怒りと執念の咆哮
雪原に深く刻まれたクレーター。その中心に倒れたのは、ネームドエイリアン──アシミル=エクス
。
「……損傷、解析……戦闘続行可能。機能、57%。」
機械音のように冷徹に呟いた彼は、身体の一部を構成する生体金属を自己修復モードに切り替えながら、ラッシュの姿を見上げた。
巨人が、仁王立ちしていた。
「ぼく……ヒーロー!!」
胸を張り、傷だらけの腕を振り上げるラッシュ。
額から血が流れても、それが痛いとは思わない。彼にとっては「敵がまだ動いている」ということだけが、今この世界に存在する全てだった。
「……認めざるを得ない。貴様は“力”において我を凌駕している」
メルカ・ドリオは唇を吊り上げた。もはや、敵を見下す目ではない。
戦士としての敬意が、そこにはあった。
「ゆえに、名を冠する者の責務として……貴様を“狩る”」
背部装甲がさらに開く。
露出したのは、金属ではない。光り輝く、神経結晶の花だった。
「《終音花弁》」
――一瞬で、世界が“静寂”に包まれた。
風が止んだ。音が消えた。
雪が落ちる音すら、誰にも聞こえなくなった。
「……? ぼ、く……?」
ラッシュが言葉を発するも、それは“音”にならなかった。
彼の耳には何も届かない。空気の振動が、“切断”されていた。
これは音速すら拒む領域、静寂の檻。
そこへ、アシミル=エクスが突進してくる。
無音。だが、彼の拳はラッシュの左肩を深く抉った。
鮮血が飛ぶ。肉が裂ける。
「ぐ……ぅ……っ!!」
声にならない咆哮を上げながら、ラッシュが振り返す。
拳が空を裂く。だが、その一撃は“遅い”。
音を失ったラッシュの世界は、判断能力すら奪われていた。
「この空間では、貴様の直感は意味をなさない。音も風も、自らの唸り声すら頼れぬ世界にて、貴様は……」
アシミル=エクスが言い終えるより先に。
「ぼく、ヒーロー!!!!!」
叫んだ。
聞こえなくても、意味がなくても。
“自分はヒーローである”という、心の奥底に刻まれたアイデンティティを、叫んだ。
声が出なければ、魂で吠えるだけだ。
ラッシュは右腕を振り上げた。
周囲の空気が割れた。
音のない世界が、破られた。
《終音花弁》が、強制解除される。
「なに……!?」
ようやく声が響いたその瞬間。
「ぼく……ヒーロー!!!」
怒りと執念に燃えるラッシュが、アシミル=エクスに飛び込んだ。
衝突音とともに、ネームドエイリアンの身体が跳ね飛ばされる。
“速度も、音も、風も、戻ってきた”。
メルカ・ドリオは半身を雪に埋めたまま呻く。
「……この程度の知能で、ここまで戦えるとは……!」
ラッシュは、ゆっくりと歩を進める。
左肩は大きく裂け、血が滴る。
だが、巨体は揺るがない。
痛みなど、関係ない。
“ヒーローである限り、前へ進む”。
「ぼく……ヒーロー……」
その言葉の裏にある意味を、誰が理解しただろうか。
彼は言葉で語れない。思考の輪郭を言語にできない。
けれど――その魂は、誰よりも雄弁に叫んでいた。
「……シリアルナンバー個体、展開」
アシミル=エクスは無線で命令を下す。
次のチャプターで始まるのは、“物量の波”との死闘。
だがこの時、ラッシュは既に身構えていた。
鋼の脚で踏みしめ、握り拳を構え、
そして――
「ぼく、ヒーロー!!!」




