ぼく、ヒーロー! その2
血の海に倒れながら、ラッシュの瞳は空を仰いでいた。
特殊施設《サザーランド気象観測センター》の頭上には、曇天が広がっていた。重苦しい雲に覆われた空、その奥に飛翔を待つ核ミサイルはまだ眠っている。
身体が重い。痛い。
それでも──どこかで誰かが泣いている音が、確かに聞こえた。
「泣かないで」
彼は言葉にはできなかったけれど、胸の奥がそう叫んでいた。
──夢を見ていた。あの施設で過ごした日々。
ガラス越しに見えたTVの画面。「超人ハルク」の主題歌が流れていた。
怒ると大きくなる男。誰にも止められない力。
でも本当は優しい心を持ったヒーローだった。
『すごいね……ヒーロー……!』
あの頃のラッシュは、言葉をうまく話せなかった。
でも、画面の中のヒーローが好きで、画面に向かって拳を突き出していた。
職員が笑いながら言った。「ヒーローになるのか、ラッシュ?」
──「うん! 僕、ヒーロー!」
それだけは、ちゃんと伝えられた。
現実に戻る。
あちこちが裂けた身体が、激しく痙攣していた。
それでもラッシュは、腹を押さえながら、立ち上がろうとしていた。
『バイタル、回復傾向にあります!でも……動ける状態じゃ……!』
施設内の管制室で叫ぶオペレーターに、所長ジョージはかすかに微笑んだ。
「ラッシュは……やっぱり、ヒーローだったな」
ネームドエイリアン・アシミル=エクスは、その動きを観察していた。
無表情の仮面の奥に、わずかな警戒の色が浮かぶ。
「生命維持機能、限界を超えている……しかし再び立ち上がるか。興味深い」
その時、瓦礫の影からラッシュの影が動いた。
「……ヒ、ヒーロー……」
血にまみれた口元が、ぎこちなく微笑む。
アシミル=エクスの眼前に立ったラッシュの拳が、音を置き去りにして振るわれた。
残像が空間を裂き、周囲のエイリアン数体を巻き込みながら粉砕する。
「僕……ヒーロー!!」
叫ぶたびに、かつて出会った人たちの顔が浮かぶ。
仲間たち、施設で一緒に過ごした家族のような存在たち。
そして──キングジョージ島で出会った、心優しい職員たち。
「僕、ヒーロー……!」
足がもつれながらも、拳を握る。
その拳は、どこまでも不器用で、真っ直ぐで、そして強かった。
アシミル=エクスは再び部下に命じる。
「一斉攻撃。全ての戦力で叩き潰せ」
数十体のシリアルナンバーエイリアンが突進する。
だがラッシュは、倒れかけた身体を無理やり動かしながら迎撃した。
施設のバリケードの向こうでは、復旧作業が続いていた。
あと数分──それだけの時間を稼げば、ミサイルは飛ぶ。
「あと少しなんだ……!頼む、ラッシュ……!」
ジョージ博士は祈るように呟いた。
敵の攻撃がラッシュに殺到する。
四方八方から突き刺される槍、弾丸、触手。
だがそのすべてが──
「僕、ヒーロー!!!!」
その咆哮とともに、吹き飛ばされた。
施設の壁際、倒れたラッシュがいた。
呼吸は荒く、出血は止まらない。
しかし、彼の手はまだ握られていた。拳が──ほどけていない。
それを見て、ジョージは涙をこぼした。
「君は……本当に、ヒーローだ」
そして、カウントダウンが始まった。
「ミサイル発射シーケンス、起動!」
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