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崩れゆく静寂

――静寂だった。


空に渦巻いていた雲は割れ、灰色の空から一筋の光が差し込む。まるで神が、この地に一瞬の安息を与えたかのようだった。


ステルン・シュナイダーは、石畳の広場に静かに倒れていた。

その体はあちこちから血を流し、白い戦闘服は深紅に染まりきっている。

呼吸は浅く、かすかに胸が上下しているものの、意識はないように見えた。


彼女のそばに、斬られた異形の肉塊が横たわっていた。

──ネームドエイリアン、《ゼクス=マギィア》。

思考と選択を弄ぶ冷徹な捕食者は、最後の瞬間にわずかな驚愕と…そして一抹の敬意を滲ませた表情のまま崩れ落ちていた。


その姿を目にしながら、怯え、息を潜めていた市民たちは徐々に身を起こし、震える足で近づいていった。


ひとりの少女が、ステルンのそばにしゃがみ込んだ。

彼女はわずか十歳ほど。服は破れ、顔に汚れがこびりついていた。だがその瞳は澄んでいた。


「この人が……助けてくれたの?」


少女の問いに誰も答えなかった。

だが皆が知っていた。

この場にいる誰もが、彼女の言葉を否定できなかった。


次の瞬間、少女はそっとステルンの手を握った。

その手は冷たく、硬直しかけていた。だが、その手に宿っていた意志の温もりが、まだかすかに残っているように思えた。


「ありがとう……ありがとう、お姉ちゃん……」


少女の小さな声が、沈黙の空気に溶けていく。


市民たちはやがて広場の中心へと集まり、倒れ伏したステルンを囲むように静かに佇んだ。誰もが言葉を失い、ただその存在に祈るように視線を落とす。


ステルンの胸元に小さな血の輪が広がっていく。

その中央に、砕け散ったエイリアンの“不愉快な剣”の破片が胸にしまっていたカードキーを貫いて突き刺さっていた。戦闘の最後の余波だったのだろう。それそのものは致命傷ではない。だが、大量の出血のせいで、意識が遠のいていく。


──誰かの記憶が、彼女の中に芽吹いていた。


(ねぇ、ステルン。外の世界ってどんな景色なんだろう)

(私、空を飛べるような能力がよかったなあ。お前は?)

(強くなりたい……僕たちは、きっと、誰かの希望になれる)


それは、アトラス育成研究所で共に育った“兄弟姉妹”たちの声。

ラッシュの笑顔。リワンの気丈さ。ブレイクの静かな瞳。

一人ひとりの表情が、ステルンの心の中で脈動のように浮かび上がる。


(……もう一度、みんなに会いたい)


その願いが、肉体の限界を超えて、彼女の意識をぎりぎりの所で引き留めていた。


突然、通信が入った。


「こちら、中央管制――。ベルリン方面、目標タッチダウン失敗。……ただし、ステルン・シュナイダー、目標区域内にて爆弾停止を確認。民間人の犠牲最小限。任務、完遂」


その報告は、遠く、また誇らしく響いた。


一人の青年が、小声でつぶやいた。


「……この人、名前、なんて言うんだ?」


「きっと天使さまだよ」

先ほどの少女が答えた。


「神様がみんなが困ってたから助けてくれたんだよ」


その時、誰もが空を見上げた。

分厚い雲が流れ、そこには澄んだ青空が覗いていた。


まるで、名前を知らない彼女の名をたたえるように――

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