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君の手のひらで踊りたい。  作者: 田邑綾馬
第Ⅱ章 承

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救われた3人(二)

「え、ああ、お陰様で、もう平気です」

「そうですか。それは良かった。その様子ではスマートフォンは確認されていないようですね」

「スマホ?」


 言われてみると、事件以降一度もスマートフォンに触れていない。俺の場合、連絡すべき家族はいないし、職場へ知らせる必要もない。しかし、彼に指摘され、自然とサイドテーブルに乗せられたスマホに手が伸びる。スマホを確認していないようですね、ということは、何か特別な連絡でも入っていたと言うことか。

 指紋認証を突破し、メッセージアプリやメールフォルダを確認しようとするが、突如、視界に割って入ってきた白く長い手に阻まれる。スマートフォンごと、奪われたのだ、警察官に。あまりに突発的で無遠慮な行動に「うえっ!?」と変な声が出た。


 スマホを奪った美しい彼は、近くで見てもやはり美しかったが、シミどころかホクロひとつない白い肌と左右対称の顔面は作り物のようで近寄りがたさがある。顔の上で影を作りそうなほど長い睫毛は、俺のスマホ内を探るため忙しなく動いている。

 人のスマホを許可なく見るなんて国家権力の横暴に違いないのだが、呆気に取られて二の句が告げない。その間に「動画は一応消したぞ」と横暴な警察官が言うと、窓から外を眺めていた派手な女性が「そういうのって復元できるんじゃないですか?」と意見する。


「こいつにそんな技術あるのか?」


 横暴すぎる男の指は俺を差し、顔は昴と乃愛ちゃんへ向く。話を振られると思っていなかったのか、問われた昴は瞬きを複数回繰り返したのち、言いにくそうに「ないと思います。ない・・・よな?」と、こちらを伺う。なんだよ、なんなんだよ、確かに俺にデータ復元の技術なんてないが、それがなんなんだ。それより何の動画が誰から届いていたんだ。


「あ、あの、一体なんなんですか。あなた達、警察の方でしたよね?前に塩田の病室に来ていた」

「あ、よく覚えてますね。俺は水村蛍、そちらが百合月人、こちらが珊瑚さん。ええと、今回は災難でしたね。人命を守るなんて立派です、きっと感謝状出ますよ」

「い、いや、感謝状なんて別に・・・」

「こいつ前科あるんだろう?それじゃ無理だな」

「百合さんっ、こいつはやめてくださいっ、失礼過ぎます。お名前は倉田朝市さんです。今回のヒーローですよ。彼のおかげで死者ゼロなんですから」

「本来は、死者一名のはずだった」


 ぽいっとベッドの上にスマホを放り投げて、百合という男は何やら不可解なことをさらりと言ってのけた。「死者一名のはずだった」とは、どう受け取ったらいいのか分からない。さらに「僕がお前を助けた」と、言葉を続けるものだからますます分からない。


「僕がお前を助けた。刺されたのは3か所だったのに、2か所になっているだろう」


 はっと下腹部を抑える。この男の言う通り3か所刺されたはずだ。不思議と消えてしまったその傷が、一番深く刺された気がしていたのに。刺された時の全身が毛羽立つような衝撃、痛みより先に脳内で「あ、これ死ぬやつ」と思ったことも、その後襲ってきた熱さを伴う激痛もはっきり覚えているのに、傷は跡形もなく消えている。やっぱり、俺の思い違いじゃない、刺されたのは3か所だったのだ。


「その一か所が致命傷だったから治しておいてやったぞ」

「は?」

「感謝は、まあ別にしなくてもいい。どうしてもしたいなら、そこの小野乃愛さんに言ってくれ。お前を助けてほしいと彼女が連絡を寄こしたんだ。それがなきゃ、お前は普通に死んでる。今頃は霊安室だな」


 さっきからこいつは、何を言っているんだ。自分が助けたとか、傷を治すとか。え、この百合って人が執刀医だったのか?警官じゃなかったっけ?いや、昔ドラマで警官でありながら医師みたいな設定あったな。え、そういうこと?でも傷跡も一瞬で消せるってもはや神業じゃないか。某有名闇医者もビックリだ。え、で?乃愛ちゃんとこの人が知り合いだったってこと?

 頓珍漢とんちんかんな想像をしている自覚はある。でも仕方がない、頓珍漢な状況なのだから思考もそうなる。


 名前を出された乃愛ちゃんは気まずそうに口を結んで恐縮した様子。そしてなぜか乃愛ちゃんが男に「本当にありがとうございます」と言うので、俺もつられ、「えーと、ありがとうございます」と、感謝をとりあえず述べておく。

 状況はさっぱり掴めないが、 百合という男の顔に“こいつ状況を理解してないな”と書いてあるのは分かった。


「感謝はもういい。人間から何かしてもらおうとは思っていない。なぜ僕の正体がバレたのか理由も分かったし、動画も消去したし、本来であればこれでお前たちの記憶も消して終わりとするところだが・・・。ひとつ頼まれ事をして欲しい」

「頼まれ事?」


 反応したのは昴だった。昴達の方に向き直り、まるで俺はいないものとして頼み事とやらの説明を開始した。


「僕らが知っている塩田憩の事情については小野兄妹に話した通りだが、僕らが知らない彼女の情報が欲しい。お前達が何も知らないと言うなら、友人や知人にそれとなく聞き込みをして、どんな些細な事柄でもいいから僕たちに共有してくれ」

「あの憩ちゃんが周囲にそれらしいことを話してますかねぇ?」


 水村という男は唸りながら眉を寄せ、隣にいる珊瑚という女性もこくこく頷いている。


「そこから何かが分かるとは思っていないが、ヒントにはなるかもしれない。どうせ佐藤は何も喋らないのだから」

「あ、あの、直接、塩田に聞くのは駄目なんですか?」


 俺と違って昴はこの状況と彼らの会話内容を理解しているようだ。理解した上で質問までしている。

 昴の質問に、百合はさらりと答える。


「別にいいぞ。それなりの答えはくれるだろうが、僕が知りたいのは彼女の目的であり、本心だ。そこは絶対に明かさないだろう」

「でも、周囲の人に聞いて回ったりしたら憩ちゃんにすぐ気付かれると思います。それは問題ないんですか?」


 次は乃愛ちゃんが質問する。ああ、彼女もそっち側なのか。先ほどは塩田と斎藤さんが自分達とは異なる色を纏って見えたが、今はきっと俺だけが仲間外れの色をしている。


「それも別にいい。もう気付かれている。それに、」


 そこで言葉を区切る。一瞬だけ、彼の視線を微かに泳いだのが分かった。

「それに、」の先はこう続いた。


「どれほど憎かろうが、彼女に我々をどうこうする力はないのだから」


 全く状況が掴めないまま会話は一方的に終了し、百合・水村・珊瑚の3名は静かに部屋を出て行った。「ごめんね、詳しいことはお友達から聞いて」「お大事にね~」と、取って付けたような台詞を残して。


 去り際、俺の傍らに立っていた看護師にアイコンタクトを送っていたから、この女性もあっち側なのだろう。看護師もまた「私がいたら話にくいですよね。誰も入らないようしますので、ごゆっくり」と、去っていった。


 彼女が病室を出てすぐ、2人に事情を尋ねた。とにかく説明が欲しかった。しかし昴も乃愛ちゃんも神妙な顔をしているので、なるべく優しく、決して急かさず、蚊帳の外にされた苛立ちなど悟られぬよう、まだ痛む腹を抑えながら笑みまで作って聞く体制を整える。


「どうしたんだよ。何があったんだ?話しにくいこと?それにしても変な人達だったな。傷を治したとか、正体バレたとか。あ、動画ってなんだっけ?誰かが俺に送ったのか?」


 放り投げられたスマホを拾い、再度メッセージアプリやメールフォルダを確認するが該当するような動画はなかった。(消したって言っていたし、当然か。)


「メールに動画を添付して送ったの、俺らしい。覚えてないんだけど」


 昴がぼそっと呟いた。


「まだ腹は痛むよな。こんな時にごめん。本当に無事でよかったよ」

「え、いや、大丈夫だよ、ありがとう。それより、覚えてないってどういう?」

「さっき、百合って人が言っていただろ、記憶を消してどうのって。自分達に纏わる記憶を消せるらしい。俺の記憶を消したのは百合さん達じゃないけどな。たぶん、フランスの蚤の市のどっかで消された。それ含めて全く覚えてない。ああ、くそ。俺があんな動画を撮らなければこんな事には・・・」

「いや待って?お兄ちゃんは悪くないし、誰も悪くないでしょ。私達も、朝市君も命を救われたんだよ。本来なら、私達3人は死んでるんだから」

「飛行機事故で俺らが死んでたらさすがに星野さんの誕生祝いをしようってならないだろうから、朝市があの時間あの場所へ行く必要がなくなる。よって通り魔とも遭遇しない。本来の本来を言えば、朝市は死なないどころが怪我を負うこともなかったんだよ」

「それはそうかもだけど、もし朝市君があの時間あの場所にいなかったら他の人達が襲われていたわけで、その人達は命を落としていたかもしれない。だから、助けてもらったことには変わりがない」

「まあ、それはそう」

「いや待て、マジなんの話?頼むから教えて。記憶を消せるとか、命を救われたとか・・・。まさか、あの百合って人が神様だとか言わないよな?」


 変に興奮し、緊張している状態の彼らを和ませようと、話術の乏しい俺の精一杯のジョークだったのに、2人は少しも笑わない。おいおい、笑ってくれよ。笑うどころか兄妹はますます真剣な眼差しになり、こちらを凝視してくる。正直、怖い。

 そして、さすがは兄妹。同じタイミング、同じ角度で頷き、声もぴたり重なる。「なんだ、分かってんじゃん」と。

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