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別れの風

石畳に伏したまま、ステルンはかすかな呼吸を繰り返していた。

彼女の耳には、もう戦場の喧騒も、焼け焦げた臭いも遠く霞んでいる。

残っているのは、血の味と、わずかに冷たい石の感触だけだった。


視界はぼやけ、色彩が褪せていく。

それでも――朦朧とした意識の中で、彼女の瞳はまだ空を見上げていた。

ベルリンの空は、戦火の中でもどこか透明で、わずかな青が覗いている。

あの青は、かつてアトラス育成研究所の中庭から見上げた、ガラス越しの空と同じ色だった。


(……あの時は、みんな笑ってた)


施設の庭で、簡素なベンチに座って談笑する仲間たち。

「外に出たら何をしたい?」と誰かが問い、ラッシュが迷わず「僕、ヒーロー!」と答えた時の、あの無邪気な声。

リワンの朗らかな笑い、ブレイクの肩をすくめる仕草。

自分は笑いながらも、心の奥で「そんな未来、本当に来るのだろうか」と疑っていた。

――でも、今日、確かに来たのだ。

それが、こんな形であっても。


呼吸が浅くなる。

体の奥から力が抜け、指先がもう動かない。

握っていた武器は石畳に落ち、乾いた音を立てた。

その音さえ、彼女にはやけに遠く感じられた。


視界の端で、市民たちが静かに見守っている。

誰も声をかけない。泣く声も、叫びもない。

ただ、その瞳に映っているのは――畏敬と、深い感謝。

彼らはわかっていた。

この女性が、自分たちを生かすために、すべてを差し出したことを。


一人の少女が、震える手でステルンの手を握った。

小さな手の温もりが、もう冷たくなりかけたステルンの掌に伝わる。


「……ありがとう、お姉ちゃん」


その言葉が、最後に届いた。

彼女はわずかに口角を上げ――もう動かなくなった。


風が吹いた。

焼け焦げた瓦礫の隙間を縫って、柔らかな風が広場を包み込む。

それは血の匂いを運び去り、彼女の髪をそっと揺らした。

その瞬間、誰かが小さくつぶやいた。


「……星みたいだ」


見上げれば、灰色の雲の隙間から、わずかに輝く一番星が顔を出していた。

市民たちは黙ってその光を見つめ続ける。

まるで、それが彼女の魂そのもののように。


こうして――ステルン・シュナイダーは、最後まで守り抜いた街と共に眠りについた。

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