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特殊施設《サザーランド気象観測センター》の司令室に、低く重たい沈黙が落ちた。
モニターには、発射された核ミサイルの軌道が鮮やかな青で描かれていた。その美しさは、どこか皮肉めいていた。人類の反撃が始まった――だがその代償は、あまりに大きかった。
所長、ジョージ博士は震える手でヘッドセットを外し、無言で目を閉じた。彼の手には、未だ温もりを帯びたままのカードキーが握られていた。
「……ラッシュ・スウィフト、任務完了。発射確認……しかし、生命反応……消失を確認しました」
オペレーターの報告が、まるで弔いの鐘のように司令室に響き渡った。
ヴェルナー博士は数秒の沈黙の後、深く、深く息を吐いた。壁に掛けられた仲間たちとの写真が目に入り、その中央で笑うラッシュの姿が彼の胸を締め付けた。
「お前は……最後まで“ヒーロー”だったよ」
博士は誰にともなくそう呟き、司令室の全員が静かに頭を垂れた。
ラッシュ・スウィフト。知的障害を持ちながらも、誰よりも真っ直ぐに憧れを貫いた男。子どもじみた言葉しか使えない彼は、それでも最大級の献身と勇気でこの世界を守った。
博士は指先で、机の上に置かれた写真立てを撫でた。写真には、ラッシュが職員たちに囲まれて笑っている姿が映っていた。そこに言葉は要らなかった。
その時、管制室の壁のモニターが切り替わる。新たな指令通信が、次の戦地から届いた。
「こちらベルリン。北欧方面からエイリアン軍団の侵攻を確認。すでにライン川沿いで市街戦が発生。防衛ラインの突破を許した模様。ランナーズ、出撃準備を……」
スクリーンには、冷静沈着な顔立ちの女性が映し出された。灰色の瞳が鋭く周囲を見渡し、軍服風のジャケットを羽織ったその姿には一切の無駄がなかった。
――ステルン・シュナイダー。ドイツに配属された“ランナーズ7”の一人であり、冷徹なまでの戦術思考と鋼鉄の意志を持つ女戦士。
「……ラッシュ。あなたの意志、確かに受け取ったわ」
モニター越しに呟くように言った彼女の目には、微かに悼みの色が滲んでいた。
その背後には、すでに戦闘態勢に入ったドイツ連邦軍の兵士たちが映る。北の空は赤く染まり、無数の降下ポッドが夜空に咲く花のように開いていた。
バトンは、次の走者へと確かに渡された。
そして“ランナーズ7”の戦いは、まだ終わらない。
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