踏み潰される瞬間、貫く一発
石畳が割れて肺の空気が押し出される。
ン=ゴの脚が胸郭にのしかかり、踏みつけが骨をきしませた。仮面の奥の声は相変わらず低く、冷たい。
「勇者よ。お前は、ここで終わる。なにか言い残すことはあるか?」
ブレイクは片手で踏圧を受け止め、もう片手でリボルバーを引き寄せた。視界は波打つ。だが、ひとつだけ静かに見える点があった。さっき一点穿孔で穿ち、蜘蛛の巣のようにひびが走った胸甲。そこに、浅くめり込んだ弾が一発、銀色の縁を覗かせている。
「遺言を聞いてくれるって?優しいねぇ。俺が女なら惚れてたよ」
(あれを押し込む。真下から——今しかない)
ブレイクの能力「ガンスリンガー」は、発射後の弾の軌道・速度・貫通力を“意志”で微調整する。いま必要なのは、わずかな“曲率”と速度増幅で、既に装甲に食い込んだ弾の底を別弾で叩き抜くこと——その為に、踏みつけられ、肌が触れる極限まで接近し、銃弾を消す円盤が使えない今が絶好の好機だった。
踏みつけの圧力に背骨が鳴る。引き金に指がかかる。
ブレイクは地面の砕片に一発をあえて跳ねさせ、上向きに曲げた。
弾は石の破片を滑って角度を変え、胸甲の割れに吸い込まれる。
カン、と鈍い金属音。続けざまに二発、三発——すべて同じ“底”へ重ねる。意志で速度を段階的に上げ、楔のように押し込む。
胸の下で何かが裂けた音がした。
最初の“楔”だった弾が、一気に内側へ抜ける。
続いた弾がその道筋を広げ、赤黒い液が噴き上がる。
ン=ゴの体勢が崩れ、踏圧が一瞬だけ軽くなる。
ブレイクはその隙に肩を抜き、横転。
異形は膝をつき、無音のまま胸を押さえた。
〈前線司令室より。走者へ。命中を確認。内部損傷反応——!〉
ブレイクはよろめきながら起き上がり、銃口を落とした。呼吸を整える。頭の奥が鈍く響く。
(落ち着け。カードキーを——)
胸もとの革の感触を確かめ、視線を駅の階段口へ向ける。
(ここで背中を晒すのは賭けだが、今しかない)
彼は背を向け、駆け出した。
二歩、三歩——そのとき、皮膚の裏側で危険の針が跳ねた。
(来る)
振り向くより早く、空気が薄くなる。
背後から影が跳ぶ。
ブレイクは身を低くし、半身で滑ってかわす。
踵の先を仮面の縁が掠め、火花が散った。
「あの状況で反撃するとは、なかなか、しぶとではないか」
ン=ゴの声。さきほど穿たれた胸甲の裂け目は、狭まりつつある。
(治癒じゃない、再成型。時間との勝負だ)
ブレイクは反射的に連射。
だが、消える。
ン=ゴの前腕の前に薄い円盤状の面が再展開し、弾が触れた瞬間に消失する。
ン=ゴの能力は前面に“消失面”を展開し、飛翔体を触れた瞬間に消す。面は完全透明ではなく、目をこらせば蜃気楼のような揺らぎが見える。しかし、通った先の装甲が厚く、致命傷を与えるのが難しい。
〈前線司令室。走者、さきほど貫通に成功した“脆化部”が、まだ完全には塞がっていない。座標送信——そこだけを狙え〉
「了解」
ブレイクは大きく一歩退き、角度を変えた。
ガンスリンガーで弾道の曲率を微妙にずらし、消失面の“縁”を舐めギリギリの軌道で抜く——そして同じ一点へ撃ち重ねる。
八発。九発。
金属の悲鳴が限界を越え、割れが再び走る。
「——通れぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
十発目が裂け目に消えず、背の内側で何かを破る感触を返した。
ン=ゴの体がのけぞる。
仮面に初めて感情が走った。驚き——ほんの一瞬。
「倒れ——」
言い切る前に、ブレイクは気配を拾った。
足元から低く。
人間の関節とは構造が違うのだろう。
地面を四つん這いになって高速でブレイクとの距離を縮め、しかし銃弾のダメージのため、バランスを崩しながらもン=ゴは崩れる角度のまま、腕を伸ばしていた。
(やばい)
脛が掴まれる。
引き倒される。石畳が背骨を叩く。
ブレイクは引き金を引きながら倒れ、裂け目へ残弾を浴びせようとする——
——消えてる。
割れた装甲が、瞬時に薄膜で塞がる。
(もう回復した!? いや、面を胸甲に密着させて消している)
ン=ゴは消失面を“盾”としてではなく、装甲表面に“貼る”**ことで、消失面の陽炎のような揺らぎで傷を隠した。
ブレイクがン=ゴのフェイクに気づくも、一瞬の動揺が判断を鈍らせ、それが致命傷になった。
「終幕だ。勇者よ」
ブレイクを引き倒し、体制を立て直したン=ゴが、真上から重量級の重さで踏み付けた。
踏みつけが再び胸を押し潰す。
視界が白く、音が遠く。
指が滑る。リボルバーが石に跳ねる音。
〈走者! 返事を——〉
無線が水底のように揺れる。
ブレイクは喉の奥で息を焼き、片膝で踏み込み、体重移動の反力だけで距離を数十センチ開けた。
一瞬、ブレイクを踏みつけていた足が浮くン=ゴ、それで足りる。あの“装甲の割れ目”に銃弾一発つ突っ込めれば——
リボルバーは落とした。
ならば、両手だ。
ブレイクは掌でン=ゴの浮いた足の膝を払うように叩き、踏みつけていた足を振り払う。
自由になる両手。
そこへ、脇にぶら下げていた短機関銃を拾い上げ, 近距離から一点穿孔。
至近距離のため消失面は機能しない、脆化部へ重ねる。
瞬間——引き金を全力で引き絞ると、自動小銃の銃口から火が噴いた、装甲が裂け、血が溢れる。
ン=ゴの体から力が抜けていく。
ブレイクは咳き込みながら這い、膝立ちで銃口を下げた。
呼吸が絡む。視界がにじむ。
(……今、背を向けろ。鍵を通せ)
彼は立ち上がりかけて、踵を返した。
駅の階段口へ。
ユニオンステーション保存修復センター 地下保全庫——発射塔の心臓が待っている。
〈前線司令室より。走者、今なら抜けられる。避難列はすでに州軍が収容した——〉
「了解。いま行く」
ブレイクは走り出す。
二歩。三歩。
——背中が、冷える。
(まだ——終わっていない)
広場の端で、黒い影がゆっくりと起き上がる。
やられたふり。誘い。
足音が、背後で一つ、増えた。
『走者、注意しろ——!』
無線の警告と同時に、影が襲いかかる。
ブレイクは身を翻し、連射——消える。
ガンスリンガーで消失面を避け、側面へ浴びせる。
だが、威力が足りない。肉には届くが、止めにはならない。
(装甲が固い以前に生命力がおかしいだろ⁉削りきれない!)
〈前線司令室。走者、さっき割れた箇所がまだ完全ではない。そこを狙え〉
「分かってる!」
ブレイクは深呼吸一つ。
空になった弾倉を落とし、装填。
消失面を避けながら、座標に重ね撃ち。
火花。亀裂。血飛沫。
「倒れろぉぉぉぉ——!!」
黒い巨体が膝をつき、顔を落とす。
ブレイクは近寄り、生死を確かめようと——自動小銃の先で横たわるン=ゴの体を突く——が。
——掴まれた。
迂闊にも激戦の疲労と、防御を捨てた突進による焦りで頭が回らず、簡単に近づきすぎた。足首に巻かれる冷たい鉤。
反応が一瞬遅れる。
「がっ——!」
頭から地面に叩きつけられる。
石の硬さが背中を抜け、肺の空気を奪う。
目の前で、亀裂が音もなく塞がっていく。
(面を貼って傷口を消したな……!)
意識の端がちぎれそうな暗さの中で、靴音がひとつ、近づく音を拾った。
軽い、しかし必死なリズム。
この街で、ただ一人だけが持つ走り方。
(この走り……来るな……フィリス——)
視界が黒に落ち、音だけが残る。
彼女の息。
彼女の泣き声。
そして——兄の名を呼ぶ、細い声がこだました。
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