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君の手のひらで踊りたい。  作者: 田邑綾馬
第Ⅱ章 承

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黒か、白か(二)

 弁護士事務所にあるガラス張りの小部屋内には、拘束され椅子に座っている中年の女が確かにいた。有線イヤホンのコードで両手を後ろ手に、足は並んで縛られ、女は暗い顔で俯いている。小柄でやや小太り、ひ弱そうな印象を受ける女だった。

 斎藤の問いに、意外にも女はすんなり答えた。


「で、あなた本当に爆弾をこのビルに仕掛けたのですか?」

「はい」

「その爆弾は本当に爆発しますか?」

「はい」


 虚ろな目をして虚空を見つめているが、瞳の奥には意思が感じられる。この女は嘘を言っていない、爆弾があるのは本当だ。ブラフはない。しかし爆弾を仕掛けて怯えさせ、無差別に人を殺して楽しむといった趣向を持つ者ではないようで、明確な目的があってこんな騒動を引き起こしている。斎藤はそう確信した。

 警備員に紛れて設置しているところを見ると、爆発させるぞと脅して金銭要求したいわけでもなく、爆弾は確実に爆発させる気なのだろう。爆弾を設置させた場所にもよるが、対象を傷つけたい、あるいはこのビルに入居している企業に痛手を負わせたい、ということだろうか。なんにせよ、犯行動機は復讐や報復だろう。


 斎藤が呼んだ警察は10分もせずにやってきた。制服を着た警官が2人と、スーツの警官が1人、ラフな恰好の警官が1人。気分が落ち着かない様子でスーツ警官が憩達に事情を尋ね、制服警官2人が女を囲み、ラフ警官はぐるりと辺りを見回している。

 交渉でもするのか、スーツ警官は爆弾女の前に椅子を置いて座り、対話を試みる。優しく、諭すような口調だった。飴と鞭の飴を行使しているのだろう。しかし、爆弾女は口を開かない。俯いたまま、自分の膝を見つめている。


 まだ、この時までは悪質な悪戯という線も捨てきれなかった。なぜなら肝心の爆弾がまだ見つかっていないから。警察や世間を賑わせたい愉快犯なのではないか、それならそれでいい、むしろそうあって欲しい。本物の爆弾があるのなら事態は大事だ。大都市のビルに爆弾が仕掛けられたという前例は残したくない。まだ爆発していない、巻き込まれる一般人は通報者以外いない、どうか悪戯であってほしい。スーツ警官の心情はこんなものだろう。

 あれこれ駆使して爆弾女から事情を引き出そうとする警官に斎藤は同情していた。厄介な職業に就いていることと、期待もむなしく爆弾は確かに仕掛けられているだろうこと、爆発した際にはその責任を少なからず負わされるだろうことに。


 ひと先ず、スーツ警官は、通報者2人をこのビルからの退去誘導するよう制服警官の1人に指示した。警察が臨場したからには一般人は邪魔になるし、万が一巻き込まれでもしたら厄介だ。憩と斎藤はその指示に素直に従い、制服警官の後に続いて事務所を出て行った。ここは7階だが、もし本当に爆弾があった場合、エレベーターに仕掛けられている可能性も大いにあるため、避難は階段を使うことに。憩と斎藤、制服警官の姿が非常階段の扉の向こうに消えたところで、スーツ警官は改めて爆弾女に向き直る。


 さて、対話を重ねて、相手から情報を聞き出そう。スーツ警官が口を開きかけたその時、事態は急変した。どこかで爆弾が爆発したのだ。地震にも似た縦揺れ、聞き馴染みのない破壊音に、爆発したのはこの階ではないが、思わず一同は出入口の方を見やる。駆け出そうとする制服警官を制止したのはラフ警官だった。


「爆発物に有害な物質が含まれているとも限らない!今は応援を待とう!」


 ラフ警官は既に応援と処理班を手配していたらしい。スーツ警官の指示ではなかったようで、ラフ警官を訝しげな表情で睨み、睨まれた当人は気まずそうに口を一文字に引いて、軽く頭を下げる。結果的にはその行動の是非は状況が肯定しているので叱責はなかった。いや、したくても出来なかった。なぜなら、次の瞬間には同フロアのエレベーター付近から爆発音がしたから。音の発生源は明らかにエレベーター内からだった。エレベーターは既に使用停止にしてあり、通報者達は非常階段を使って下に降りているはずだが、一度目の爆発がどのフロアのどの箇所で起こったのかは不明、彼らが巻き込まれていない保証はない。ラフ警官はスーツ警官から指示を受けるより先に携帯電話を取り出し、聞き取りしていたらしい斎藤の番号に電話を掛ける。20秒ほどコールし続け、ようやく応答があった。随分弱々しい声だった。ああ、これは巻き込まれたな。ラフ警官は悟り、「被害は、怪我人はいますか?どのフロアですか?」と、矢継ぎ早に質問を投げつけていく。斎藤は咳き込みながら掠れた声で説明する。


『爆発物の中に何かしらの化学薬品が含まれていたようで、憩さんと警官の方は意識を失っていますが、命に別状なさそうです。今いるのは5階と4階の間の踊り場です。爆発したのは上階だと思います。もう上には行けません。ですが、下にも行けません』

「下にも行けない?」

『爆弾が仕掛けられています。人が横切れば爆発する、センサー式でしょう』


 ラフ警官は息を呑み、転がり落ちるように悪化していく事態に頭を掻き毟る。犯人は爆弾製造に優れているし、計画性もある。爆発がこれで終わりとは思えない。

 電話口からは変わらず冷静な調子の斎藤の声に交じって、何かを動かす音が聞こえている。


『防火扉が機能していないようで、5階に入れます。入れということでしょう。このフロアに入居している企業は何ですか』

「確か、車の部品製造会社のオフィスがあるはずです」

『拘束された女性と関係があると思います。オフィス内に入りましたが、デスクの上に爆弾がありましたから』

「えっ」

『あと今、防火扉が閉じられました』

「え!」

『遠隔操作が可能な防火扉もあると聞きます。監視カメラでこちらを監視しているのかも。目が覚めたのでしょうね』

「目が覚めた?」

『眠っていた警備員の方です。きっとどちらかが、その女性とお仲間です』


 再び、息を呑む。ラフ警官がうまく言葉を出せないでいると、スーツ警官の携帯電話が鳴り、他の捜査員から有益な情報がもたらされた。眠らされていた警備員の一方と爆弾女は夫婦、3年前までは車の部品製造工場を経営し、5階にオフィスを構える『株式会社トワイトワ』とは下請け元請けの関係だった模様。かつ、工場自体は3年前に廃業しているとのこと。仕事上のトラブルか、はたまた金銭トラブルかは不明だが両社の繋がりが分かった以上、これはやはり愉快犯や無差別テロなどではなく、単なる個人的復讐劇だ。


 応援に駆け付けた警察官らが警備員の男を取り押さえ、起爆スイッチとなるスマートフォンを取り上げたと続報が入った。これから至急、夫婦の自宅や関係を当たるようである。車の部品を扱う工場なら爆弾製造に必要なものは怪しまれずに入手・加工は可能だったろう。

 これらの事実を突きつけても、爆弾女は無言のまま、無表情のまま。爆弾女に荒々しく怒鳴るスーツ警官と、それを窘めるラフ警官の構図は、警察でよくある飴と鞭の取り調べを体現しているのではなく、これがラフ警官の素のようで、「暴力を振るっても、怒鳴っても喋りませんよ!対話しましょう!」と、荒ぶる上司を抑えている。


 スーツ警官はこの事件の指揮官に相応しくないな、と電話の向こうで繰り広げられるやり取りを聞きながら斎藤は思う。能力のある者が上に立つとは限らない、の典型だろうか。

 目の前に爆弾があるというのに、斎藤は終始冷静だった。5階オフィスの中で、一番位の高い者が着席するであろうデスクの上に、それはあった。段ボールに入った、爆弾だ。


「本物だな、これも」


 呟く斎藤の目線の先には、不自然に置かれた四方30センチほどの段ボール箱が明けかけの状態で置かれている。覗くと、中には、白と黒のコードが伸びた配線板のようなものと安っぽいデジタル時計が入っている。しかしそのデジタル時計は時の刻み方が変だ。05:00,04;59、04:58、まるでカウントダウンのように文字列が変化していく。いや、カウントダウンのような、ではない。これは正しくカウントダウンだ。あと約5分で、この爆弾は爆発する。


 階段と同様に段ボール内には人感センサーが仕込まれ、近づいたらカウントダウンが始まるよう設定されているようだ。しまった、迂闊だった、と斎藤は後悔するがもう遅い。先ほど2件の爆発はいずれも威力はそれほどではなく、脅しと足止めが目的と推察できる。だからと言ってこの爆弾もそうだとは限らないし、状況的にこの場所が本丸なのであれば威力は大きい可能性が高い。少なくとも、爆発すれば自分の命は危ないだろうと、斎藤は直感した。


「ここに爆弾があります。カウントダウンが始まりました」

『カウントダウン!?あと何分ですか!?』

「5分・・・いや、もう4分ほどですね。白と黒のコードが2本、これみよがしに伸びています。どちらかを切れ、と言わんばかり」


「どちらを切ればいいんですか!」、焦った様子で爆弾女に問いただす声が聞こえるが、この期に及んで白状するわけないことくらい斎藤にも分かる。


 スマートフォンをスピーカーにしてデスクに置き、デスクの上のペン立てからハサミを拝借し、段ボール内を覗き見る。

 残された約4分という時間では避難も警察による解除も難しいだろう。


 白か、黒か、どちらか切れば爆弾は止まるのだろうか。2択を迫るなんて、まるで映画みたいだ。映画ではどちらかを切れば免れるが、果たして本当にそうだろうか。そもそも爆発させる意思があるならこんな小細工はせず、先ほどのように予告なく爆発させればいい。これじゃあまるで解除者を試しているようじゃないか。命がかかっているのだから散々悩むが、与えられた時間は5分だ。焦って、喚いて、悩んだ後に、2分の1の確率なら勢いで根拠なくどちらかを切ってしまうかもしれない。死にたくないないのに、結果、自分が選択を誤ったから死ぬ。爆発させたのは、自分。相手を弄んで、あざ笑う悪意が感じられる最悪の解除方法だ。

 でも、もっと遥かに最悪なのは、どちらを選んでも爆発するよう仕組まれていた場合。実は初めから選択肢は与えられておらず、ハサミを持とうと持つまいと救われる未来はなく、死ぬ運命しか用意されていないとしたら?


 爆発が決定づけられていたとして、斎藤がまず考えるのは『憩に被害は無いかどうか』だった。非常階段からここまで少し距離がある上に防火扉もある。彼女への被害はおそらく無い。被害はトワイトワのフロアと自分のみ。それであれば、試す価値はある。正直、くじ運に自信のない斎藤だが、今ばかりは持ち得る全ての力を集結させて白と黒のコードを見つめる。しかし、よく分からない。白と黒なら、状況も相まって黒を切りたくなるが。


 ププ、ププ。

 思考の海に沈みかけたその時、キャッチホンの音で浮上する。画面には、『憩さん』と表示が。一も二もなく、警察から憩へ通話を切り替えた。

 これ以上の爆発はないと、ここにいた方が安全だと寝かせてきてしまったが、痛い所は、苦しい所はないだろうか。憩を心配する言葉が突いて出ようとするが、会話の主導権は憩が先に取った。第一声聞こえてきたのは、『白です。白を切って下さい』だった。まるで、この現状を見透かしたような台詞だった。


『斎藤さんが来るまでの間、彼女が言っていたんです。爆発物を仕掛けたことを後悔しているって。私が警察には通報しないって言ったら白と黒のコードのことを教えてくれました。でも、私が約束を反故にしたから黙秘したんだと思います。私は、彼女は真実を述べていたと確信しています。だから、白を切って下さい』


 だから、白を切って下さい。

 何より誰より愛する人からの力強い後押しに、斎藤の腹は決まった。ザクリ。躊躇いなく切られたコード、デジタル時計は00:04のところで止まった。そこから4秒経っても爆発しないし、何も起こらない。


『・・・あーあ、残念』


 静まったフロア内に、そんな台詞を残して、一方的に通話は切られた。憩のその声音と口調はまるで、貰ったおもちゃがつまらないと、ねて放り投げる子供のようだった。

 斎藤が切ったコードは、黒だった。

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