第二十三話 探偵ごっこ
「――て、ことを、ここへ来るまでの道中、百合さん達が説明してくれたの。あ、私達3人以外に口外は絶対NGだからね」
「お前の分の勾玉もあるよ」
「これ紐を通して身に付けた方がいいよね、とりあえずヘアゴムで」
「・・・えっと、それって新手の詐欺とかじゃなくて?」
「お前がそれ言う?」
言い返したいようだが出来ない、なぜなら朝市は詐欺で前科があるから。ぐっと押し黙り、気まずいのか俺から視線を逸らす。いまいちこいつの犯罪行為を赦しきれない俺は、この手の話になるとどうしても責めるようなことを言ってしまいがちだ。自分の行いを悔いて反省し、被害者への賠償に励む親友をそろそろ認めてあげなくてはいけないと思いつつ、また冷たい態度を取ってしまう。
俺は俺で、朝市は朝市で、自己嫌悪に陥る中、病室内にノックの音が響いた。
コンコン。
先ほどまでいた看護師の女性がひょこっと顔を出した。
「ごめんなさい。ごゆっくりって言ったばかりなんだけど、あと少ししたら先生が巡回にみえるから。何か質問があれば答えます」
この女性が百合さんの言っていた「この病院で看護師をしている神」なのだろう。先ほどまで一緒にいた彼ら同様に美しい容貌をしているが、神であると言われてもピンと来ない、人の良さそうな女性だ。
「えっと、じゃあ、お名前から教えてもらってもいいですか?」
首からから下げられているネームホルダーは裏返って見えない。恐縮しつつ俺が尋ねると、はっとした様子の彼女は「ごめんなさい!」と謝罪してから、自己紹介をしてくれた。
「阪本薫と言います。人間の親から与えられた名ですけどね。まあ、神云々は、信じられなくて当然だと思います。私達もこういった事態は初めてで、戸惑っています。正体を明かした上でお喋りするのも実は私、初めてで」
戸惑いと照れが混ざったような表情に、人間味に近いものを感じ取れて親しみが沸いた。空港から病院まで、あの張り詰めた空気の中にいて、朝市の病室に入ってもまだ緊張は続いていたが、ようやく一息吐けた気がする。
「あの、塩田の記憶を消したのは、阪本さんなんですか?」
百合さんの説明では、具体的に誰が涙を呑ませたのか語られなかったが、立場的にこの人一番やり易そうだ。
あまり聞かれたくない質問だったのか、坂本さんの顔は曇った。けれどそれも一瞬で、次には快活な笑顔に戻る。
「はい、私です。彼女の飲み物に仕込みました。なんか、今の時代だと衛生観念的によくないですね、涙を呑ませるって」
「いやまぁ、それはいつも時代もそうじゃないですか?」
未だ怪訝そうにしている朝市はいつもの調子でツッコんでいるが、相手は神なのだ、口を慎んでほしい。
「あはは、そうですね。でもそう頻繁じゃないですよ、近年は人に宿る神がめっきり減ったので、基本的に正体がバレるような事態には陥りません。私自身、涙を呑ませるという行為自体も初めてで、もっと考えて動けばよかったと後悔しています。私達、彼女がオモイカネから力を授かっていることも知らなかったから」
「え、そうなんですか?」
思わず、といった様子で乃愛が聞き返すと、阪本さんは浅く頷いて肯定する。橋上は再び曇りに変わり、今にも雨が降りそうである。
「憩さんがそういう人間であることを把握していたのはごく僅かな神で、私はもちろん百合さんも知らなかったくらいで。私達は群れることをアマテラスから禁じられているんです。だから連携が不足している、絶望的なほどに。彼女がそういう人間だと知っていたら、あの時点で涙を呑ませるなんて真似はしませんでした」
「あの、佐藤さんは、憩ちゃんの身に起こったことを把握していたんでしょうか」
「ええ。ただ、最初から把握していたわけでも、アマテラスから直接教えられたのでもなく、憩さんのそばにいたから気付いた、という程度だと思います」
「なら彼に、塩田の魂胆も聞けばいいのでは?」
ごもっともな朝市の冷めた問いに、阪本さんはどこか物憂げだ。そして、「答えませんよ、佐藤さんは」と、きっぱりと言い切った。
「大事なご友人が訳の分からないことに巻き込まれて、さらに周辺を探れと指示されてご立腹だとは思いますが、佐藤さんに関しては心配されなくても大丈夫です。彼は本当に憩さんを大事に思い、心から愛し、守りたいと思っている。たとえ、我々を敵に回すことになったとしても」
神が神と敵対することはあるのか、人間と神の恋愛は許されるのか、塩田と佐藤さんはどう言う経緯で出会って仲を深めたのか、塩田は最初から佐藤さんが神と知っていたのか、塩田の“魂胆”とやらをを佐藤さんはなぜ仲間に黙っているのか。色々聞きたい。けれど、その真剣な眼差しと心地いい声音で紡ぐ言葉たちになんだか気圧され、質問を吐き出せずに飲み込む。
「我々も憩さんの平穏を壊したいわけじゃないんです。出来ればこれからも佐藤さんとご家族、あなた達と幸せに人生を過ごして欲しい」
「・・・それって、塩田の平穏を壊す選択肢もあるって聞こえます。神様だから、人間が気に食わないことをしたら罰を下すんですか?」
「おい、朝市」
ここ数日、色々なことが起き過ぎて親友も精神的に疲れているらしい。他者にあまり攻撃的でなく、嫌味を言われてもスルーが基本の朝市がここまで噛みつくのは珍しい。
「いいんですよ、失礼なのはこちらですから。真実がどうであれ、憩さんをどうこうしようとは思っていません。ですが、記憶や与えられた力を自ら放棄したその理由を、我々は知っておかなければなりません」
終始冷静で、神様だと言うのに物腰低い彼女は、一礼して病室を出て行った。人間のケアを進んでするくらいだ、心の優しい神なのだろうと思う。(俺だったら絶対しない。)
阪本さんの姿が消えても朝市の機嫌は悪いまま、むすっとしている。現実を受け入れられないのかと思い、気持ちに寄り添うような言葉を取り繕う。
「俺だって信じがたいけど、信じるしかないよ。朝市だって命を救ってもらった自覚はあるんだろ?」
「それは、まあ、なんとなく。あ、乃愛ちゃん、ありがとう。あの百合って神様に連絡してくれたんだよね。おかげで助かりました」
「いやいや、助けてくれたのは百合さんだし、あと斎藤さん・・・じゃなくて、佐藤さんか。どっちで呼んだらいいんだろう」
朝市は、「斎藤さんでいいんじゃない?佐藤だって偽名なんだろうし」と投げやりで、嫌味っぽい言い方をする。続けて、全く乗り気では無さそうだが、今後について聞き込みの役割を決めようと提案してきた。
「じゃあ、手分けして塩田の話を聞いていこうか。俺は入院中だけど、樹や三屋はお見舞い来てくれると思うから、友人回りは探り入れてみる」
「そうだな。互いになるべく聞きやすい相手にして、怪しまれないようにしよう。まあ、神様の言う通り、塩田が周囲に何かを相談しているとも思えないけど」
「それは確かに。塩田が相談って、想像つかないな」
「憩ちゃんが相談されることはあっても、することは少ないかもね」
改めて、塩田憩の凄さ、異質さを思い知った気がして、そこで会話が途切れた。丁度タイミングよく医師が巡回に来たのもあり、朝市に別れの挨拶と意味深なアイコンタクトをして、病室を後にした。
廊下に出て、「塩田に会ってく?」と聞くと、「今日はやめとく」と珍しい返事が。妹は塩田が大好きで、多忙な彼女と会えるチャンスがあれば有給を消費してでも会いたがった。さすがあんな内容を聞かされた後では怖気ついてしまったのだろうか。かくいう俺も、今は塩田に会うエネルギーがない。フランス帰りの空港からここまで高カロリーな話の連続で、叶うなら全て放り出して今はただベッドに飛び込みたい。
「朝市君、怒ってたね」
「え?」
「きっと、憩ちゃんが神様の事情に巻き込まれて大変な目に遭っているって考えたんじゃないかな。朝市君、友達命みたいなところあるし、怒ってたんだよ、神様に」
「神に怒る、か。そういう気持ちを持つこと自体、恐れ多いのかね」
「分からない。私達は命を救ってもらったし、普通なら聞かせてもらえないような話もしてもらった。感謝してる。でも、神様の行動で、不幸になる人間もいるかもしれない」
「それが塩田だって?」
「だって、申し訳ないって顔してたじゃん、神様たち」
彼らは気付いていたか知らない。けれど今日会った全ての神は沈鬱な面持ちをしていた。そもそも、神なのだから直接本人を強く問いただせばいい。どうしてお前は記憶と力を失っても神の存在が分かるんだ、わざと涙を呑んだ理由は、その目的はなんだ、と。そうせず人間に正体を明かすリスクを取り、手間をかけて塩田の周囲から情報を得ようとする。けれど目的の如何を問わず、塩田の生活を壊す気はないと言う。なんだか少し、いや、かなり矛盾した行動だと思う。
赤ん坊の頃に塩田になぜ力を授けたか分からないが、そこからして可笑しい。勝手に授けて、巻き込んだのは神側じゃないか。今度は正体を知られたら奪って、探って、勝手すぎることは確かだ。
「一応、神様には恩があるから探偵ごっこはするけど、私は憩ちゃん派だから。神様に従順な振りして、情報を先に集めよう」
真剣な眼差し、迷いのない口調で、「だから、お兄ちゃん、今日は早く帰って寝て、食べて、英気を養おう」と息巻く妹の足取りは力強く、いつもより歩幅が大きい。一歩先へ出た妹の背は、いつもより逞しく見えた。




