緊急会議(二)
皆口々に「狭いな」「普通に店内じゃダメなのか」「確かに」「この数が集まる前提で作ってないから」と、意見が飛び交うが、佐藤は構わず戸を再び閉じた。
「一応この空間で話しましょう。百合さん、時を動かしていただいて結構ですよ。とりあえず紅茶でも淹れましょう」
「暢気だなぁ、佐藤。お前のせいでこうなっていると言うのに」
座席をアナログ時計と仮定して、6が入口、5の辺りで給仕をしようとしている佐藤に、4に座る男・山田無量が不機嫌そうにぼやく。大して悪びれた様子がない無感情の「はい、すいません」を言いながら、既に水の注がれた大きい鉄製ポットを7に座る水村に渡す。水村は当然のようにそれを受け取ると、ポットの底を両手で包み込むように持ち直し、先ほどのハンカチと同じように手に炎を灯す。しかし今度はポットが消し炭になったり鉄が溶けだすなんてことはなく、適温でぐつぐつと水を湯に変えていく。狭い空間で燃えているわけだが、誰もそれを気にする素振りはない。神が発する炎に二酸化炭素は発生しないらしい。しかも水村は火の神だ、火力コントロールなどは瞬きや呼吸のそれに等しい。
軽くあしらわれた山田は苦虫を嚙み潰したような顔で追撃する。
「なぜまた彼女と縁を持った?記憶を消した人間とは以降如何なる関わりを持たない、ごく基本的なルールだろう」
「いや、それは、僕と珊瑚さんが憩ちゃんを見守ったらって勧めたみたいなところもあったんだよ」
「守りたいなら人間の肉体を捨てて元の姿に戻ればいい。そうすりゃ職場だろうが風呂場だろうが堂々と着いていけるぞ」
「風呂場って・・・フフ」
「ああん!?」
山田の風呂場発言に、佐藤は含み笑いをする。小馬鹿にされたと感じたらしい山田は唸るが、5に座る男はどこ吹く風だ。
一見仲が悪そうに見える両者、その実とても古くからの親しい友人だ。水村と佐藤も仲は良いが親しくなったのはここ150年ほどのことであり、山田と佐藤の友人期間は桁がひとつ違う。だから厳しい口調ではあるが、親友の身を案じているだけで、喧嘩を売る意思はない。
人間の肉体に宿ることを選択したからには忙しい人間生活を送らねばならないわけで、各々合間を縫ってここへやって来ている。その上、この国の最高神によって禁止されてしまった集会を、それでも秘密裏に決行しているのは、ただ一重に、佐藤の行く末を案じているからだ。
「で、僕らにすぐ気付かれないようそんな変装までして彼女の家で暮らしてみてどうだった?」
字面は皮肉っぽいが、百合なりに場を和ませるつもりで言っている。それを佐藤も理解していて、会釈と共に素直に感想を述べる。
「お陰様で、毎日とても幸せですよ。楽しいです。出来ればこのまま放っておいていただけたらなお有難いのですが」
「分かるけどさ、佐藤さん、今回みたいに名指しで呼び出しは完全アウトだよ。その小野乃愛さんはツクヨミを知っていたんでしょ。佐藤さんが教えるわけないし、憩ちゃんが喋ったとしか考えられない状況だよ?」
11に座る山の神の娘・夏芽はテーブルに前のめりになって、「そこは見逃せない」と、語尾を強めて主張する。12に座る父である山の神も、他の神も一様に深く頷いている。
「断言できませんが、それは無いと思います。だって乃愛さん、ツクヨミの連絡先を聞いてきたんですよ。百合月人という人間名すら知らなかった。もし憩さんから直接ツクヨミの存在を聞いたのなら連絡先など聞かずに憩さんに懇願するべきでしょう。神を呼んでくれ、助けてくれって。電話に僕が出たからだとしても、一刻を争う状況なので同様。実際、神様だからって言っちゃってましたしね」
薫り高い茶葉の入ったこれまた大きいティーポットに水村が沸かした湯を注ぎ入れ、蓋を閉じて茶葉を十分に蒸らす。蒸らすその間、佐藤はすらすらと自身の見解を述べていく。
「なのに、百合さんが倉田朝市君を確実に救える力がある神だと確信しているようでした。彼女の声には嘘はなかった。これが僕や山田さん、蛍さんならどうですか、治癒の力のない神を呼んでも意味ないですよね。乃愛さんは百合さんの能力まで知っている。時を止めることが出来る、かつ治療もできる、と」
「かなり詳細を知っているってことだよなぁ。憩さんがバラしたんだとしても、神がいる、時を止める力があるんだ、と言われて普通の人間は真に受けないし、信じないよな。それらしい場面に遭遇でもしていたら話は別ですけど」
佐藤の“百合の正体をバラしたのは憩ではない”という主張に、2に座るダンディめの神は理解を示した。ちなみに彼の人間名は中村次郎で、1にちょこんと座る白い兎・イナバと共に『いずも動物病院』を経営している。
「最近、今日以外で力を行使したことは?」
イナバが、口をもそもそと忙しなく動かしながら尋ねた言葉に、百合は腕組みをして記憶を呼び起こそうとしている。じっくり考えに耽るのかと思えば、ものの1秒で現実に戻ってきた。
「一週間ほど前に飛行機で、使ったな」
「あ!!」
口を手で覆う百合と、頭を抱える水村。飛行機で起こった出来事を水村が軽く説明すると、すかさず佐藤が反応する。
「確か同時期、乃愛さんとお兄さんの昴さんはフランスから帰国していますが、百合さんはイギリスから帰られたんですよね?」
「いや、仕事の研修帰りに休暇と称してフランスに立ち寄ったんだ。今の人間の父から、贔屓先に渡す贈り物をフランスの店で調達するよう言われて」
「はあ、なるほど。あなた達は同じ飛行機に乗っていたというわけですが。・・・まあ、今度から海外の贈り物は『ilios』で買えばいいですよ」
「そういう問題じゃない」
優秀で、責任感があって、リーダーシップの取れる百合だが、おっちょこちょいなところもあり、やや天然だ。
百合はうなだれるが、飛行機の件は彼に一切非はないし、むしろ多くの人間の命を救っているのだ。褒められこそすれ、責める者などこの場にはいない。それに問題は同じ飛行機に同乗していたことでも、その飛行機の時間を停止させたことでもなく、小野乃愛がなぜその事実を認識しているのか、だ。当然、時間が停止しているのだから同乗していた人間達の時間も止まるはずだが――。
佐藤を含め、その場にいる神達は各々思考を巡らせる。なんにしろ、こういった事態は初めてなのだ。人間達から自らに関する記憶など一切合切を断つ術を持つ彼らは、力を行使し、正体が露呈するような事態に例え陥ったとしても、その都度対象者から記憶を断ってきた。容易に人前で力を使う神などそもそもいないが、やむにやまれぬ事情で力を行使して、それを目撃されたとしても上記のような方法で切り抜けてきた。それに、神が力を使うのを、神が知らずに人間に目撃されていた、なんて状況は起こり得ない。周囲には十分気を配る。
つまり、彼らは人間に正体を悟られてしまった経験が一度もない。こういった事態の対処に疎いのだ。塩田憩という範疇外もいるが、彼女は例外中の例外で参考にならない。
百合の力は特別で特殊であるから余計事態は混迷していく。
唸りながら思考を巡らす水村。腕組みをして考え込む百合。あれこれと隣同士で話し合い考え付く候補を上げていく珊瑚と夏芽、山の神とイバナと中村、厄介なことになったと顔を顰める山田。そして、3に座る黒猫は我関せずとちびちび小さい舌を出し入れして紅茶を飲んでいる。
佐藤は一つの可能性を見出し、黒猫に尋ねてみた。
「飛行機内に、もう一柱いたという可能性は?そして何かしらの影響を乃愛さんが受けて、百合さんの力が及ばなかった、とか。ケトさん、あなたは海外の神でしょう?何か心当たりありませんか」
「ないなぁ。ボクは神にそれほど知り合いいないし」
間髪入れず答えが返ってきてしまい、佐藤も肩透かしを喰らう。ない、と即答したが、口元を毛むくじゃらの左前脚で拭いながら、やっと話し合いに参加する気になってくれたのか、ここにきて初めて言葉らしい言葉を発する。
「ツクヨミの他に神がいたとしても、彼女だけが影響を受けるなんて可笑しいんじゃないかな。だって飛行機なんて密室だよ、全ての乗客に影響があったのなら分かるけどね」
「日本人だったから、か?」
山田の率直な感想に、黒猫ケトは全身の毛をぶわっと震わせて笑った。
「ハハハ!それはいささか単純すぎるよ。人間なんて肉体の成分はどれも同じでしょ。日本人かどうかなんて関係ないと思う。あ、次の小説は今回の話から着想して、飛行機内での殺人事件なんてどうだい?」
「ありふれてるな」
「でもねでもね、犯人は見つかってもうすぐ着陸で大団円かと思いきや、機長の自殺で飛行機が墜落するんだよ。どう?本物の殺人鬼はコックピットにいたってわけ」
皆の白けた視線をよそに愉快そうに長毛を揺らしている彼は、見た目こそ緑の瞳を持つ可愛らしい長毛黒猫だが、発言はかなりストレートで過激な時が間々ある神だ。400年ほど前、貿易船を経由して日本へやって来た彼は日本の風土を気に入り、そのまま定住。こうして日本にいる神の緊急会議にも呼ばれるほどこの国に馴染んでいる。
佐藤がケト発案の小説を少し読んでみたいと思ったのはここだけの話。山田はおそらく執筆しないが。
10分ほど、ああでもないこうでもないと話し合っていたが、珊瑚のやけくそ気味の「もう乃愛さん本人に直接聞くしかなくない?」という提案に、いやそれは駄目だろうと思う反面、それしかないと諦めの気持ちが一同の表情に浮き出る。人間に教えを乞う。ある意味、神の敗北であるが、相手はあの塩田憩の友人だ、致し方ない。これが全くの知らぬ人間であれば全ての神々を集めて大騒動に発展し、力づくで真相を明らかにしていただろう。
珊瑚は続けて、自分達が神であると明かした上で小野乃愛へ接触することを推した。
「乃愛さんはツクヨミには大恩があるわけだし、素直に答えてくれるんじゃないかな。それに、いきなり記憶を消したりしないで、飛行機内の状況と、誰にどこまでこのことを話したかを教えてもらってから記憶を消さないと、二の前だよ」
「――そうだな」
神々の表情は変わらず暗いままだが、一応の結論は出たようである。小野乃愛への接触は早急に近日中行うこととし、事の発端である百合、水村、それから女性もいた方がいいだろうと、珊瑚が担当することに。
「じゃあ、そろそろお開きにしますか。我々がこうしていることをアマテラスに知られたら事ですし」
山の神、という割には小柄で温厚そうな見た目をしている人間名・穂積の号令により、皆は席を立った。
今現在、この国の最高神アマテラスにより複数の神が集まることは完全には禁じられていないものの非推奨の状態が続いている。よって、こうして複数の神が集うのは珍しいことであり、アマテラスという懐かしい名も出たからか、中村の腕に抱きかかえられたイナバは帰り支度を始める仲間達に問いかけた。
「あれから私は一度もお姿を見ていない。今はどのようなご様子なのか。誰か知る者は?」
皆一様に首を横に振る。曇り空のような表情だ。もうかれこれ900年近くも表舞台に現れず、神々と関わりを持とうとせず、所在も分からない。まだ、あの一件の傷が癒えていないだろうと皆は推量する。
それから通行人などがいないタイミングを見計らい、アンチクトンの扉を抜けて、神々はそれぞれの日常に戻っていく。
佐藤はカップを回収し、片付けを始め、水村はそれを手伝う。百合と珊瑚は、神々がいた空間から抜け出て、アンチクトンのカウンター席に座って彼らが動く様をただ眺めている。
「スサノオは結局来なかったな」
百合の呟きに、カップを洗う佐藤が答える。
「一応声はかけたんですけどね、顔を出しにくいんだと思いますよ。自分が一番あれこれ気付ける立場にいたのにって、随分と落ち込んでいらっしゃいましたから」
「それは殊勝な事だな。昔のあいつなら気にせず大笑いしてるぞ。1300年もの間、神や人の関りを断って山に籠っていただけのことはある」
「へえ、山籠もりって神にも効果あるんだぁ」
長い髪の先や爪の先をいじって、佐藤と水村の片付けが終わるのをただ待つ珊瑚が愉快そうに言う。
「そうかもしれませんね。聞いていた性格と随分違いましたよ。こう、落ち着いているというか、達観しているというか、今時の人間という感じで」
「ええ?あんなに暴れん坊だったのに?神も変われるもんだねぇ。あれ、佐藤ってスサノオと面識なかったの?」
「遠目からお姿を拝見したくらいですかね」
素早くカップとソーサ、ティーポットを洗い終え、水村がそれらを布巾で水気をふき取っていく。次に、秘密の小部屋のテーブルを拭き上げ、重い本棚を元の位置に戻す。
全ての支度が終わり、アンチクトン入店時と同じように百合が時を止めて退店しようと力を使おうとするが、それを佐藤が引き留めた。彼は自身のスマートフォンを見ている。
スマートフォンの画面を見つめながら佐藤は言った。「乃愛さんに会いに行くのは、明後日がいいかもしれません」と。
「今、憩さんから連絡がありました」
百合達に向けられた画面の中、憩からのメッセージはこうだった。
『乃愛ちゃんに用があるなら、明後日に来てほしい。明後日なら乃愛ちゃんのお兄ちゃんも戻るだろうし、話はスムーズだと思うよ』
メッセージの下には、手を合わせるクマのスタンプが貼られている。
そのメッセージを見た途端、百合の額に青筋が立つ。何の変哲もない書体と不可解さの欠片もない文章だが、憩からの送られたメッセージだと思うと無性に腹が立ってくる。きっと画面の向こうで、彼女はこのメッセージを高笑いしながら作成し、送信している姿がありありと浮ぶ。これがどうして怒らずにいられるか。そしてその苛立ちは目の前にいる佐藤に向かうのである。
綺麗な瞳を釣り上げて、詰め寄る。重低音の唸るような詰問だった。
「佐藤、やはり彼女も関わっているんじゃないのか?」
「それは分かりません」
凄まれても佐藤は眉一つ動かさず、怯まない。百合の苛立ちは増幅するが、水村と珊瑚がまあまあと両側から息を荒くする彼を宥めにかかる。
「まあいい、それを含めて話を聞く」
「乃愛さん達はともかく、憩さんが素直に答えてくれるとは思えませんけどね」
「お前はどっちの味方なんだ!」
聞いたところで答えは分かり切っている。百合もそんなことは重々理解していたが、思わず口を突いて出てしまった。
佐藤未来は、塩田憩の味方だ。自身も神でありながら、いざとなれば神々を裏切り、彼女を選ぶ。




