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君の手のひらで踊りたい。  作者: 田邑綾馬
第Ⅱ章 承

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第十六話 輪廻転生

 フランスの蚤の市で顔見知りになったその女は俺たちが日本人であると知るとやたら馴れ馴れしく話しかけてくるようになった。名前はテラと名乗った。


「へえ、学友と一緒に輸入雑貨の会社を立ち上げるなんて仲いいね。順調なの?」

「まあ、ぼちぼちですね」

「今日、妹は?」

「他の店を覗いているみたいです。もうすぐ来ますよ」


 会話は英語だ。俺達兄妹は、英語が堪能なフィリピン人の母親と、日本人の父親との間に生まれ、家庭でも英語が飛び交っていたため日常会話くらいなら問題ない。女はおそらくフランス人だが、英語も堪能のようだ。


 この女の第一印象は、雰囲気のある美女だな、というくらい。肩まで伸ばした色素の薄い栗色の髪に、小さな顔には髪色と同系色の瞳とすらりと高い鼻があって、どちらかと言うと中世的な顔立ちだ。年齢は不詳。18歳にも見えるし、38歳と言われても納得する。大きいカーキ色のコートをに隠された身体は細いが、それにしては市場に出す器や衣類など大荷物を軽々と抱えて移動しているのを目撃したことがあるので、意外と力持ちなのだろう。


 彼女から商品を常に仕入れるわけではないが、観光客や一見客は見つけられないこのマイナーマーケットによく出現するこの人はここ含め多くのマーケットを熟知しているようで、情報収集もかねて交流を続けている。日本土産をそれとなく渡してみたり、温かい飲み物を差し入れしてみたり。そのおかげか、顔を合わせればこうやって会話をする間柄になった。


「日本か、行ったことないな。アジア圏は中国、韓国、モンゴル辺りは行ったけど」

「韓国まで来ていたならすぐですよ。俺ら案内しますし」

「うーん、だって、日本は怖くて」

「怖い?」


 怖いだって?日本が?冗談だろ。治安の良さじゃ世界トップクラスだぞ。言っちゃ悪いが、昼間に街を歩くだけで盗難の心配をしなきゃいけないフランスとは比較にもならない。


 内心、日本を貶された様な気になって、眉が寄る。幼い頃から外国人扱いされ、肩身の狭い思いをしてきた。小学生時代はいじめも受けた。父親が暴力沙汰を起こして逮捕されてからはより一層周囲から疎外された。俺達は胸を張って日本が好きと言えない。けれど、嫌いとも言えない。やはり故郷は日本で、帰る場所。こうして学友と仕事まで共有し、自分達の行きたい所へ行ける年齢になっても日本に留まっているのがその証拠だろう。


 日本が怖いと謎発言する女に「怖くないですよ、治安もまあまあいいです。まあ英語はそこまで通じませんし、フランス語はもっとアウェイでしょうけど」と、アピールを続けると、女は肩をすくめて愉快そうに笑って、「冗談だよ、日本は安全な国だよね」と言う。どうやら、からかわれただけのようだ。普段なら笑われて腹が立つところだが、不思議と気にならない。


「日本は神の数が多い。そんなに数がいちゃ、常に見張られている気になって居心地が悪いよ」

「・・・そうですか?」


 唐突の有神論に、どう返していいか分からず、間抜けな返事になる。すると女はまた声を上げて笑う。また、からかわれただけだろうか。


「日本は神様いないと思いますよ。無宗教の人間がほとんどです。クリスマスも祝うし、結婚式は教会でする。葬式くらいかな、日本の宗教が絡むのは」

「葬式はだいたい寺でやるんだよね?それは仏教じゃない?仏教はインドだよ。日本に伝えたのは中国人だったかな。私が言っているのはジャパンオリジナルの神」

「え?そんなのいるんですか」

「うーん・・・。まあ、いいや。色々な文化や宗教を日常に取り入れて楽しむ。そこがジャパンの良い所かもしれないしね」

「はあ」


 神社はあの鳥居のある場所で、墓があるのが寺と呼称するくらいしか認識はない。やはり自国のアイデンティティは説明できるようにすべきだな。こういう時に恥を掻いてしまう。この人の方がよっぽど日本の宗教に詳しいようだ。


「ああ、そうそう、ジャパンの絵本も持っているんだよ。ほら」


 女が使い倒したシルバーのトランクから引っ張り出したのは、正しく日本の有名な絵本だった。角が破れ、薄汚れていて、手にしてからもう随分経っているのだろうと推察できる。いや、それとも誰かから譲り受けたのだろうか。


 詳しい内容は知らないが確か、生まれ変わりを繰り返す猫の話だったはず。物知らずな俺を見かねてか、女は本の内容を掻い摘んで教えてくれた。異国の地にて、その国の人間に自国の絵本の説明を受けるというシュールな光景が誕生したのである。


 永遠と生まれ変わりを繰り返す黒猫が、とある白猫との出会いを経て、ついに死を迎えるというシンプルな話だったが、女は内容に納得できないと言い、「どうして黒猫は死んだのだと思う?」と、疑問を投げかけてきた。日本の絵本だから、日本人の俺なら著者の意図が理解できると考えたのかもしれないが、残念ながら俺は絵本の詳しい内容を経った今知ったような人間で、そもそも本をあまり読まない。本屋を営む友人にでも聞いてみれば分かるだろうか。


「えーと、それは愛を知ったから?」

「愛を知るとどうして死ぬの?」

「え?そ、それは・・・黒猫にとって愛は白猫で、生まれ変わってももう白猫はいないから、死んだ?」

「なにそれ、勝手だな。白猫だって、黒猫のように輪廻転生していたかもしれないのに。黒猫が生まれて変わるのを、白猫は待っていたかもしれないよ。可哀そうに、今も待っているかもしれない」


 色素の薄い金髪と青白い肌、あと若干つり目なのも影響して、この人がなんだか白い猫に見えてきた。主人公の黒猫に思いを馳せても、白猫に同情する人も珍しいかもしれないな。


「スマホ鳴ってるよ」

「え?」


 女に指摘されるとほぼ同時、ポケットのスマートフォンが振動し出した。妹の乃愛のあからだった。通話を開始するやいなや、わあわあと捲し立ててくる。要約すると、日本で爆弾事件が起きて、どうやら友人の塩田が巻き込まれたらしい、とのこと。


「え!塩田が?大丈夫なのか!?怪我は!?」

『い、命に別状ないみたいだけど、入院してるって』

「てか、爆弾事件て何だ?テロか?」

『わかんないけど、犯人は逮捕されたみたい。憩ちゃんの事務所のオフィスビル封鎖して調べたけど、もう爆発物もないって報道されてる』

「そんなんに巻き込まれるなんて、あいつ、変わらずツイてないな」


 6年前には建設現場の足場の一部が運悪く塩田に直撃し、一時は意識不明の重体に陥る。2年ほど前にはストーカーに刺されかける。そして今回は爆弾事件に巻き込まれ、負傷し入院。弁護士として華々しい活躍をする一方で、あいつの災難は尽きない。一度お祓いにでも行った方がいいんじゃないだろうか。


 塩田憩とは中学・高校の同級生だ。卒業後も交流は続いている。美人で、勉強も運動も出来る彼女は人気者で友人も多く、学内でも目立つ存在だった。人懐こく、裏表のないその性格の良さは誰もが認めるが、腹の底が読めないところがあり、言っていることは本音なのか、建て前なのか、俺にはいつも分からなかった。分かるのは、塩田と俺達の間には“隔たり”があるということ。そしてその隔たりはなにも俺達の間のみ存在するのではなく、彼女を取り巻く全ての人の間に存在していた。それこそ、家族である祖母の絹代さん、姉妹同然の千叶ちゃん達に対しても等しく平等に隔たりがあるように俺には見えた。その隔たりの正体や原因を、俺などではとてもじゃないが掴めそうにない。


 塩田憩は、本心を決して語らない。真に誰にも心を許していない。そしていつか突然に、煙のように消えてしまうのだろう。


『お兄ちゃん、帰りの便を早めて帰るんでいいよね?』

「え、いやまぁ、別にいいけど。俺達がいるからってどうなるわけでもないぞ」

『そばにいてもいなくても変わらないなら、私はそばにいる方を選ぶよ!早く集合場所に来てね!じゃあね!』


 こちらの返答を待たず、通話は終了。こうなった妹は融通が利かない。仕方ない、一便早く帰るとするか。

 商売の邪魔をしてしまったため、女に謝罪して別れを告げようと振り向くが、そこにはもう誰もいない。代わりに、女が座っていた木製の丸椅子の上に絵本が置かれていた。“for you”と書かれた付箋メモが貼られている。状況的に俺へ宛てたものだろうと判断して、絵本を持ってその場を後にした。


 予定よりも一便早く乗り込んだ飛行機は無事離陸。不安そうな様子でスマートフォンにくぎ付けになっている妹と塩田には申し訳ないが、俺はそれほど心配していない。朝市と樹から、塩田は怪我を負って入院しているものの命に別状ない旨のメールを貰っている。今、俺がしてやれることと言えば、効果のあるお祓い方法を探すことくらい。

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