表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
90/119

黒曜の影、無音の前触れ

ユニオンステーションへ続く石畳は、夕焼けを吸って赤銅色に鈍っていた。

ブレイクは呼吸を浅く整え、足音を刻む。胸もと、革のインナーホルスターにはカードキー。脈と一緒に、固い角が指に触れる。


〈前線司令室より。走者、聞こえるか〉

「聞こえる」

〈駅前広場に特異個体を確認。名称は——ン=ゴ。米軍小隊が先ほど交戦、銃が効かず撤退した〉

「銃が効かない?」

〈報告は簡潔だ。“撃った弾が、あいつの〈前〉で消えた”。仕組みは不明。だが事実だ〉


ブレイクは一拍だけ目を伏せ、すぐに顔を上げた。

(最悪の相性——だな……)


通りの先、駅前の広場は半ば焼け、半ば濡れていた。放水のあとが黒い粉を流し、路肩に溜まっている。噴水の縁で、避難誘導の兵士が手を振った。

「走者! ここから先へ市民を通した。あなたは——」

「わかってる。まっすぐ行く」


風が変わる。

それは「音の薄さ」でわかった。

街のざわめきから、中域のひと筋だけがすっと抜け落ちる。耳が探して空振りする、あの感覚。老夫婦のいた路地でも、一瞬だけ似た“空虚”を感じた。


広場中央、崩れかけた照明塔の影から、黒い外骨格が一歩、現れた。

無駄のない体躯。磨き込まれた黒曜石のような装甲。顔には仮面状の平面。口があるはずの場所は塞がれ、声帯は必要ないと言わんばかりに無音だ。

両前腕に、砲口のような器官が埋まっている。その周囲の空気だけが、水面の光のようにわずかに揺らぐ。


(あれが——ン=ゴ)


〈前線司令室。補足情報。米軍小隊は、目標との距離二十から三十メートルで交戦。初弾で異常に気づき、近接へ切り替えるも、被害が拡大して撤退。**“弾は目標の直前で消える”**と**“異常な膂力を持ち、白兵戦は危険”**以外の確証は取れていない〉

「了解。情報は十分だ」


ブレイクは二歩、三歩と前へ。

足の裏が石の目地を拾い、姿勢が自然に前傾へ落ちる。視界は狭くなるのではなく、線が濃くなる。

(銃が消えるなら、消える前に何が起きているかを観る。俺の仕事は、それからだ)


ン=ゴは静かに歩を進め、広場の中央で止まった。

互いの距離、二十五。

ブレイクは構えない。むしろ自動小銃を下げた。

視線だけが、相手の前腕と、その周囲の揺らぎを追う。風ではない。熱でもない。だとすれば——。


〈走者、補足。米軍の隊長から個人回線。直接つなぐ〉

〈……こちら第七小隊・隊長ジョン・ウー中尉だ。ン=ゴが居るなら音の違和感“無音”は気のせいじゃない。撃った瞬間、銃声の“後”が消える。弾痕も出ない。目の前の空気に違和感を覚えるはずだ。目を凝らすと、薄い円盤みたいなものが前に浮いて見えるはず……だ。いや、俺の幻覚かもしれんが〉

ブレイクは答えず、呼吸を一度だけ深くした。

(薄い円盤。目の前の奇妙な空気。消えるのはその手前——)


ン=ゴが、首をすこしだけ傾ける。

その仕草には嘲りも誇示もない。観察者の角度だった。なによりも、その仕草からは自分は狩る側だという、絶対の自信を感じさせた。

ブレイクの足が地面から離れる。意識より先に、身体が**“間合い”**を測っていた。


〈前線司令室より。繰り返す——米軍は一度、銃で負けている。無理に撃ち合う必要はない。戦闘は極力回避で進み、カードキーの挿入を最優先に考えろ〉

「それはできない」

〈繰り返す、最優先は——〉

「これを倒さないと、背中を撃たれる。民間時の避難列もだ」


短いやり取りのあいだに、ブレイクは一歩目を刻んでいた。

自動小銃の弾倉は満杯。リボルバーの鼓胴も満ちている。

指先は冷えていない。視界の端に、避難を終えた市民の影が完全に消えたのを確認。

(撃つ。観る。線を描く。消える“場所”を見切る)


無線の向こうで、誰かが短く息を呑んだ。

ン=ゴが、いつの間にか真正面に立っていた。距離は詰めていない。にもかかわらず、近くなった錯覚がする。空気の密度が、そこだけ一段変わっている。


走者(ブレイク)、最後の助言だ。音に惑わされるな。我々は現場にいないけど、通信の向こうで君と一緒に戦っている。だから、一人で戦ってると思わずに自分と仲間を信じて〉

ブレイクは短く笑った。

「了解、何かあったら応援を寄こしてくれ、当てにしてる」


彼は自動小銃を上げないまま、肩ごと体を半身にし、右足を前へ滑らせた。

わざと隙を見せる。

ン=ゴの仮面の奥で、何かがわずかに収束する。

——来る。


ブレイクはそこで初めて、銃口を上げた。

撃つ気配を“見せて”、撃つ。

そして同時に、撃った弾の進行線を自分の意志で曲げる準備に入る。

(これはガンスリンガーの基本だ。撃ってからが本番)


引き金に指が触れた瞬間、ブレイクはほんのわずか、ン=ゴの前腕の“揺らぎ”が濃くなったのを見た。

そこに、なにかが立つ。


「——見極めてやる」


彼は一発、空に。

二発、舗装の角に。

三発目からは、真正面。

更にはフルオートでの乱射。


弾道は直線ではない。

一発ごとに、微細に違う“曲率”を持ち、見えない円の縁を探るように走る。

彼は撃ちながら、観測していた。

消える場所、消えない場所。

音が薄くなる瞬間、ならない瞬間。


(湯気?陽炎? いや違う。面か。大気が揺れてる面がある。ならば、“あれがヤツの能力の範囲”か?)


ン=ゴは動かない。

ただ、前に“何か”を置いたまま、静かに見ているだけだ。

ブレイクの弾がいくつか、ふっと消え、いくつかが背後の壁を叩く。

彼は、壁に走った粉塵の位置を記憶に焼き付けた。


〈前線司令室より。観測結果だ。一部の弾だけが通っている。走者、どう見る〉

「“消える”のは前にある大気が揺らいでる空間に当たったとき。通るのはその揺らぎがない場所だ」

〈つまり?〉

「近づく」

「馬鹿な⁉白兵戦は危険だとさっき米軍がっ——!」


通信が言い終わる前にブレイクは、地面を蹴った。

ン=ゴは、まだ一言も発しない。

だが、これから言葉が要らなくなることを、互いに理解していた。


次の瞬間、広場の空気が一段深く沈んだ。

ブレイクは自動小銃を握り直し、走りながら撃つ。

撃つたびに、弾道の曲率を微調整し、消える“面”を避ける。


(ここまでは情報取り。次は——)


ン=ゴの仮面が、わずかに傾いた。

観察者の目が、評価へ変わる。

その変化を見たとき、ブレイクは自分の鼓動が静かになっていることに気づいた。


「来いよ、音飛ばしの処刑人」


声に揺れはない。

胸の内側で、フィリスの囁きがかすかに鳴った。

——気を付けてね。ブレイク。

(ああ。だが、戦いは避けられない)


足が、石の目地をまたぐ。

距離、詰まる。

次の一歩は、もう近接の間合いへ。


——ここから、戦いは本当に始まる。

ランキング上位入りを目指してます。

続きが気になる方は、ブックマーク、評価をお願いします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ