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君の手のひらで踊りたい。  作者: 田邑綾馬
第Ⅱ章 承

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輪廻転生(二)

 女から貰った絵本をトランクに入れるタイミングを逸してしまったため、絵本を膝の上に乗せ、スマートフォンで検索を始める。

 やはり神社か?寺だろうか?そもそも寺と神社は何が違うのだろう。仏教が寺?じゃあ、神社は?ああ、さっき彼女がジャパンオリジナルの神って言っていたが、それを祭るのが神社か。じゃあお祓いは?どちらでもいいのだろうか。


「やっぱりメジャーなのは神社の方か。ジャパンオリジナルらしいしな」


 呟くと、妹が反応した。


「なにが?」

「お祓い。塩田に」

「そうだね、それがいいかも。ついでにみんなで行こう!」

「俺らも?俺ら一応クリスチャンだぞ」

「教会も行ったことないし、お墓がそうってだけじゃん。だからお祓い行ってもいいんだよ。日本は信仰の自由が認められているんだもん。それに沢山の神様に守ってもらった方がお得じゃん」

「そんな尻軽な人間、神の方からお断りだと思うぞ」

「神様は心広いはずだよ。だって神なんだから」

「都合がいいな。ジャパンオリジナルの神なんて俺はひとりも知らん。まあ、とにかくどんな神かくらい知ってお祓い行かないと失礼だしなぁ。あ、お釈迦様とか?」

「それは仏教だよ」

「よく知ってんな、お前」

「常識だよ、お兄ちゃんがあり得ないだけ。最近流行ってるんだよ、神社巡りとか。有名な神様だとアマテラスとか、ツキヨミとか、スサノオとか」

「ああ、それがジャパンオリジナル?」

「そうそう。なんだ、名前くらいは知ってたんだね」

「なんかのゲームで出てきた気がする」


 妹の冷たい視線を浴びながら、検索結果をスクロールしていく。東京近郊だけでもお祓いを得意とする神社は複数あった。とりあえず、近場でいいか。

 引き続き、お祓いの予約方法や値段を眺めていると、妹が「憩ちゃん、神様とか信じない派だったかも」と、思い出したように呟いた。


「初詣も行かないんだって今宵ちゃん達から聞いた。そう言われてみると皆で初詣行く時いつも憩ちゃんいないよね。てっきり千叶ちゃん達がいるから夜更かし出来ないんだと思ってた。大学受験の時も今宵ちゃんが祈願しに一緒に行こうって言ったら「そんなん意味ない」って爆笑されたらしいよ」

「はあ、確かに塩田はどっからどう見てもリアリストだよなぁ。神頼みなんて時間の無駄、己で努力して実行すべしって感じだ。まあ、でも、お祓いは俺らからの無事を願う気持ちってことで―――」


 無事を願う気持ちってことで受けてもらおう。

 続くはずの言葉は途切れ、俺の身体は座席に叩きつけられた。いや、俺だけではない。左隣の妹も、他の乗客も同様だ。重力を全身に浴びる。動けない。声が、出ない。今度は身体が大きく前のめりになる。そして、次には宙に浮く感覚に襲われる。この間約3秒ほど。機内はあっという間に乗客の悲鳴と、スマートフォンや飲み物の転がり落ちる音が響き、ああ、飛行機にトラブルが起きたのだと理解する。


 頭上から救命胴衣やらが散らばり落ちてくるが、手に取る余裕すらない。例え着用できても、この速度と傾きで地面や海面に叩きつけられるのなら救命胴衣に意味はないだろう。乗務員の一人が必死に乗客へ呼び掛けているが少しも聞き取れない。もう一人の乗務員がコックピットの方へ懸命に這っていくのが見えたが、状況が分かったところで俺達乗客にはどうすることも出来ない。


 お兄ちゃん。涙交じりのか細い声で呼ばれ、思わず妹に覆い被さるように抱きしめた。「大丈夫、大丈夫、兄ちゃんがついているから」なんて、無意味な慰めを繰り返す。

 この飛行機は墜落するのか。もしそうなったら、塩田達は自分達のせいだと気に病むだろうな。予定通りの便に乗っていれば俺達は死ななかった、事件に巻き込まれた自分のせい、連絡してしまったせいだ、と。でもどうか自分を責めないで欲しい。別にお前らのせいじゃないよ。これも運命ってやつだ。人間はいつか死ぬ。早死にか長生きか、死に方の違いはあれど、『死』は平等に訪れる。だから、どうか自分を責めず、幸せに生きていって欲しい。偽りない本心だ。・・・でも本当は、妹だけは助けてほしい。俺は死んでもいいから、妹には生きてて欲しい。


 悲鳴と絶叫、機体が軋む騒音の中、なぜかふいに、女の声が蘇ってきた。

 ――「白猫だって、黒猫のように輪廻転生していたかもしれないのに。黒猫が生まれて変わるのを、白猫は待っていたかもしれないよ。可哀そうに、今も待っているかもしれない」


 確かにそうだ、どうして、黒猫は、生まれ変わりを続けているが自分だけだなんて思い込んだのか。輪廻転生している猫が他にいる可能性だってあった。その猫を探してみようとは思わなかったのだろうか。そしてその猫が白猫だと、一瞬でも考えたことはなかったんだろうか。

 俺も、死んだら生まれ変わるんだろうか。

 こんな状況で考えることが遺書を残すでもなく、神頼みでもなく、走馬灯を見るでもなく、ファンタジーだなんて、俺ってこんな奴だったんだ。


 抱きしめる力を強めて、目を瞑って、奥歯を噛みしめてその時を待っていると、不思議なことに、ぱっと全ての音が消えた。予期せぬ静寂だった。慌てて顔を上げるが、変わらずここは機体の中で、皆一様に座席でうずくまり、その時を待っている。けれど、違う。さっきまでとは違う。乗客は蹲ったままピクリとも動かない、叫びもしない。ペン、スマートフォン、紙コップ、その他諸々がその場で宙に浮いた状態で留まっている。まるで無重力状態。いや、無重力だって物は動くぞ。妹を見るが、他の乗客同様に静止している。

 今この瞬間、人間も物もこの機体も、時が止まったかのように動かない。俺を覗いて。


 もしかしたら俺達は既に死んでいて、ここは死後の世界?それとも、死ぬ直前こうやって周囲が止まる現象を人は体験するのだろうか?数秒が永遠に感じられるような、こんな不思議な体験を。

 荒ぶる呼吸をなんとか抑えて、必死で状況を理解しようと恐る恐る立ち上がりかけた時、人の声がして、息が止まりそうになる。


「チッ、面倒だな」


 日本語だった。俺達が座る席より後方から聞こえる。男の声だ。


 男に見つからないよう咄嗟に体制を戻し、座席に隠れる。男はこちらに気付かなかったようで、より後方へ歩いていくのが分かる。あちらにはコックピットがある。

 うずくまって隠れているため、男の声は聞こえても姿は確認できない。こんな危機的・非現実的状況にもかかわらず男は誰かと通話をしているようで、その声色に焦りは感じられず至って平静で、話しながら傾いた機体の中を難なく進んでいる。


 俺のスマートフォンはどこかへ吹っ飛んでいったので、硬く握りしめている妹の手からそれを拝借し、録画モードにして通路が映るよう配置。ほぼ無意識のうちに行動していた。

 幸い、男はスピーカーモードで会話をしてくれていたので、静寂に包まれた機内で彼らの会話はこちらまで届いていた。


「飛行機が墜落しそうだ」

『ええ?!機体トラブルですか!?故障!?バードストライク!?時止めてるんですか!?怪我人とかは!?』

「うるさいぞ、蛍。時は止めている。怪我人はいても打撲程度だろう。ざっと見た所、機体の故障ではないだろうな。予兆もなく唐突に高度が下がり始めたから人為的なトラブルかもしれない。今からコックピットに入る」

『ええ、どうしよう、ええ、あ、トトリに連絡してみます!?鳥集めてもらいますか!?』

「火の鳥を召喚できるのなら連絡してくれ」

『冗談言ってる場合ですか!』

「お前が言い出したんだろう。鳥をいくら集めようとこの機体を支えて無事に陸へ降ろすのは無理だ」

『でも機体トラブルだったらどうするんですか?時を止めている間に飛行機直せる奴を見つけてそこへ連れてって直してもらう?それで人間達の記憶も消して――、いやいや、そんな場所で直せないよなぁ。ああ、飛行機を修理するイメージが湧かない!何が必要なんだ?とにかく大がかりですよね?あ、パラシュートで乗客を降ろす?人数分のパラシュートをそこまで運ぶとか?確か山田さんがヘリコプター操縦免許持っていたと思います!連絡してみます!』

「何人乗っていると思っているんだ?そんな時間はないし、人間に見つかる。それにまだ高度は高い、パラシュートで全員無事に離着など不可能だ」

『じゃあ、百合さんが飛行機に宿るのは?』

「究極的な方法だな。そもそも人間が操縦する物体に宿った場合、動かそうとする力はどちらに軍配がいくんだ」

『そりゃ俺らでしょう!俺、人ごみに突っ込もうとしている車に宿って止めたことありますよ!』

「へえ、そりゃ殊勝だな。――あ」

『どうしました!?』

「やっぱり、殺人自殺か」

『なんて!?』

「機長が故意に墜落させようとしている。副機長は血を流して倒れている」

『えー!そんなことあります!?』

「たまにあるらしいぞ。はた迷惑は話だ、死ぬなら一人で死ねばいい」

『いやまぁ、周囲を巻き込んで死ぬのは良くないですけどね。で、どうするんですか?』

「とりあえず機長は縛っておこう。副機長の傷をまあまあ治して、操縦かんを握らせておく。僕が出来るのはここまでだな。副機長が機体を立て直せなきゃ墜落する」

『そんなぁ!』

「もし本当に墜落するようなら、墜落直前にまた時間を止め、乗客を地上に降ろすという手もあるがそれは出来ない。神業過ぎるからな、さすがにバレる」

『で、でも』

「存在を勘付かれるれるような事態を招くよりこの身体を破棄する方がずっといい。だから最悪、この飛行機は墜落する。そうなる可能性は捨てきれない。だから蛍、後は頼んだぞ」

『あんたそれでも神ですかぁ!?』

「神は人間のために存在していない。そんな当たり前のこと、お前も分かっているだろう」


 耳に膜が張ったように感じる。まるで水中にいるみたいだ。ここが高所だからか、尋常ならざる現実を受け止められず精神が逃避しがっているからなのか分からない。興奮、緊張、恐怖、不安から、周囲に聞こえるのではないかと思うほど心臓音が大きく早くなっていく。はあはあと荒い呼吸音が自己制御できない。腕に力が入り過ぎて、抱える絵本が湾曲していく。


 男の発言の数々を正しく理解できている自信はない。それよりも、この激しい心臓音と荒い息遣いのせいで、男に俺の存在が気付かれやしないか心配だ。あの男なら、気付いたって不思議ではない。だって、神様らしいから。蛍という男を信じ切るつもりはないが、それ以外にこの状況を作り出せる者がいるとは思えない。超能力者、新人類、宇宙人、地底人、他の候補を上げてみるが、どれもしっくりこない。幽霊、妖怪、魔物などの人外の可能性も考えるが、足はあるから幽霊ではないし、姿もおそらく人間なのだろうと思う。飛行機に乗れているのだから見た目は人間のはずだ。変身できるなら別だが、妖怪や魔物、妖精などの類なら、彼以外にもそれなりの数の同胞がいるはずで、この地球上にそんな恐ろしい生き物が数多生息しているなんて受け入れ難いから却下する。だから、彼は神であるべきだ。人間を積極的に助ける気はないらしいが、今この状況を打破する力を持つのは彼だけ。


 全てが停止している中でなぜ俺が、俺だけが自由に動けるのか理由の見当は付かないが、もし知られたら飛行機を墜落させるかもしれない。とにかく冷静になれ、俺がすべきは妹や周りの人間と同じように停止しているフリを続けること。


 男達の会話が終わり、コツコツと足音が響き、次に何か金具のぶつかり合う音がする。ああ、シートベルトか。時間が再び動き出すのだと悟った瞬間、絶叫が轟いた。妹を含む周囲の絶叫、強烈な浮遊感が襲ってくる。つい数分ほど前の危機的状況が舞い戻って来た。


 どうなる、俺達は助かるのか、このまま墜落してしまうのか。もし機体を立て直せず墜落しそうになっても、あの男は、あの神は、俺達を本当に見捨てるだろうか。他の乗客は知る術はないが、俺達の命は今、神の手のひらの上にあるのだ。


「・・・大丈夫、お兄ちゃんも一緒だから」


 妹の身体を一層強く抱き締める。覚悟は出来た。なるようにしかならない。副機長の頑張りと、神の心変わりを期待しながら、目を閉じてその時を待った。

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