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薄い膜の向こう

白く乾いた光の残滓が、広場の石畳にまだ揺れていた。

フィリスは膝に力を込め、倒れた兄の脇に手を伸ばす。金属の匂いが濃い。指先が、黒い短機関銃の冷たさに触れた瞬間、胸の奥で細い回路が“つく”——与える時に使ってきた回路。誰かに力を渡すとき、わずかに自分に「返って」くる微弱な感応の糸がある。それを外へ向ける。金属の慣性に、細い指をひっかけるみたいに。


銃は持ち上がらない。けれど、地面を滑らせるくらいならできる。

彼女は銃口を仮面の男——ン=ゴへ向け、呼吸を詰めた。引き金に触れていないのに、触れているときの感覚が掌に立つ。

「……お願い。行って」

心の中でだけ呟き、撃つ。


銃身が跳ねる代わりに、地面の砂利が微かに泣いた。反動を受け止める腕がないから、衝撃は石畳へ逃げる。弾はまっすぐ伸びて——消えた。

音の真ん中が、またすっと抜ける。

ン=ゴの前方、空気が水面の光みたいに揺らいでいる。そこに触れた瞬間、弾は痕跡も残さず解ける。

(これ……兄さんが、負けた理由)

ブレイクが“能力を使って、角度を刻んで、やっとこじ開けた壁。わたしには、その能力が無い。


彼女は感覚を研ぎ済ませる。揺らぎの輪郭を目で追い、少しでも隙間がありそうな場所を探す——。

再び、連射。

弾のいくつかはやはり消え、いくつかはン=ゴの背後の壁に粉塵を上げた。通っている弾もある。けれど、その先で固い音がするだけだ。装甲が受け止めている。

二重の壁。薄い膜と、黒曜の殻。

(兄さんは、ここを越えた。それでも……)


ン=ゴが一歩、近づく。足音はないのに、影が大きくなる。

「観察。お前の力は物に指をかける類いだな。質量を持ち上げるほど大きくはないが、方向と引き金なら動かすことができる」

声は空気の奥で低く揺れ、胸骨へ直接触れる。

「戦いには不向きだ。この場においては」


「通してください」

フィリスは膝立ちのまま、銃口をずらした。角度を変える。今度はわざと照準を外し、窓枠や手すりに当てて跳ねを作る。兄がよく遊びで使っていたやり方、跳弾だ。

弾は曲がり、揺らぎの縁をなぞって——消えたり、通ったり。通った先でまた鈍い音がなる。傷は浅い。

エイリアンに当たった弾が弾け、漆黒の甲冑に砕けた弾の破片がひっかき傷を残す程度のダメージを与えるだけだった。


「戦況を告げる」

ン=ゴは穏やかで、冷たい。「お前では戦力外だ。面はお前の弾を消す。面を躱せば弾は通せるが、視認と制御が要求される。お前の感応では精密さが足りない。通ったとしても、装甲が受ける。近接に入れば、面を縮めてこちらの打撃戦へと移るだけだ。退くという選択もある」


退く、という言葉は、喉の奥で鋭く反発した。

(退いたら、兄さんの思いが……道がそこで途切れる)

フィリスは、重さを嫌う指に、もう一度だけ力をかけた。

銃をずらし, 落ちていた予備弾倉を滑らせ, 装填。指先は震えない。怖いから、震えない。


「わたしは、戦うのが嫌い。ブレイクから能力を奪って使うのは、もっと嫌い。私を守るために手に入れた能力は、あの人の誇りだったから——でも、走るのは、できる。思いを繋げることはできる!」

銃口がわずかに下がり、また上がる。

「ここを通して!鍵を差しに行く!!」


ン=ゴの仮面が、ほんの少し傾いた。

「鍵は最後の遊戯を終わらせる札だ。置いていけ。それなら、お前は帰れる」

「置いていけない!これは兄の道の続きだから!!」


黒い前腕が、ゆっくり持ち上がる。揺らぎが濃くなる。

フィリスは呼吸を一段浅くし、撃つ。

跳ね、曲げ、円盤を避ける。

通った弾が、今度は肩の装甲に白い線を刻んだ。ほんの小さな傷。でも、届いた。

(届く!わたしでも届く場所はある!)


「学習速度は悪くない」

ン=ゴの声が、空気をかすめた。「しかし、時間はわたしの側にある」

広場の向こうで、サイレンが滲む。兵士の声が遠くで重なり、最後の避難列が完全に地下へ消えたのがわかる。市民と誘導していた兵の声はもう届かない。ここは静かだ。

フィリスは、自分の鼓動だけを聞く。


彼女は銃を下ろし、次の一手を探す。

奪わないで済む道。

与えることしかしてこなかった手が、自分のために何かを掴むのは難しい。けれど、兄が繋いだ線は目の前にある。

(わたしは、借りない。でも、借りたやり方を真似ることはできる)


もう一度、窓枠へ。

もう一度、跳ね。

揺らぎの縁を、指先でなぞるように射線を滑らせる。

弾が通り, 装甲が鳴る。

ン=ゴの仮面の端が、かすかに沈んだ。

「戦いを続けるか?だが、結末は変わらない」


その言葉は宣告ではなく、説明として置かれた。

フィリスは喉の奥で小さく唸り、銃を地面へ滑らせた。

かわりに、兄のコートの襟を掴む。コートからは、まだ体温を感じた。

(ここを越えたら、わたしはまた走る。鍵は、胸にしまってあるのね)


ン=ゴは動かない。面だけがわずかに波打つ。

広場の白が、ゆっくりと冷えていく。

フィリスは立ち上がる。

その動きそのものが、拒絶への答えだった。


「——通してください」

三度目の言葉は、最初より静かで、最初より重かった。


仮面の平面に、少女の輪郭が小さく映る。

ン=ゴは短く息を沈め、答えた。

「拒否する」


空気の真ん中が、また抜ける。

薄い膜の揺らぎが、彼女の額すぐ前にまで寄ってきた。

フィリスは、一歩踏み込み、円盤を避けられる角度を探し身を傾けた。

兄が見つけたであろう、エイリアンに届く銃弾の道の痕跡を想像して、奪わず、借りず、ただ真似て。


二人の距離が、戦いの距離になった。

白い広場の中心で、薄い膜と細い意志がぶつかる。

そして——次の瞬間。

ランキング上位入りを目指してます。

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