半ば。ティーシャツとジーンズ、黒髪を一本結びにしたマイアは快活そうな印象。バッカスは身長190センチは超える筋肉質な大男。一方、モシュネと呼ばれる彼は、色素の薄い毛髪と瞳をした容貌で、怪しげな雰囲気を纏っている。俳優でもやれそうだな、という感想を昴は抱いた。

 小野兄妹はどんどん増えていく神々の登場に半ばパニックに陥りながらもなんとか挨拶すると、マイアとバッカスは兄妹を気遣い、突然の日本訪問を謝罪してくれた。


「突然ごめんなさいね、驚いたでしょう。安心してね、私達は何も危害を加える気はないから」


 そうマイアは鈴を転がすような美しい声と慈しみに溢れた眼差しを兄妹へ向け、逞しい肉体を持つバッカスも白い歯を見せて笑う。このコンビは性格が良さそうだ。

 上記2柱とは違い、モシュネは含みのあるニヤニヤとした笑みを浮かべて兄妹をじっと見つめる。見定めるような、観察するような、重たい視線に乃愛は顔を背けたくなるのをぐっと耐えた。

 そして、視線は小野兄妹を捉えたまま、モシュネはカオスへとある提案をする。


「ねえねえ、挨拶もいいけどさ、どっかで何か食べようよ。そうだなぁ、日本っぽいものが食べたい。ねえ、カオス」

「うむ、そうだな。食べながらまた話でもしようか」


 えっ、まだ話すの?と、昴と乃愛の気持ちはシンクロした。これ以上何を話すと言うのか、そろそろ解放して欲しい。それでも、カオスとモシュネは「蕎麦かな?ラーメンかな?」などと言い合いながら、うきうきとした足取りで露店を目指し、その後をのろのろ足を引きずって歩く人間2人と神3柱。


 リオネル、マイア、バッカスはお目付け役、お世話要因に近いのだろう。カオスは見るからに偉い神のようだが、モシュネも位が高いのだろうか。いや、考えるべきは一刻も早くこの場から、神の手から逃れること。昴は必死に考えを巡らす。

 そこへ、右前にいたリオネルが口物を隠しながら、ぼそっと囁いた。昴と乃愛に辛うじて聞こえる程度のボリュームの声だった。「彼の目を、見てはいけない」と。


 忠告を理解した瞬間、心臓は嫌な動き方をし、鳥肌が立った。彼の目を見てはいけない。つまりリオネルが伝えたいのは、「モシュネの目を見るな」、ということだろう。この尋常ならざる状況下で小野兄妹は、あちらの怪しげで尊大な神よりも、こちらの謙譲で優しい神を信じた。


 目の前に置かれた蕎麦に視線を据え、目の前に座るモシュネを見ないよう努めた。


「んー、おいしいねえ。これが蕎麦かぁ」

「うむ、悪くない。これが和という味か。風味がいいな」

「日本食はどこもかしこも美味いって評判だもん、ついでだし他も観光していこうよ。パンケーキとか、ラーメンとか、寿司とか食べようよ。温泉とかも入っちゃったりしてさ。カオスもどうせ暇でしょ」

「どうせとはなんだ、どうせとは」

「だって、神なんて基本やることないじゃん。特にここ地球ではさ」


 周囲にあまり人がいないとはいえ、そんな話よく出来るな、と昴は蕎麦を流し込みながら思ったが、例え誰かに聞かれていたとしても頭の可笑しい人間が可笑しい話をしていると聞き流されるだけだろう。数日前なら、昴も聞き流す一人だった。


「スバルとノア、僕らはね、地球に遊びに来ているようなものなんだ」


 モシュネの唐突な語りに、乃愛の視線は自然と上へ向いてしまう。人間の乃愛にとって、神の事情は興味をそそられる、あまりに魅力的な話なのだ。それに先ほどより彼の声音が安らかだったのも相まって油断してしまった。人間2人は、モシュネの話に聞き入り、謙虚で優しい神々が額に汗していることに気付けるはずもなく。


「僕らは地球ではないところで生まれて育ったんだ。この星がとても美しかったから最初は遠くから眺めたり、生き物が暮らしやすいよう地形を変えたり、海や川を作ったり、雨を降らせたり、食べられる木の実を生やしたりした。その内、人間の祖先となる生き物が誕生してね、その頃くらいかな、複数の神々が地球に住むようになった。あっちからここへ来るにはゆうに100年はかかるんだ、帰るにはもっとかかる。落ちるのは簡単だけど昇るのは大変ってことさ。でも、この星はそれくらいの価値がある。退屈でつまらないあちらにいるよりずうっとね。ああ、僕にとってはって話ね?他の神がどう思っているかは知らないよ。こちらに来たことがない神も、途中で帰っちゃった神も大勢いるから。でね、あれよあれよと君たちは進化して、テクノロジーやエンターテインメントを生み、魅力的な星をますます楽しいものにしてくれた。僕単体は君たち人間が好きだよ、基本的にはね」


 最後の「僕単体」「基本的」が気にかかったが、一応に褒められてはいるようだ。


「それはこの国にいる神も同じだと思う。日本に留まっている神はとても多いと噂に聞いてるよ」

「そ、そうなんですか?」


 知り得ない情報だ。人間からすれば神から語られる全てを「そうなんですね」「そうなんですか?」と返すしかない。それでも乃愛は新鮮な気持ちで「そうなんですか?」を口にする。乃愛は素直で純粋で、単純。もし本当に日本にいる神が好んで留まっているのなら、それはきっと自分達のために違いない。百合は少々素っ気なかったが飛行機では多くの乗客を助けてくれたし、朝市のことも見捨てなかった。積極的に人間を救う気がなくても、おおむね彼らは人間の味方なのだろう。


 憩のことだって、強引に問いただすことも出来るだろうに、彼女の生活に配慮して小野兄妹らを介して真実を知ろうとしている。神ならそんな面倒な真似する必要ないはずだ。

 神に対して懐疑的になりかけていたが、少し改めなければならないな、と小野兄妹が思いかけたとき、モシュネは食べ終わった蕎麦の器を避けながら「それにしても、目的が叶うってどういう意味なんだろうね」と、話題を急変化させた。


「それにしても、目的が叶うってどういう意味なんだろうね」

「え?」

「だから、イコイって子の話だよ。もうすぐ目的が叶うって、自分のお祖母ちゃんに言っていたんでしょ。君たちは彼女の調査を神々から依頼されてる、そして今日タカナシってご近所さんに話を聞きに行った。そうでしょ?」


 テーブルの上で肩肘を付き、手の平に小さな顔を乗せて、小野兄妹をじっと見つめるモシュネ。途端、兄妹の気分は神速で急降下し、地面へ墜落した。頭の中で何かがぐしゃっと音を立てて潰れる。それくらいの衝撃だった。


 なんで、そのことを知っているんだ。

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