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最後の一投

 〈オパール・ドーム〉の入口を飛び込み、フリントは薄暗い通路を駆け抜けた。

 赤土と金属の匂いが入り混じる地下通路の先に、巨大な扉がそびえている。

 それを開けば――核発射盤が待っている。


 だが、その瞬間、後方から轟音が響いた。

 壁を突き破るようにヴェル・サグリオンの糸が差し込まれ、天井のコンクリートが崩れる。

 破片がフリントの背を打ち、彼は床に倒れ込んだ。


「……くっ……!」


 満身創痍でかすむ意識の中、痛む左腕を押さえながら、彼はゆっくりと立ち上がる。

 だが次の瞬間、糸が横から襲いかかり、右脚を深く切り裂いた。

 焼けつくような痛みが走り、視界が白くなる。


 ———感覚でフリントは理解した、今のは致命傷だと。


 ここ〈オパール・ドーム〉にたどり着く前に血を流しすぎた。

 そして今、深く切り裂かれた右足からの出血で、体温が一気に冷えていくのを感じたのだ。


 呼吸をしても血と一緒に流れ出た血小板が、体に酸素を運ばなくなったことを、朦朧とした

 意識の中で確認しているフリントの背中からヴェル・サグリオンの声が暗闇に響いた。


「もう走れまい、人間。ここまでだ。」


 フリントは荒い息をつき、扉の向こうの発射盤を見つめた。

 数メートル先。だが、その距離が今は果てしなく遠い。


 床に膝をつきながら、彼は胸元のカードキーを握りしめる。

 指先が震えるが、その目はまだ強い光を宿していた。


(……あと少し。あと少しだけ、届けば……。)


  フリントは静かに笑った。


「……見ていてくれ。これが……僕の最後の一投だ。」


 彼はカードケースからカードキーを抜き取り、わずかに角度を調整する。

 固有能力”まるで運命のレールをなぞるかのような軌道演算”

 《プレシジョン・パス》が脳裏で瞬時に軌跡を描く。

 風はない。距離は短い。だが体は限界。腕も震えている。


 それでも――彼は投げた。

 

 瞬間、フリントの頭の中で妻と娘、そして施設で育った仲間たちとの思い出が、あふれ出た。


 ドライブデートで何の局が好きか尋ねたきたステフの笑顔が


 初めてパパと言ってくた日の娘の無邪気な顔が


 施設の運動場のベンチに腰掛け、本を読んでいるときに、座っている場所のすぐ横の背もたれに

 勢いよく叩きつけられた、サッカーボールにびっくりして顔を上げた時に、バツの悪そうな顔を

 しているエステバンの顔と、その横で呆れるサファル、そしてブレイク、エステバンを

 たしなめるリワンとステルン。

 

 その離れた場所で最年少で障害を持っているラッシュの面倒を見るフィリス。


 すべてが楽しかった思い出だ。


 フリントが一瞬、見た幻とは無関係に時を刻む現実の中で

 放たれたカードキーは弧を描き、崩れた天井から差し込む光を反射した。

 ヴェル・サグリオンが気づき、糸を放つ。

 鋭い糸がカードキーの軌道を狙う。

 だが、フリントの計算した軌道は、わずかに予想を外す。


 糸をすり抜け、カードキーは発射盤の差し込み口へ一直線に向かう。


「……届いて、くれ。」


 最後の瞬間、フリントは糸の直撃を受けた。

 胸に深い傷が走り、呼吸が詰まる。

 だがその視線の先で――


 カチリ。


 確かな音が響き、カードキーが差し込み口に収まった。

 発射盤のランプが緑に点灯する。


 耳元の無線が高らかに叫んだ。


「タッチダウン! タッチダウンを確認!」


 司令室に歓声が湧き上がる声が、かすかに届く。

 フリントはその音に微笑んだ。


「……やった……。みんな、繋がったよ……。」


 力尽き、フリントは膝をつき、倒れ込む。

 ヴェル・サグリオンがわずかに翼膜をたたみ、その姿を見下ろした。


「……人間。貴様の走り、確かに見届けた。」


 遠くで爆発音が鳴り、火花が散る。

 だがフリントは微笑みを崩さず、視界が暗くなる中で妻と娘の顔を思い浮かべた。


(……愛してるよ。)


 そして、静かに目を閉じた。

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