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君の手のひらで踊りたい。  作者: 田邑綾馬
第Ⅱ章 承

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第十九話 確信

 次々やって来た救急車に怪我人は乗せられていった。刺された人は星野さんを含めて5人で、現段階で死者はなく、意識不明で重体なのは朝市君だけだった。星野さんと他の被害者の方曰く、一人、二人と切り付けられ、星野さんに包丁が振り下ろされそうになった時、朝市君が身を挺して守り、深手を負いながらも犯人を取り押さえようと奮闘した。他一人の被害者は、そんな彼と共に戦い、負傷したのだと言う。


 朝市君が運ばれた先は偶然にも憩ちゃんが入院している病院だった。救急患者を多く受け入れているからだろうが、妙な縁を感じ、ここには憩ちゃんがいるのだと思うと安心感が少し湧いた。

 手術中のランプが消えて、手術室から出てきた朝市君の口には呼吸器を付けられ、看護師さんにそのままどこかへ運ばれていった。担当医の「聞き及んでいた出血の割に傷はかなり浅いです。臓器の損傷もなく、命に別状ありません」の台詞に、私達は安堵からその場に崩れ落ちた。先ほどまでと違う、嬉し涙を流し、互いを抱きしめ合う。そして、各々知り合いに朝市君が無事である報告をしに病院の外へ走った。


 彼らの嬉々とした後ろ姿を眺めながら、私はとある可能性について考えていた。


 ――「聞き及んでいた出血の割に傷はかなり浅いです、臓器の損傷もなく、命に別状ありません」

 もしかして、神様が助けてくれたのかもしれない。だって、あんなにも大量の出血があって、刃渡りの長さから考えて傷が浅いなんて考えられない。もしかしたら、もしかして、飛行機の時の同じく、あの百合という神様が時間を止めて傷を治してくれたのかも。

 ・・・あれ、でも、それじゃあ、斎藤さんは百合さんに連絡してくれたってこと?あの時、私はなんと言ったんだっけ。気が動転していて、自分が何を口走ったのかよく覚えていないや。


 つい一時間ほど前の記憶を思い出そうと葛藤中に、フランスへ出立した兄から、このタイミングで電話がきた。握りしめていた手の中でスマホが震えている。樹君、一華ちゃんとすれ違う形で、今度は私が外へ出た。救急入口の自動ドアが開くと同時に、兄が喋り出すのを待てずに切り出した。


「お兄ちゃん今どこ!?もう日本向かってる?」

『いきなりだな。今は帰りの飛行機待ちしているよ。明日の樹の誕生日にはギリ間に合いそうだ』

「あのね、実はそれどころじゃなくって、今、大変なことが起こって、まず朝市君がね、通り魔に刺されて重体になってたの!」

『はあっ!?』

「大丈夫!今はもう手術が済んで、命に別状ないってお医者さんも言っていた。一瞬しか顔も見れなかったけど、血色も良かったから安心して」

『な、なんだよそれ。どうなってんだよ、何があったんだよ!』

「帰ってきたら話すよ。あとね、それでね、もしかしたら神様が助けてくれたのかもしれないの!」

『神様?』

「そう!私、憩ちゃんに電話してこの間の警察官の連絡先を教えて欲しいって伝えたの。そしたら斎藤さん出て、繋いでくれたみたいで。いや、本当に繋いでくれたか分かんないけど、でも朝市君の傷だって、出血に対してかなり浅いんだって。私、見たんだから!朝市君の周りなんてもうホント血の海って感じで、これはヤバいって思って。あー、思い出しただけで泣けてくるし、鳥肌が立つ」

『ほー、うーん、まあ、とりあえず、朝市は無事なんだな?他、巻き込まれたりしてないか?お前は大丈夫なのか?』

「うん、大丈夫!」

『お前の頭はヤバそうだけどな』

「なにそれ!」

『だって、神様がどうとか、警察官の連絡先を塩田の彼氏に連絡してどうのって。動揺し過ぎだぞ』


『神なんているわけないだろ』と、兄はからかうように笑って言った。

 それほど頭の良くない私でも瞬時に理解した。兄はとぼけているわけじゃない、本心から“神なんているわけない”と言っている。

 ぞわり、と身体に悪寒が走った。一時間前とはまた違う恐怖心から、足に根が生えたように動けない。


「お兄ちゃん、飛行機の中でのことを忘れたの?動画は?」

『飛行機?動画?なんだっけ』

「動画フォルダ見てみて。この前のフライトの日付のやつ」

『え?・・・いや、そんなのないぞ。なんの話だっけ』

「絵本は?」

『絵本?』

「貰ったでしょ、あの蚤の市でテラって女の人に!」


 私の剣幕に驚いたのか少しの沈黙の後、兄は「知らない」「分からない」「お前、少し疲れてるんだよ。事情は樹にも聞くから、少し休め」と気遣う口ぶり、可笑しいのはそっちなのにまるで私が変な奴みたい。


 でも、そうか、そうだよね。私達人間を神様はどうとだって扱える。時間を止めること、傷を治すこと、見捨てること、記憶を消してしまうこと、神様はなんだって出来る。だって、神様だから。

 兄は、記憶を消されたんだ。あの女性と再会して事情を話し、正体がバレたから記憶を消された。あるいは、彼女を探し歩いて、仲間の神様に気付かれてしまったのか。いくら考えって正解は分からない。

 じゃあ、私はどうなるの?兄にもう一度あの動画を見せれば信じてくれるだろうか。私の動画はちゃんと残っている。(遠隔操作が不可なことは分かった。)

 いや、それより私、さっきの電話で神様どうのこうの斎藤さんに話してしまった気がする。いや、話した。それを彼がすんなり信じるのは変だ。緊急事態で気が変になった私を気遣って話を合わせてくれただけ?もし違うなら、彼も神様の存在を知る人間か、神だ。私も気づかぬうちに兄と同じ状況に陥っている。私も記憶を消されてしまう。


 だとすれば、取るべき行動はこの動画の死守だ。信頼できる友人にこの動画を送る。メールで送ろう。送受信の履歴が削除できる。まず頭に浮かんだのは、憩ちゃんだった。けれどすぐ作業を止めた。あの斎藤って人は憩ちゃん彼氏で、彼女のスマホに触れる立場にある。憩ちゃんが斎藤さんの正体を知っているか否かはこの際置いておくとする。とにかく今はメール作成と送信に専念だ。今回の当事者の朝市君の個人アドレスへ動画を添付し、送信。即座に送信履歴を削除。よし、あと一人くらい送信したい。


 一華ちゃんのアドレスを引っ張り出したところで、背後から声を掛けられた。心臓が止まるほど驚いた。幸い止まらずに済んだのは、声の主が親しい友人だったから。


「乃愛ちゃん、大丈夫?」

「い、憩ちゃん」

「なかなか戻らないって一華が心配してたよ」


 振り返った先に、病院着を着た憩ちゃんが立っている。右腕はまだ白いギブスをして痛々しい姿だが、体調は良さそうだった。


「倉田君のこと聞いて降りてきたんだ。本当によかった、命が助かって。小野君に電話してたの?」


 いつもと同じ笑顔に安心して、涙が込み上げそうになる。そんな私を見逃さず、憩ちゃんは顔を覗き込むようにして長身を少し屈め、心配そうな様子で気遣ってくれる。


「どうしたの?何かあった?」

「その、あの、今日は、斎藤さんは病室にいるの?」

「斎藤さん?少し前に出てってまだ帰って来てないみたい。じきに戻ると思うよ」

「そうなんだ。毎日お見舞い来るの?」

「そうなんだよ、別に来なくてもいいのにね。有休が余りに余ってるからちょうど良いとか言っていたけど、どうなんだか」

「あはは、愛されてるんだね。斎藤さんとは、2年前のストーカー騒動の時に初めて出会ったんだよね?」

「んー、たぶん?」

「たぶん?」

「私が覚えていないだけで、付き合い自体は長いかもしれない」

「ど、どういうこと?」


 言葉の意図が読みとれず首を傾げると、彼女は説明してくれる気があるらしく、私を病院内へ誘う。肩を並べて再び病院内へ入り、手近にあった椅子へと腰かける。周囲には人があまりいない。もうすぐ診察終了時刻の夕方5時を迎えるからだ。


 三角巾の隙間に忍ばせていたスマートフォンを左手で取り出すと、とある動画を見せてくれた。それは、兄が私のスマホで撮影した機内の映像だった。


「どうしてそれを!?」


 驚いて尋ねると、どうやら私達は似た者兄弟であることが分かった。


「小野君から、昨日送られてきてた。メッセージもなくこの動画のみ添付されて。この動画に映ってるの、百合さんだよね?ああ、このひと百合月人さんって名前なのね。で、動画内で百合さんと会話しているのが水村蛍さん。この間、私の病室に来た私服警官の方が彼。2人とも、芸名みたいな名前だよね」


 ケタケタと憩ちゃんは笑う。愉快そうにしているが、目が笑っていない。目の奥、口調の端々に、心なしか怒気や嘲笑が滲んでいるように感じる。(私の気のせいかもしれない。)

 そして、賢い彼女はついに確信を突いた。


「百合さんは、神様なんだね」


 彼女に、後光が差してみえた。私の伝えたいことを、でも上手く言葉に出来ないことを汲み取り、欲しい台詞をくれた。どっと安堵の波が押し寄せる。私は一人じゃない、憩ちゃんがいる。一人で抱えていた重たすぎる積み荷を、彼女は軽々持って行ってくれたのだ。

 涙が込み上げ、頬を伝うが、それを指先で優しく拭ってくれる。彼女はさながら女神のようだった。


「乃愛ちゃんは倉田君を助けてほしくて、百合さんに繋いで欲しくて私に電話したんだよね?」

「そ、そう。でも斎藤さんが出て、それで私、神様だって言っちゃったと思う、気が動転してて。でも斎藤さんは自分が彼に電話するって、驚いたり笑ったりしないで言ってた」

「そうなんだ、じゃあ、斎藤さんも神様なのかな」


 あまりにもあっさりした調子で話すので、こちらが困惑してしまう。


「今、斎藤さんがいないのも、神様仲間と会議でもしてるのかもね。人間に知られたぞ、なぜ彼女は我々を知っている、どこからバレた、処遇はどうする?ってさ」


 なぜそうも楽しそうに、わくわくした表情が作れるのか分からない。不安と恐怖を煽るような言い方に、思わず身震いし、自分の身体を自分で抱きながら、改めて踏み込んではいけない領域に踏み込んだのだと痛感する。


「でも、小野君はフランスに住んでる神様に記憶を消されちゃったんだね、きっと。小野君は職業柄、動画保存に関しては慣れてるだろうし、クラウドに残してもいるんじゃない?動画を送られたのも私だけじゃないかもね」

「た、確かに」

「とにかく、動画を消される心配はしなくていいよ、私も複数のクラウドに保存したから」

「でも、そんなの神様だったら、ちょちょいのちょいで消せちゃうんじゃ」

「そういうスキルを会得した神はいるかもしれないけど、元からそういう技を持ってる神はいないと思わない?だって、デジタル技術は人間が産み出したもの、神の領域じゃないもん」

「そ、そうかな」

「そうそう。いや~、今頃あたふたしてるんじゃない?」

「誰が?」

「神たちだよ」


 子供のような無邪気な笑みの彼女に、ここへきてようやく、うすら寒いものを感じ始める。

 そもそもどうしてそんなにすんなり神の存在を受け入れられるのか、私が言えたことではないがあの動画と私の証言だけで斎藤さんを神と断定するのは飛躍し過ぎている気がする。

 なおも憩ちゃんは自身の見解を続ける。


「あー、それはそうと、小野君の記憶を消した神様が乃愛ちゃんに会いに日本へ来るかもしれないね」

「なんで!?」

「乃愛ちゃんと言うより、小野君と秘密を共有した“誰か”だけど。だって、例えば動画が保存されている先が複数あったとしても時間をかければ削除できる。でも、正体を知る人間がいるなら記憶も消さないと安心できない。小野君が乃愛ちゃんのことを喋るわけがないけど、「自分以外は神の存在を知らない」という嘘は見破るかもしれない。それこそ、神の領域でしょ」

「そ、そんな」

「来るかもしれないし、来ないかもしれない。まあ、これは可能性の話だよ。もし来ても、別に取って食われるわけじゃない。きっと、元に戻るだけだよ」

「それはそれで怖いよ」

「そうだよね、分かる。怖いし、勝手に操作されるなんて腹が立つよね」

「あ、あのさ、憩ちゃん、一個聞いてもいい?」

「うん、なに?」

「憩ちゃんは、神様じゃないよね?」


 憩ちゃんが神様でも、私は納得する。むしろ逆にその方がいいのかもしれない。知らない神様が突然やってきて怖い思いをするより、いっそのことこのまま。

 自分の命を救ってもらっておいてなんだが、私の中で神様は恐怖や不気味さを孕んだ存在になりつつある。これが、畏怖する、ということだろうか。

 

 私の問いに、憩ちゃんは一瞬きょとんと目をまん丸くした。常に人を翻弄する側の彼女のこういう顔を見るのは珍しい。けれどすぐにいつもの調子に戻って豪快に笑い出した。忘れているかもだけど、ここは病院だよ、あなたは怪我を負った病人だよ。そう言いたいが、腹抱えての爆笑ぶりに口を出す隙間がない。

 ひとしきり笑って、目尻に滲む涙を拭いながら力強く宣言した。


「私は人間だよ。今も昔も、これからも」


 そっか、そうか、そりゃそうだよね。憩ちゃんのことは昔から知っている。子供の頃からたくさん遊んでもらったし、ご飯も食べさせてくれたし、勉強も教えてくれた。私がセクハラで苦しんでいた時も、クソ院長との間に入ってくれて円滑に辞められた。強くて美しい、私の憧れる先輩で、兄と私の自慢の友人。憩ちゃんが神様というのなら、私は納得する。でも、神でないとするなら、この人は一体何者なんだろう。

 人間と宣言され、逆に衝撃を受けてしまう私を置き去りに、憩ちゃんは話の展開を一層加速させていく。


「私も、たぶんやられた。私が22の時。覚えてる?建設現場の足場が落ちてきて、この病院に運ばれたこと」

「あっ、うん、それはもちろん」

「その時、この病院で、記憶を消されたと思う」


 さっき、斎藤さんとの出会いは2年前かと尋ねた時、憩ちゃんは「私が覚えていないだけで、付き合い自体は長いかもしれない」と言った。それは、こういう意味だったのか。


「上手く言えないけど、どうもあの頃から全てに違和感があった。何かが違う、何かが可笑しいってずっと思ってた。まるで間違い探しみたいに、何が変化したのか探し続けていたけど、ようやくはっきりした」

「憩ちゃんも記憶を消されてるってこと?」

「そうだね。そして、消された記憶の中に、斎藤さんも含まれてる。あのひとは、私をずっと前から知っているし、私もずっと前から彼を知っていた」


 並べた言葉だけならば、なんとロマンチックなのだろう。

 今、私達が置かれている状況はあまりにも非現実的で、おとぎ話のようで、恐怖すらも感じるが、彼女の仮説を聞いた私の気分は少しだけ晴れやかになる。

 うっとりと、語る彼女の横顔を見入る。


「じゃあ斎藤さんは、憩ちゃんと一緒にいたくて、また目の前に現れたんだね」


 口に出した瞬間、空気が凍った。見惚れていた美しい横顔から、一気に表情と血色が抜け落ちた。私は彼女の地雷を踏んだのかもしれない。

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